鬼と竜と策謀。時々ライオン 7
夜12時を回った頃、テントに近づく影がある。
一人になったことで上手い具合に『敵』が尻尾を出してくれたらしい。正直、罠としてはあからさま過ぎだとは思ってはいたのだが、どうやら向こうも切羽詰まっているらしい。朝になれば宮殿にいる仲間が捕まり、自分の正体がばれてしまう可能性が高いと思ったのだろう。
「ルーク、準備はいいな。」
予め予測していた襲撃に備えるのは容易い。が、ルークからの返事はない。どうやら、本気で寝てしまっているようだ。全くこのライオンと来たら緊張感が足らない。
「仕方ない。どうやら相手も1人の様だし、俺だけでやるよ。」
半ば独り言のような会話を続ける。しかし、一体どう言うことだ? このテントに奇襲をかける場合、まず死角からの攻撃が有効なはずだが、敵はテントの入り口に向かっているようだ。まぁ、いいか。何れにせよやることは変わらない。私は竜人族の秘宝である黒龍の牙を構える。
テントの入り口が開く。
「待っていたぞ。さあ、かかってこい。相手をしてやろう。」
かっこよく、来るのはわかってました的に言い放つ。
「本当に、待っててくれたの? やっぱりテントからみんなを、特に弥生を遠ざけたのは、あたしと2人きりになりたかったからなんだね。」
サラサが返答する。
あれ~~~~~~、予定と違うんですけどぉ。
「ごめんなさい。人違いしてしまいました。」
そそくさと謝る。
「ゼロ、じゃあ、ゼロは弥生を待ってたって言うの?」
嫌な予感がする。
「違うって、俺は弥生もサラサも待っていない。別のやつが・・・。」
と、言いかけて自分の失敗に気付く。
「このハレンチ野郎おおおおおおお!!」
サラサの鉄拳が私の頬に綺麗にヒットする。そう、サラサは別の女を待っていたと思ったのだろう。理不尽だ。
「違うって、俺が待ってたのは男・・・。」
ここまで言って更に失敗に気付く。
「だから、あたしたちが誘惑してもなびかないのかぁ!!」
サラサの膝が私のみぞおちを言い角度で貫く。
ああ、もう手遅れだ。もう一人の爆弾娘がこちらに向かっているようだ。秘術の副作用のお陰で彼女の居場所は手にとるようにわかる。ほら、来た。
「ゼロ様、ご無事にございますか?」
「ああ、一応な。」
「サラサ様、ここで一体何をしていたのでございましょうか? 正々堂々とというお話はどこへいったのでしょうか?」
ルナ・・・いや、弥生の目が笑っていない。
「夜這いも正々堂々の戦略の一つさ。それより弥生、ゼロのやつ、ここであたしたち以外の誰かを待っていたみたいだぞ。」
「あら、それはそれは・・・。ゼロ様、その話詳しくお聞かせ願えるんでございますよね?」
言葉使いは相変わらず丁寧だがほぼ脅迫だ。
「わかった。とりあえず人に聞かれては不味い話なんで、耳を貸せ。」
3人の顔が近づく。
するとそこにレスターが部下をひきつれてやってくる。
「貴殿は一体なにをしておいでなのかな?この様なところで巫女様との婚前交渉とは竜人族の仕来りを軽んじてるとしか考えられないが、どうお考えであろうか?」
また、面倒くさい勘違いが始まった。『思い込み』は良くないと昼間あれだけ説明したのにどうやら彼らは反省してないようだ。
「レスターさん、言い訳に聞こえるかもしれないが、勝手にテントに入ってきたのは巫女さんたちの方で、俺は被害者だよ。」
「しかし、今、口付けをしていたように見えましたが・・・。」
入ってきたタイミングと角度の所為でどうやら彼らにはキスしていたように見えたらしい。
「レスター様、この様な輩、ここで始末してしまって構わないと思うのですが。」
レスターの部下が物騒な事を言い出す。まぁ、気持ちはわからなくもないが・・・。
「まぁ、待て。巫女様も。巫女様の気持ちはわかりますが、仕来りを蔑ろにして頂いては困ります。きちんと手順を踏んで、同意の上でそういうことはお願いします。」
「ゼロが武道大会に参加するなら、そのきちんとした手順を守るから、ゼロが参加出来るようにして。そうすれば優勝したゼロと結婚するから。」
サラサがまた無茶な事を言い出す。元々私は出る気がないので、参加出来るようにしてもらっても意味はないが・・・。
「巫女様。武術大会は参加者を竜人族のみと制限したものではございません。もちろん、歴代優勝者は竜人族しかおりませんが・・・。」
「それならいいわ。ゼロ、武術大会、絶対優勝してね。」
「いや、参加自体しないから。」
私は即座に参加を否定する。
「残念ですがゼロ殿、貴殿は参加せざるを得ません。何せ貴殿が所有しているその『黒龍の牙』は武術大会優勝者に『最強』の称号とともに与えられる秘宝でございますゆえに。本来巫女様とはいえ勝手に贈呈していい代物ではないのでございます。それをそのようにご自分の武具であるように振り回されては、竜人族の長老様方や、歴代の頭首、巫女様方に申し訳が立ちません。我ら竜人族にの残された道は貴殿を倒し、『最強』を証明し、その秘宝の正当な所有者であると証明すること以外にありません。もし、大会にご参加していただけない場合は竜人族全ての戦士たちが貴殿を探し出し、どのような手段をとっても打ち倒すでしょう。」
