科学者からの依頼 11
あれから2日経った。
帰りの道は順調で、久しぶりの太陽の光を浴びたとき、ちょうどハルたちがダンジョンに迎えに来たとことろだった。
「お疲れ様、依頼はきちんとこなせたようね。」
「ああ、言いたいことは山ほどあるが、依頼は完了した。これが依頼品のシルベスタだ。」
鉱石を手渡す。
「確かに受け取ったわ。あなたからの依頼である闇の宝玉はこちらで責任をもって預かるわ。それと、約束通りその子の所有権はあなたに移すわ。」
正直、こんなに簡単にハルがルナの所有権を譲るとは思わなかったので拍子抜けだが、
「ああ、了解した。で、言いたいことの中身なんだが。」
「あら、不機嫌ね。どうしたのダンジョンの中で何か嫌なことでもあった?」
ハルがいけしゃあしゃあと抜かしやがる。
「ほぉ、知らをきるか。じゃあ、仕方ない。答え合わせを始めようか。」
「答えあわせ?」
「ダンジョンにいたあの獣、あれは人工的に造り出された生物兵器だろ。そして、あれを造り出すことが出来るのは俺が知る限りお前だけだ。」
ハルは小さく微笑んだ。
「買い被りすぎじゃない、私以外にも『あの程度の生物兵器』を造り出す技術を持っている者は数人はいるわ。あなたが隠れて生活していたこの十数年でも科学者のレベルは飛躍的に向上しているのよ。」
「だろうな。でも、問題はそこじゃない。あの魔道具に宿っていた魔法力は並みの魔術師のそれを遥かに凌駕していた。大方、魔動列車の動力に使う魔力を利用したんだろう。そして、それが出来るのは魔動列車の開発者のお前しかいない。そして、お前にしかあれが作れない一番の理由は生き物を『兵器』と簡単に割りきれるその精神構造だ。」
ハルは満足そうに頷くと、
「嬉しいなぁ、ゼルダはそこまで私のことを理解してくれてるんだね。やっぱりあの夜、解剖じゃなく夜這いをしておけばよかったかなぁ。まぁ、今更だね。で、その生物兵器を私が作ったら何か問題があるの?」
「倫理的な話はおいておいて、作ること自体の問題はない。だが、今回の契約上、問題はある。情報の秘匿だ。」
「あら、秘匿はしていないわよ。あの子を作ったことも、洞窟の最下層に置いてきたことも事実と認めてあげるけど、あの子が生きている保証もないし、姿も声も私は確認していない。つまり、私にはダンジョンの奥の獣があの子かわからなかったの。だから、あなたに伝えなかった。」
「詭弁だな。それでも可能性がゼロでない限り、伝えるべきだと思うが。」
「依頼者が不確定な情報を提供するのは良くないと私は思うわ。先入観を与えるのは情報が間違っていたときに致命的な判断の遅れを招くわ。それにそんな水掛け論はしても意味がないことはあなたならわかるでしょう?」
彼女の言う通り、水掛け論に意味はないが今の会話のなかで重要な発言を聞けたのは助かった。
「そうだな、水掛け論は意味がない。じゃあ、話題を変えて、出発前に聞いたサーナの情報は何か手に入れたか?」
「噂程度だけど、どうやら聖天救世教会が彼女に接触して客人として招いたらしいわ。」
聖天救世教会、最近爆発的に信徒の数を伸ばしてると言っていた例の何とか教の正式名称だ。長くて覚えにくい。
「まぁ、あなたが彼女の身を案じているだけなら、たぶん大丈夫でしょう。」
「引っ掛かる言い方だな。」
「言わなくてもわかるでしょう。私は科学者だから宗教なんて非科学的なものは信じないの。まぁ、そこから先は彼女の決めることじゃないの?もし、首を突っ込むようなら、覚悟しなさい。教主と呼ばれてる男は一癖も二癖もある男だから。」
生きていてくれてほっとした。
宗教とか、思想とかは他人が口を出すことではないと俺は思っている。もちろん家族や友人が明らかに騙されているとなれば話は別だが、ある程度の胡散臭さは本人が幸せなら無視しても良いとも思っている。何とか教会のことはよく知らないが、取り敢えずこの世界最大の宗教ではあるのは確かなので、サーナのことは少ししてから様子を見に行くんで良いのかもしれない。彼女が無事とわかった今、気兼ねなく鬼族の里に行くことができる。
その前にクリアしなければいけない重要なことがあるんだが・・・。
「情報をありがとう。では、依頼の無事完了に伴う報酬の受け渡しが済んだ事を確認したい。」
「ええ、もちろん。これで私たちに貸し借りはなしと言うことで。」
