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科学者からの依頼 4

責任者らしき男が遅ればせながら到着して、ハルに声をかける。


「ハル様、あなたが王国最高の科学者であり魔導師であることは承知しております。ここは今すぐ奴隷を傷つけるのは止めていただけませんでしょうか。何卒、何卒。このままでは売り物にならなくなってしまいます。」


「売れなくなったら、私が買い取ろう。それで貴様も文句はあるまい。」


「しかし、それでは他のお客様に示しがつきません。」


責任者は完全にビビりながらも、ハルに立ち向かっている。凄い男だ。私はもう傍観モードにはいっている。

「売り物にできなくするぐらいなら、初めから全員私に買ってくれればよかったんじゃないの。」と、言う本音をひた隠しにしながら。


「私に意見するとは、いい度胸だね。でも、次同じ事をすると貴様にも同じ針が刺さることになるよ。安心しな、買い手が付かないときは即売価格で買ってあげるから。」


奴隷には最低購入価格と即売価格が存在している。最低購入価格を利用する場合はオークション的な意味合いが強く、時間内で最高の価格を記入した人が購入の権利を得る。ちなみに他の人が記入した値段は見ることが出来ないため、どうしても入手したい場合は即売価格を支払うことになる。即売価格は読んで時のごとく、その金額を払うとその場でオークションを無視して買い取りが出来る値段だが、最低購入価格の凡そ20倍とされているため、利用する人は少ない。


「畏まりました。」


責任者は引き下がった。ハルがその値段を払うならばここにいる全員がすぐにでもハルのものになるという事であり、ハルを止める理由は無くなるからだ。責任者は責任を果たし、疲れ果て10歳は老け込んだ様に見える。


「さて、亜人の諸君、聞いての通りこれであなたたちの命は私が握ることとなった。さっき撃ち込んだ針には毒が塗ってある。あなたたちが助かる方法はただ一つ、『助けて』と私に言うことだけ。1人でも人間の言葉が喋れれば、解毒剤を他のみんなにも与えて助けてあげるわ。1人も喋れない場合は全員が死ぬだけ。」


ハルが奴隷の買い付けを勧め、わざわざ本人が一緒に来た理由がやっとわかった。魔族や亜人が人間の言葉を理解できるという噂が彼女の探究心を刺激したからだ。それが本当なら世界を揺るがしかねない事件で、この様な公の場所で調べていいレベルの話ではないのだが、本人は一向に気にも留めない。地球でよく3歳程度の知能を持つチンパンジーという話をニュースやら動物番組でやっているが、彼らが喋る言葉は少なくとも私にはキーキーいっているようにしか聞こえない。この世界の人間、魔族、亜人が相容れない理由もそこにある。魔族が喋る言葉はギャーギャーガーガーにしか聞こえないし、亜人が喋る声はそれこそワンワンニャーニャーと、亜人同士でも会話が成り立たないんじゃないかと思われるぐらい多様で複雑だ。