「えっと、ここで黒龍の牙を返すって訳には・・・。」
「いきません。これは最強を謳う部族のプライドの問題です。某としては武術大会へのご参加が望ましいと思っております。」
つまり、武術大会に出るか、竜人族全てに四六時中首を狙われるのとどっちがいいという、「Battle or battle」の選択肢だ。サラサがこの武器をお礼にと言って差し出した時にもう少し警戒しておくべきであった。ちょっと竜人族の秘宝『黒龍の牙』って言う名前のカッコよさと某クエストのドラゴンキラーに形が似ててカッコイイって思いに負けて受け取ってしまったが、ここでこんな落とし穴に嵌るなんて。サラサはひょっとしてこうなる事も計算に入れていたのかもしれない。女って本当に恐ろしい。
「武術大会って、いつあるの?」
一応、予定が入ってるといけないから、日程を聞いてみる・・・嘘です、予定はガラガラです。
「2ヵ月後でございます。参加表明は大会の3日前までですのでお忘れいようにお願いいたします。」
2ヶ月かぁ、覚えてられるかなぁ・・・。まぁ、出ないと大変そうだから出ざるをえないんだろうけど、本当は嫌だなぁ。勝っても負けても結局地獄が待ってそうだしなぁ。まぁ、その時考えよう。
「武術大会の話はわかった。善処しよう。」
「宜しくお願いします。」
その瞬間、ルークがムクっと起きた。
「とりあえず、無駄話をしている場合じゃなくなったようだ。待ち人来たるだ。この人数だとテント内に留まる方が危険だ。みんな外に出ろ。レスターさん、きちんとサラサを守ってくれよ。」
そういい残し、ルークと私は外に飛び出す。そのあとにレスターも続く。人影は20ぐらいか。鬼族も竜人族も混ざっている。
「やれやれ、ここに来て共闘とはひょっとして横でつながりもあったのかな?」
鬼族の刺客と竜人族の刺客、私の見立てでは共闘はしていなかったはずなのだが・・・。まぁ、種族がどうあれやることは変わらない。
「顔を隠さないんだな。ここには巫女達もレスターもいるから言い逃れは出来ないぞ。」
「構うものか。ここまで策が裏目に出ればいずれ私たちがしたことは明るみに出る。ならば、先手必勝で、クーデターを起こすのが一番だ。それにはまず、お前の存在が邪魔だとここにいる同士たちが同意してな。」
「やれやれ、クーデターの邪魔なんてしないよ。面倒くさい。」
「戯言を。貴様はすでに鬼族と竜人族と戦争を起こし、その戦争で活躍し、地位と名誉を手に入れる我らの計画を潰したではないか。」
「ああ、そういう計画って言われてたの?まぁ、信じる信じないはそっちの勝手だけど、君達ただの操り人形だから。この戦争で活躍するぐらいなら、竜人族は武道大会にでも出れば良かったんじゃない? ああ、それとも薬で眠らされていたことはお仲間から知らされてなかったのかな?」
サラサが目を覚まさなければ武道大会は実施されない。とすれば戦争を確実に起こさなければ活躍の場は与えられない、と、言ったところか。ここまで考えたやつはそこそこ悪知恵が働くようだ。
「でも、鬼族のほうはそうでもないよな。だって、お前の体からは『敵』の匂いがプンプンしてるってルーク先生が言ってるぞ、黄鬼。」
「やはり気づいていたか。お前が牢屋を抜け出した時から何れはこうなる気がしていたさ。しかし、私は鬼族の為に、戦争を起こす必要があったのだ。鬼族は昔から自分達が最強の一族と信じてきた。しかし、100年前の停戦協定から争いはなくなり、私たちの『力』を振り下ろせなくなった。その結果、鬼族は他の部族からなんと言われるようになったか知っているか? 『弱気の弱鬼』。私は思った。それならばまず鬼族と並び称された竜人族を打ち倒し、見下した他の部族たちに私たちの『力』をもう一度誇示し、二度と蔑ませないよしようと。」
「いやいや、それ、結局自分の為だから・・・。仲間に聞いた事あるの? 他の部族が馬鹿にするからちょっと戦争起こそうと思うんだけど、いい考えだと思わないって? 聞けるはずないよな? だって、それこそ劣等感丸出しだもん。本当に鬼族が『強い』っていうなら弱者のたわ言なんて気にもならないはずだ。結局、『弱気の弱鬼』はお前だったってことだろ?」
「黙れ。黙れ黙れ黙れ!! 鬼族こそ最強。鬼族こそ希望の民を導くべき存在だ。」
「残念だよ、黄鬼。もし、希望の民を本当に導く気があるなら竜人族は戦うべき相手ではなく守るべき相手だったはずだ。もう一度心を鍛えなおしてから今度は仲間として誰かを守るために立ち上がるんだぞ。」
私はいい感じの説教をたれた後、黄鬼の懐に素早く飛び込み、今度は顔面を拳で殴りつけた。その、あまりのスピードに黄鬼が木に激突するまで、そこにいた誰も何が起きたかわからなかった。