「でだ。一つ頼みがあるんだが、貸し借りなしの今だとまた無理難題を吹っ掛けられそうで、俺は嫌なわけだが。」
「あら、まだ何か企んでいるの?」
「まぁ、最後まで聞いてくれ。生物兵器の性能実験の為に俺をダンジョンに送り込んで、データ分析していたのは、まぁ、この際多目に見よう。そこを突っ込んでも『私』は知らなかったと主張されてお仕舞いだからな。例え、『右腕』の誰かが知っていようと・・・だ。残念ながら計測器と思われるものは戦いのなかで偶然にも全て壊れてしまったようだし。」
ハルの笑顔が消え始める。
「あ、言い忘れてたけど、計測器を回収するのはしばらく待った方がいいぞ。ホワイトライオンはお前たちの支配から解放されて、野放しにされてるから食われちゃうかもよ。」
ハルの『右腕』がサッとダンジョンに先に入った仲間を助けに行く。
「そうそう、足枷になるように俺につけてくれたポーターも逆効果だったぜ。実は中で命を救われちゃってな。お前たちの計画では俺一人でダンジョンに入って、一日もしないうち獣と戦わないで採掘し帰って来ると言う最悪の展開を避けるために、奴隷でも一緒に行かせてゆっくり進ませ、強制的に戦闘イベントに突入って考えていたのかもしれないけど、助かったわ。ポーターつけてくれて本当にありがとう。」
嫌味ったらしく、にかっと笑ってやる。
「で、ここからが本題なんだけど、命の恩人に首輪をずっと着けたままってにはいかないと思うわけよ。だから、首輪を外してくんない?ハルなら出来るだろ?」
首輪を外すには専門の知識がいる為私には出来ないが、彼女には出来ると確信している。
「出来るわ。でも、してあげる義理がないわ。」
色々な策謀が裏目に出て、彼女は不機嫌さを隠す気がなくなったらしい。
「義理がないね。じゃあ、黙ってておくから義理に感じてくれないか。」
そう、ここで無意味な水掛け論が活きてくる。
「この研究、ただのお前の趣味のレベルじゃないよな。国家か、教会か、或いは魔族か知らないが、クライアントは間違いなくそのどれかだろ。で、当然、こんだけ大きな実験だから守秘義務も存在するはず。でも、お前は自分があの生物兵器を作ってダンジョンに運んだことを俺にうっかり教えてしまった。いやぁ、契約を重視するハルさんらしからぬミスだと思うけど、契約違反だって言われて若干ムキになってたんじゃ仕方ないかな。で、どう? その話、今なら首輪を外すだけで、聞かなかったことに俺の記憶を改ざんしますけど。」
ハルは黙っている。
「まぁ、負けず嫌いのハルが素直に『はい』って言ってくれないのは予想済みで、もう一個、保険があるから、それ見て決めて。」
「ルーク。」
私は新しい友の名を呼ぶ。
すると『ハルの右腕』2本を加えた、ホワイトライオンが現れた。
「今なら腕2本も付けるけど、どうする?」
ハルは少し考えて、
大笑いを始めた。
「ああ、もう、負けた負けた。久しぶりに打ち負かされたよ。ゼルダ、お前、お尋ね者なんてやめて、詐欺師にでもなった方がいい。」
「いや、俺も好きでお尋ね者なんてやってませんけど。それにやめれても詐欺師にはならないけどね。」
「ほら、ルナちゃん、こっちおいで。」
ルナがどうしたらいいか目で指示を仰ぐ。
「大丈夫だ。首輪を外してくれる気になったらしい。」
ハルは何事もないように首輪を外す。
「さて、これで2人は解放してくれるな。」
「ああ、ルーク。」
解放された2人は慌ててハルの後ろに逃げ込む。
「それにしても、よくホワイトライオンを手なずけたな。こっちはダンジョンに運び込むだけでかなりの損害を被ったんだが。」
「何、男同士は拳で語り合えば分かり合えるものさ。」
本当は俺じゃなくて、命の恩人であるルナになついてることは敢えてここでは言わない!!意地でも言わない‼
「さぁ、これで本当に一件落着だな。じゃあ、俺らは行くから。」
「どこに行くかは決まってるの?」
「決まってても言わない。追っ手とか怖いから。」
ハルはニヤっと笑う。本当に怖い女だ。
「闇のオーブの本当の持ち主が見つかったら、不本意だけどまた研究所に寄るから、それまで、預り頼んだ。」
「全く、いつになることやら。たまには顔出して、勝負しなさい。負けたままだと癪だから。」
「考えておくよ。」
考えても来ないけど。
「じゃあ、またな。」
そう言って私とルナとルークは鬼族の里に向かうのであった。