「のんびり考えてる時間はないわ。後3分で毒が体全体に回り、死に至る。さあ、誰か言葉が喋れるものはいないの。」


野次馬も興味深そうに見ているが、どの亜人も各々の言葉を発し苦しんでいるようにしか見えない。


「あと2分。」


狂気の科学者が嬉しそうにカウントをしている。どうやら今回のフラグ回収は失敗に終わりそうだ。亜人たちの生気が失われていく。


「あと1分。」


無慈悲にカウントは続けられる。流石にこれは見過ごせない状況に陥ってしまったので、私も責任者の様に勇気を振り絞り止めることにする。


「もうやめろ。ここまで待って名乗りでないなら、少なくともこの中に喋れるものはいないのだろう。」


「あと45秒。」


私の話を聞く気配はない。が、こちらも無駄な殺生は見たくない。


「ダンジョンには俺1人で行く。早く彼女らに解毒剤を使え。」


「30秒、29、28、27・・・」


「いい加減にしろ、これ以上続けるなら契約は破棄だ。」


カウントが止まると同時に大きなどよめきが起きる。毒の影響による呻き声に混ざって、確かに何かを伝えようとしている声がある。


「ダ ヅ デ エ。」


聞き取りづらくはあるが、紛れもなく、『助けて』と言おうとしているように聞こえる。


「ダ ヅ デ エ。」


どよめきが歓声に変わる。間違いな、彼女は人に言葉を理解し、喋ろうと言う意思を見せている。


「さあ、喋ったんだ。早く解毒剤を渡せ。」


残り時間は数秒だ。私はハルに解毒剤の使用を促す。しかし、ハルは満足そうな微笑みだけを浮かべ、動こうとしない。


実験結果に満足がいって、頭のネジがもう一本飛んでしまったのかもしれない。


「解毒剤はどこだ。」


私の焦った声が響き渡る。


「そんなもの、初めから用意してないわよ。」


「な・・・。」


そんな馬鹿なことがあるか。ハルにとっても貴重なサンプルである喋る亜人を、始めから助ける気なんかなかったというのだろうか。いや、俺の知るハルは絶対にそんな事はしない。私は落ち着いて彼女を観察する。


時計を見ていた彼女が小さく呟く。


「ゼロ。」


亜人たちの呻き声が一斉に止まる。野次馬の声も、役人の声も全てが静寂に包まれた。


数秒後ハルがその静寂を破り言葉を発する。


「じゃあ、あれを買うことにするわ。」


その瞬間、針を射たれた亜人たち全てが立ち上がった。


「他の亜人はいらない。少し痺れさせただけだから後遺症はないはずだけど、後遺症が出たなら研究所に連れてきなさい。約束通り即売価格で買い取るわ。」


どうやら解毒剤なしで回復するので、用意していなかったということらしい。しかし後遺症が出たとしても、あの研究所にたどり着く人物はいないだろう。まさかとは思うが、こいつはそこまで計算しているんじゃないだろうか。


今日、私は人間の言葉を発し、整った顔立ちを有し、赤く綺麗な長い髪をなびかせる、2本の角を持つ鬼族の奴隷を得た。力が強いとされる鬼族はポーターにはもってこいだ。ただ一つ、問題だったことは、彼女があまりにも若かったことだ。いや、若いというと語弊が在るかもしれない。幼い。きっと、娘と同じ年のころだろう。光源氏計画を男のロマンだが、娘と同じ年というと現実を突き付けられると引くのが親心だ・・・たぶん。


年が若くてもこの流れではダンジョンには連れていかなくては、ハルの実験動物にされてしまうだろう。ダンジョン内の事は私が責任を持つという事で問題はないが、懸念があるとしたらその後である。所有権が誰にあるのかはっきりさせないといけない。


「ハル、先に確認しておくが彼女の所有権はどちらにある。」


「あら、どうしたの。その子がそんなに気に入ったの。言ったでしょ、買ってあげるって。所有権はあなたで構わないわ。」


あっさりと所有権を認めてくれた。正直、怪しすぎるが怪しんだところで、今はその言葉を信じるしかない。


「さて。」


私は鬼族の少女と向き合う。


「えっと、言葉は本当にわかるのかい?」


彼女は頷く。


「聞いた通り、君の所有者は私となった。まずはこれからダンジョンに入らなければならないんだけど、君にはポーターをやって欲しい。鬼族は力が強いと聞いてるけど、重い荷物を持つことは出来る?」


彼女は頷く。


とりあえずここは居心地が悪いので、移動を提案する。


「一旦、研究所に彼女を連れていきたいんだが、いいか。」


「どうぞ、どうぞご自由に。何でしたらベットも用意しますが。」


「それはいらない。」


ハルのゲスい提案を却下し、研究所に向かおうとするが、役人に止められる。


「ハル様、申し訳ございませんが、このままお通しするわけには行きませ。」


ハルの表情が曇る。


「それは人間の言葉を理解できるってわかったから、即売価格をつり上げようって気なの?」


役人は恐怖で顔がひきつっている。


「いえいえ、そうではございません。これです。」


役人は首輪と腕輪を差し出した。


「法律で義務付けられておりますので、装着をお願いします。」


ハルが受け取り、私に道具を渡す。


「ほら、自分で出来るでしょ。出来ないなら私がやってやろうか。」


人に首輪をはめるのは、嫌な作業だ。ハルはそれを感じて変わりにやろうかと言ってくれている。普段はあり得ない言動が多いが、たまにこういう優しさを見せるときもあるのが、数少ない彼女の良いところだ。


私は丁寧に断り、鬼族の少女に首輪を、自分に腕輪を着ける。所有権となる責任としてこの作業をすべきだと思ったのだ。ちなみに首輪を外したり、サイズ変える場合は役所に行く以外方法はなく、その方法は企業秘密とされている。


「これから、よろしくな。」


私の言葉に彼女は小さく頷いた。

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