科学者からの依頼 8
魔法を使う獣。この、異世界観を具現化した様な存在はこの魔法を使える世界でも異質だ。
この世界の動物は人間、魔族、亜人、獣、魔獣と5種類の存在に別けることができる。人間は神の加護を受け、それにより才能があるものは魔法を使える。魔族は魔素を取り込み、魔法的なあれを使う。亜人はどちらの加護にも苛まれ、中立地のみに暮らす人々。この3種属は独自の言葉や文化を有し、知能の高い種族とされている。獣は人間の土地に住む人間以外の動物の総称で、攻撃性は地球の動物より高いが、犬、猫などお馴染みの姿をしている。反対に魔物は地球ではお目にかかれないケルベロス的な感じのあれだ。両種族ともに知能は高くなく、本能にしたがって生きているとされ、精神コントロールが必要な魔法や火炎攻撃などを使ったとされる記録はない。獣と魔獣の違いはどちらの加護を受けているかによるとされているが詳しいことは解明されていない。ただ、獣は魔族の土地への侵入を極端に嫌い、魔獣は人間の土地への侵入を極端に嫌う習性があるとされ、中立地帯には両種族の存在が確認されているとのことである。
ここまで丁寧に説明すればこの雷を纏ったホワイトライオンの異質さが解るであろう。とりあえず警戒することは魔法や牙、爪だけでなく、知性を持っているという危険性も考慮しなければならない。そして、最悪なのはこちらの攻撃手段が限られることだ。
まず、私の強さは純粋に力と体の強度であるが、火や水などの温度的なものや、雷や音などの科学的な攻撃にはほぼ常人と同じぐらいの耐性しかない。つまり、火で燃やされれば一発でゲームオーバーだし、水に落とされれば溺死もするだろう。もちろん、普通の敵ならば攻撃を見切ることは容易いので、そんな攻撃を食らうことはまずないのだが、全身を雷で覆っていると言うことは、こちらからの直接攻撃は出来ないということだ。そして、雷を食らったら負けが確定する。
遠距離攻撃は得意ではないが、石を投げたりするだけで大抵の敵は撃破できる。ただし、今回はルナのために血を出さずに何とかするという無茶ゲーなので、これは却下だ。
最後に魔法だが、私には使えない。
あれっ、これって詰んでね?
とりあえず、まず獣の動向をみる。本当に最深部から動く気がないなら、ここにルナを置いていった方がいい。軽く石をホワイトライオンの足元に投げてみる。予想通り避けられるが反撃の雷もこちらに向かってくる素振りもない。まず、動く気がないのは間違いない。
「ルナ、僕はちょっと下に行って獣さんとお話してくるから、ここで目をつぶって座りながら帰りを待っててもらって良いかな?」
彼女は頷く。
「ありがとう。じゃあ、行ってくる。」
私は最下層に足を踏み入れ、獣と対峙する。私の装備はこの間買った切れ味の悪い剣と家を出るときから所有してる短剣だ。両方とも電気をよく通しそうだ。盾はない。
制攻撃は獣だ。鋭い爪を振り回し私がいた場所の地面を削り取る。雷を纏っていなかったとしてもあの世に行けそうだ。ちなみに獣が雷を飛ばすことはまずあり得ないだろう。雷の放出するには相当なエネルギーが必要らしく、飛ばすという使い方は本来出来ないらしい。ものを伝わらせて感電させるか、スタンガンの様に直接叩き込むのが雷系魔法の基本的用途だ。
私は獣との一定距離を保ちながら、冒険者が残した道具の中に使えそうなものがないか見渡す。おあつらえ向けのロープを発見する。捕縛術は使えないが、獣の周りをグルグル回れば勝手に絡んでくれるだろう。私は片方の端を持って走る。予想以上に見事に足に絡み付いてくれた。このまま動かなければ、その間に鉱石を採掘、離脱と行けるのだが、やはり事はそんなに簡単には終わってくれないらしい。足に絡み付いたロープはあっという間に黒焦げになって、その役目を果たせなくなった。
次の手を考える。
