鬼と竜と策謀。時々ライオン 8
黄鬼の倒され方が衝撃的だったからか、呆気に取られ完全に戦意喪失した襲撃者を全員拘束する。
「さて、これで一段落着いたな。」
と、締めにかかったところ、ルークが暗闇に向かって走り出す。帰ってきたときには鬼族の戦士をくわえていた。どうやら戦闘には加わらずに様子を見ていた者がいたらしい。
「ルーク、これで全員か?」
「ガウっ。」
返事をしたルークは興味をなくしたようにテントの中に戻っていった。
「と、言う事なんで、俺も寝床に戻る。ルナ・・・いや、弥生か。今夜はきちんと弥彦と一緒にいるんだぞ。サラサ、お前は今度はきちんとレスターさんと一緒にいるんだぞ。」
「レスターさん、サラサから目を離さないようにお願いします。」
「はい、畏まりました。」
私もルークの後についてテントに入る。
さて、これで鬼族と竜人族の件はある程度解決しただろう。この戦争に参加しなかった裏切り者のリストもすぐに作成できるだろう。早く鬼族の屋敷の一番言い部屋で眠りにつけるといいな。おやすみなさい。
ー翌朝。
私が寝ていたテントには鬼族と竜人族の主だった者たちが集まっている。
「・・・という訳で、俺を襲った連中の処分は勝手にやってくれ。それから屋敷内の反乱分子の捜索も任せる。弥彦さん、三日後に屋敷にお邪魔するから今度はきちんとした寝床を用意しておいてくれよ。」
「はい。出来る限りのもてなしをさせていただきます。」
「レスターさん、武道大会のエントリー、3日前までだったよな。じゃあ、7日前に行くからそっちも良い寝床と食事を用意して待っててくれよな。」
「お待ち申し上げております。」
「鬼族と竜人族の同盟の話は暫くの間、秘密裏に話し合った方がいいと思うぞ。個々の部族でも強力な戦闘力を持つのに、2部族が手を組もうとしてるなんて他の希望の民からしたら何としても阻止したい案件だろうから。まぁ、政治的なことは俺は得意じゃないからそっちのお偉いさん方が最終的にどうするか決めてくれ。」
一同頷く。
「じゃあ、竜人族のみんなとは武道大会の時にまた会うということで。大会で戦うことになっても俺には一族の面子とかは興味ないし負けるの嫌だから本気でぶっ飛ばすから怪我したくなかったら参加するなって他の参加しそうな人たちに伝えておいてね。」
「畏まりました。」
「ゼロ、この恩は体で返すから、楽しみにしててね。」
サラサがまた馬鹿なことを言っている。
「いや、上手い飯と寝床さえ用意してくれたらそれで貸し借りなしだ。」
「照れるなって、もう。じゃあ、ゼロまたね。」
「受けた恩は必ず・・・。本当にありがとうございました。」
竜人族が深い一礼をして去っていったl
「さて、弥彦さん。これから弥生の秘術のことで少し話があるんだが、帰りの馬車にご一緒しても良いかな。」
「もちろんでございます。ささ、では、早速馬車をご用意させて頂きます。」
少しして豪華な馬車に乗り込む。馬車の中には私、弥彦、弥生、ルークの3人プラス一頭だけだ。馬車が鬼族の里へと向かい歩き出す。
「ルナ、いや弥生。とりあえず真面目な話の前にお前の呼び名を改めて決めておきたい。弥生がどう思ってるかは知らないが、俺は『弥生』と呼ぶことに決める。まぁ、間違えてルナって呼んじゃうこともあるが、そのときは知らないフリでスルーしてくれると助かる。『弥生』という名前は弥彦さんと奥さんの願いが必ずこもっている。ルナという名前にも俺と嫁の願いがこもっているが、それは弥生のために込めたものではなく、実の娘のためにものだ。わかってくくれるな。」
「はい。」
「では、弥彦さん。まずは謝らなければいけないことがあるんだ。『分魂の術』なんだが、弥生は俺を助けるためにそれを使ってくれたんだ。弥生からの説明では『分魂の術』は鬼族の次期頭領を選ぶ儀式でもあるため、鬼族以外に使用した前例はないらしい。俺が頭領になればいいと弥生は言うが、正直鬼族の伝統もあればプライドもあると思う。頭領になるイコール巫女を娶ることだとも聞いている。別れたとはいえ妻子を持っていた男に娘を嫁がしたくない親の気持ちもよく分かる。ここに来る間も昨日の夜も何が一番良いのか考えたが答えがでない。こんな情けない俺を救うために娘さんは自分の立場を悪くしてしまった。だから、すみませんでした。」
