科学者からの依頼 6
「どうも、娘と同じ名前を奴隷少女に付けた外道のゼルダです。今日は幼女と一緒にダンジョン攻略に来ています。中でどんな冒険が待っているか、今からドキドキ、ワクワク、ハァハァ興奮しっぱなしです。」
「おい、ハル、勝手に人の台詞を作るのはやめろ。そして、お前は何でルナって名前が娘のだってわかる。」
ハルの悪戯に騙された人、きちんと言わせてください。『私に幼女趣味はありません。』
「あら、あなたの態度を見ればそんなの簡単よ。昔からすぐ態度に表れるんだから。私たちが初めて会った時も、夜這いに来たかと思ってハァハァ興奮してたじゃない。」
「アホか、あれは正常な青少年の反応だ。誰だって若いときはそういう事を考えてるんだよ。夜中に人を斬りつけに来るお前の方がおかしいだろ。」
「やだ、本当に興奮してたの。最低。」
墓穴を掘ったので、無視して話を進めることにする。
「依頼内容は、最深部にある鉱石シルベスタ2キロの収集。ダンジョン内はすでに攻略されていて、トラップは全て解除済みか、破壊済み、宝は全て回収済みと考えられる閑散期。間違いないか。」
「ええ。」
人間の土地のダンジョンは、魔族の土地にあるそれとは違い、魔獣が襲ってくることはない。殆どのダンジョンは古代文明の遺跡であり、宝物を守るための存在である。その為、盗賊防止の罠を掻い潜って行くというトレジャーハント的な代物だ。ダンジョンは攻略度により3つに分類され、注意すべき事が変わってくる。まず、探索期。発見からダンジョンの全容を掴むための時期にあたり、罠による死者が多数を占める。次は攻略期、マップ製作が終了し、いかに罠を突破するか、いかに人より早く宝物庫にたどり着くかを競いあう。この段階でもっとも注意すべきは人である。他人が自分より先に宝物庫にたどり着くのを妨げるため、嘘の攻略法を教えたり、宝を見つけたパーティーを宝物を奪うために皆殺しにしたり、その現場を見られたら目撃者をも殺したりと、人の欲望の深さを表すように、3つの時期の中で一番死者が多い時期でもある。最後が閑散期。宝物を全て見つけ出されたと考えられるダンジョンは極端に訪れる人の数が減少する。訪れるのは隠し通路の捜索に命を燃やすものたちか、鉱石や植物採取の人々、そして住みかを探す野生の獣のぐらいだ。野生の獣の危険性は地球のそれよりも高く、隠し通路を見つけられず彼らの餌になる冒険者も少なくない。
「もし、宝物を見つけたら、それはこちらが所有権を持つってことでいいな。」
「ええ、こちらからの要求はシルベスタ2キロのみ。道具は必要と思われるものは用意したわ。もし使用しなかった場合はそれもそちらの所有物ということで構わないわ。奴隷の所有権は依頼成功時のみ、あなたにあるものとする。怪我、死亡、後遺症、その他一切の責任はこちらには無いものとする。こんなところかしら。」
契約に穴がないか考える。条件はこれでこちらに不利に働くことは無さそうだ。
「最後に、厄介な獣とやらの情報を教えてくれ。」
「残念ながら、情報はほぼ皆無よ。ダンジョンの奥から雄叫びが聞こえるという情報と、隠し通路を探しに入っていた数パーティーが帰還しないこと、鉱石の採取の依頼を受けたパーティーも帰ったものはいないらしいということと、討伐依頼を受けたパーティーも帰らないということのみ。つまり、声が聞こえて以来、誰一人ダンジョンから帰還したものはいないということが私たちにわかっていることね。」
「なるほどな。とりあえず中に入ると襲われるから、倒すか逃げるかして鉱石を持ち帰れってことでいいな。」
「ええ、お願いするわ。」
「じゃあ、行くか。ルナ、準備はいいか?」
彼女は頷く。会うことが難しい実の娘の名前を別の少女に与えるというのは、正直凄く切なくなる。しかし、彼女が気に入ってるならと、なるべく意識しないように心がけて呼ぶようにする。
「じゃあ予定通り、4日後にここで。」
そう言い残し、私とルナはポッカリと口を開けた地下迷宮へと足を踏み入れるのであった。
まず、初めにしなければいけないことは灯りの確保。地下は光の届かない世界なので、どんなに戦闘経験の高い冒険者でも光玉なしでは獣に一矢も報いることも出来ないだろう。この光玉の利点はその持続時間とまさかのハンズフリーである。持続時間はフル充電状態で1週間といわれる、光属性だけでなく、風属性の魔法により光玉の受け皿とでもいえる対の装備を装着すれば、常に自分を中心に快適な光を提供してくれる。デメリットは常に光を発しているため、的になりやすいということ。特に攻略期は弓矢などの狙撃に絶えず警戒しないと、暗闇で待ち伏せている追い剥ぎ君たちにサクッとやられてしまう。今回は閑散期ではあるが幾つかのパーティーがダンジョン内に存在する可能性を考慮して、私だけが光玉を使用することにする。
中に入って数時間。概ね予定通りの進行具合だ。貰った地図は正確で、罠の位置や分かれ道がこと細かく載っていた。ハルが何かを企んでいそうなので警戒は怠らないが、地図が弄くられている可能性はないようだ。
「疲れたか?休憩にするか?」
彼女は首を横に振る。
「僕が疲れたんだ、休憩にさせてもらっても良いかい?荷物をおろして休憩しよう。」
彼女は首を縦に振る。
こちらの言うことはほぼ理解できるようだが、彼女は自発的には人間の言葉を話そうとはしない。喋ることに嫌悪感を示しているのか、ただうまく喋れないから喋りたくはないのか、彼女の奴隷という立場がそうさせているかはわからないが、こちらからの指示を聞けるなら少なくとも守ることには不便はないと思うので、暫くは様子を見たいと思う。
私はルナが背負っていた大きなバックパックからカータを取りだし、半分を彼女に渡す。彼女は不思議そうな顔をしていたが私がそれをかじると、真似をしてかじりついた。彼女の大きな瞳が更に大きくなる。言葉は発っさないが、その反応からカータが気に入ったことは容易に想像ができた。
そういえばルナもカータが大好きだったな。そんな事を思い出してセンチな気持ちになっていると。
「ギャオオオオオオオ、ギャオオオオオオオ!!」
と、下層から声が聞こえてきた。距離はまだありそうだが、私たちのダンジョン侵入に気づいたのかも知れない。我に返りルナを見るが、様子は見られない。その胸のうちはわからないが、子どもらしからぬ反応である。
「怖くないか?」
確認するように聞くと、彼女は不思議そうな顔をして頷いた。
「そうか、じゃあ、もう少し休憩したら、また出発しよう。」
そういうと私はもうひと片、ルナにカータを渡す。受け取ったときの彼女の表情は子どもそのものだ。それを見て私はある決定をした。
この依頼が終わったらルナを亜人の村へ返しに行こう、と。