無傷で戦闘不能にする方法は2パターン考えられる、拘束と気絶だ。前者を可能にするロープは黒い何かに姿を姿を変えている。鉄のワイヤーなどがあれば試す価値もあるが工事現場ではないこのダンジョンに落ちているのを期待するだけ無駄だろう。そうなるとやはり気絶。チョークで落とすのはもちろん却下であるが、首に何かを巻く道具もないので、達人的に首の後ろへの一撃がベストだろう。まずは打撃を与える武器を拾う。魔導師が装備していただろう杖が最適であろう。
獣はこっちの思惑など気にもせずに爪を振るい続けてくる。どうやら知性は並みの獣と変わらないらしい。大降りの一撃が向かってきた。私は獣の首の斜め後ろ45度の位置につき、武器を降り下ろす。首の骨を折らない程度の手加減と角度、そしてインパクトの瞬間に感電を防ぐため武器から手を離すことを忘れずに私は完璧に作業をこなした。
が、ホワイトライオンには全くダメージがなかったようだ。
本当は知っていた。達人でもない私が首の付け根への攻撃で気絶させることなど出来ないことを。人ですら、気絶させることが出来るのは漫画やアニメだからと言われているのに、そもそも体の構造が違う獣になど、難易度が高過ぎだ。
でも、やってみたかった。だって、他に対処法がなかったし、もしかしたらとか思うじゃん。一応、私、魔王討伐してるし・・・。
さて、いよいよ追い詰められた感が漂ってきた。もちろん殺すことだけならすぐ出来ると思うんだが、ルナとの約束は反故に出来ない。2度とルナは裏切らないと、例の夜に決めたから。もちろん、その『ルナ』は愛娘だが、ここで『ルナ』を裏切ることは同じぐらいの意味を持つ気がなぜかするのだ。ただの感傷かもしれないが、私には何より意味があるのだ。
頭をフル回転させ、どこかに見落としたヒントがないか獣を観察する。
獣が纏っているのはまず間違いなく雷系の魔法だ。それはロープで縛り上げた時に確信が持てた。電圧も少なくともスタンガンよりは強いだろう。しかし、魔法なら精神力を消耗するはずだが、特にその気配は感じない。そして何より不思議なのは纏うという使い方だ。いくら雷系の魔法が得意な魔導師でも電撃の魔法を食らえば気絶や絶命する。これは魔法を使う際、直接電撃を手に触れていないからであり、火の魔法も同様の理由で火傷しないですむ。しかし、あの獣は直接触れているにも関わらずダメージを負っている形跡がない。つまり、何かしらの『タネ』があるということだ。脳や内臓に電撃をぶちこみ続けて生きている生物はいないはずだ。
ん、やっと解決策が見えてきた気がする。では、とりあえず行動に移そうか。
手にしたのは先ほどの杖、しかし今度の狙いは首ではない。相変わらず獣は爪のみの攻撃を仕掛けてくる。爪の攻撃をかわした私は足を杖ですくいあげる。見事に転んだホワイトライオンの顔から胸にかけて私は『水玉』を投げつける。玉が割れて約20リットルの水が溢れだす。獣が纏っていた雷が、その矛先を変えてホワイトライオン自身に牙をむく。やはり予想通り、体全体が対雷耐性を持っていた訳ではなく、その綺麗な毛並みで雷を無効化していたようだ。顔や腹など、白く長い毛に覆われていない部分への電流によるダメージを受け、ホワイトライオンは気絶した。
しかし、ここで予想外な事態が起きた。
ホワイトライオンが気絶しても雷系の魔法を収まらなかったのだ。つまり、獣の意思により魔法を使っていたわけではなく、強制的に発動させられていたのだ。このままだと獣の命に関わる。仰向けに倒れ電撃の影響で痙攣しだした獣の腹部に人工的な道具の影を見つけた。まず間違いなく魔道具だろう。時間がない、これ以上は獣の体力が持たない。私は無意識にそれを掴み力任せに獣から引き剥がすと、壁に投げつけ破壊した。一刻の猶予もなかったとはいえ、最悪の選択だったかも知れない。
私は魔道具とおぼしき人工物からの電撃を受け、手に火傷をおい、そして体を貫通した電気は私の意識を刈り取るのにに十分な威力を持っていた。
意識を失う直前、私の目に飛び込んできたのは腹部が裂け、血が流れて倒れているホワイトライオンの姿だった。
私は約束を守れなかったのだ。