私は弥彦に嘘偽りのない言葉を伝え深く頭を下げる。弥彦は目を閉じうなずくと、
「ゼロ殿。頭を上げてくだされ。分魂の術のことは薄々気付いておりました。まぁ、鬼族の頭領としてはあまり喜ばしいことではないのは間違いありませんが、ゼロ殿のお陰で娘が助かったことを思うと、親として感謝の気持ち以外を貴殿に抱くことは出来ません。なぁに、次期頭領を目指すものがいるならば、竜人族の武道大会に参加してゼロ殿は倒すように言っておきます。鬼族はよくも悪くも『力』を重視する部族なので、ゼロ殿を倒せないようでは自分が次期頭領などと恥ずかしくて名乗れますまい。そういうワシは負けても堂々と『頭領』を名乗ってますがな。」
弥彦はそう言って豪快に笑った。なんだかウジウジ考えていた自分がバカみたいだ。
「ただし、娘を嫁にやるとは言ってないがな。」
弥彦は更に豪快に笑う。これは冗談っぽく言っているが半分は本心だ。娘を持つ親になってこの気持ちが痛いほどよく分かる。娘が選んだ人なら苦労しても一緒にいれば幸せなんだろうと思う気持ちと娘を苦労させる男とは絶対に一緒になってほしくないという気持ち、相反する気持ちの共存。
そんな親2人の会話を微笑ましく見ている弥生。妻と別れてから家族というものに飢えていた私の心が潤う。ああ、今ちょっぴり幸せだな。
ありがとう弥彦さん。いや、お義父さん・・・冗談です。
「ありがとう。それと、弥生が2人になったのも分魂の術の影響だと思うんだ。」
2人の顔に「????」が浮かび上がる。
「いや、直接の影響というより、無意識の防御と行った方が良いのかもしれない。魂を分ける能力が深い眠りに落ちてしまう本体を助けるために発動し、もう一人の『弥生』が生まれた。ただし、記憶もその時に別れてしまった為、自分の本来の姿や現状などの記憶が失われていた。そして、鬼族の里から逃げるという強い思いが残り、逃亡してたところを人間に捕まって奴隷にされた。きっと、今回の『黒幕』にも弥生が分身体を作ったことは予想外だったと思う。まぁ、それは本人に聞けばわかると思うけど。」
「ゼロ様は今回の『黒幕』がわかっておいでなのでありますか?」
弥生が驚いた表情で聞く。
「いいや。俺にはさっぱり。でも、俺にはルーク先生がついてるから。俺に出来ないことは出来る人に頼る。これ俺の信念だから。」
「ゼロ殿。最後にもうひとつだけお聞かせください。分裂した2人の弥生をゼロ殿はどうやって1人に戻したのでございますか?」
弥生が顔を赤らめる。私は少し躊躇したが頑張って堂々と言い放った。
「キスだ。」
「は?」
弥彦は混乱している。無理もない。もう少し違う方法を想像していたのだろう。魔法とか術とか、神秘的なやつ。私だって使えるならそうしている。しかし、私には魔法も術も使えない。
「キスだ。」
敢えてもう一度言ってやった。
「はぁ。」
弥彦は『え、それ、本当? もしくは秘密にしなきゃいけない秘術的なあれなの?」的な顔をしている。
「ゼロ様の口づけで、わたくしは元に戻れたのでございます。」
うっとりしながら弥生が言う。
「ああ、そ、そうか。ゼ、ゼロ殿、娘を助けてくださったありがとうございました。」
明らかに混乱しながらも弥彦は無理やり自分を納得させたようだ。
俺だって秘術的なあれで助けたかったさ!!でも、異世界なのに転移した人に優しくない世界ではそれぐらいしか思い付かなじゃったんだもん!! 分身体だろうと推測しても、原理なんてさっぱりだから治し方なんてわかるはずはない。そう言うときに役に立つ地球の知識はひとつだけ。
『王子さまのキスでお姫様の呪いは解けたのでした。」
まぁ、今回は『おっさん』のキスでしたが・・・。




