科学者からの依頼 1
新章突入です。
レンの町を出てから数日、私は王国第三の都市と呼ばれるフラミにたどり着いた。この街に来た目的は2つ。サーナの痕跡を探すことと、この木箱を信頼のおける人物に預けることだ。預けるというのは、返すことが出来ないため、苦肉の策だ。宝玉の本当の持ち主である勇者は行方不明で返せず、仮初めの所有者である王国には、返してやる義理もない。むしろ少しざまぁみろとも思っているぐらいだ。
私がこのまま持っていてもいいのだが、いちいち宿屋の鍵の確認や、鞄の中に木箱を入れて持ち歩くのは面倒臭い。よくRPGでアイテム100個までは手持ち出来る設定があるが、猫型ロボットのポケットでもない限り不可能と言えよう。旅をするのにはただでさえ着替えやテント、携帯食器類などでバックパックがパンパンである。目的地までに野党や獣が出る場合には、必ずポーターが必要である。いつ戦闘になるかもわからないのに、大きなバックパックを背負っているなどは愚の骨頂であろう。馬車システムを導入した「Ⅳ」は荷物を運ぶ上では良い着眼点をしているとは思うが、ダンジョンや山道などでの運用は実体験により不可能なことが確認済みである。
と、言うことで、木箱が邪魔という結論に至った。
問題はどこに保管するかということ。王国からもあの方とやらからも狙われる宝玉を守りきれる能力を持ち、かつ信用に足る人物、そんな人物は私が知る限り2人しかいない。王国史上最強の魔導師ティアか王国史上最凶の科学者ハル。私にとって魔法が使える世界で科学者とは、何か面白い響きで、魔法と科学が相容れないイメージを受持っていたが、それはとあるラノベの影響が強いのかもしれない。実際は魔法を一般生活に利用するのに科学力が必要となってくる。分かりやすいのはやはり火種の玉だろう。火属性の魔法の力を小さな玉に閉じ込め、魔法を使えない人たちでも、いつでも小さな火を使用できることを可能にした画期的なアイテムだ。同じように、水玉は小さな珠に水属性の魔法を閉じ込め、約20リットルの水を手軽に運ぶことが出来る。つまりここは、科学と魔法が見事に融合した世界ということである。
さて、ティアに関しては今更説明の必要性ないと思うが、容姿端麗、頭脳明晰、魔法能力、その他にも武道に芸術、料理の腕まで完璧な、私の・・・もと妻だ。ちなみに、闇のオーブを預けるということは、危険に巻き込むということでもあるので、彼女に渡すことはしたくない。それ以前にどの面下げて会いにいけるかと言う問題があるので、不可能ではあるが。
ハル。王国史上最凶の科学者と呼ばれている女性だ。王国に彼女がいたときは年齢が近いティアとよく比べらる存在しだった。しかし、「強」と「凶」の字が示す通り、彼女は容姿端麗、頭脳明晰、魔法能力、その3拍子を揃えていたにも関わらず、憧れられるどころか、恐れられる存在だった。彼女は自分の探求心のみを満足させることしか考えられず、ルールや常識を逸脱した行動が多々見られた。私の人間離れした強さに興味を示していた彼女が開発した魔道具の殺傷能力を調べるために、炎系の魔道具「爆弾君5号改」を投げつけて来た時は流石の私も唖然とした。天才となんとかは紙一重というが、彼女はどちらかと言えば後者だ。実際は牢獄に入れられてもおかしくない数々の罪を犯している。
それでも彼女はこの魔道具の街フラミで自由に研究が出来ているのは、罪を犯したこと以上の功績を挙げているからだ。その最たる例が魔道列車。雷の魔法を車体の下に蓄え、その力を利用して車輪を動かす、まさに魔法王国版電車だ。莫大な魔力が必要なため王都の一部にしか設置はされていないが、馬車という移動手段しか持たなかったこの世界に革新をもたらしたのは間違いないだろう。彼女ならいずれ車や夢の飛空挺を作り出すであろう。つまり、彼女はなんとかである天才なのだ。
正直、彼女に会うのは気が重いが、それ以上にこの木箱をずっと持っているのは嫌なので、彼女を頼ることにする。
宿を決めた後、彼女に会いに行くことにする。サーナの情報も調べたいがやはり酒場などでの情報収集が基本になるので、夜にならないと成果が期待出来ないからだ。
この街は居住区、商業区、政府機関区がしっかり区分され、政府機関区に入る場合は身分証明が必須となり、公務員でない場合は紹介状が必要となる。魔道具研究所があるのは政府機関区であるため、普通の研究者に会うためにはこの面倒なプロセスをするか侵入という方法になるのだが、国家機密が大幅に詰め込まれたこの魔道具研究所を守る為、強力な軍隊が配備された警備を突破するのは骨が折れるだろう。私なら突破も可能だが、ここで軍隊と戦争をして、国軍から常に追われる生活をするぐらいなら木箱を背負った生活を選ぶ。
ならば、方法はと言うと、答えは普通に会いに行くである。普通の研究者に会いに行くには魔道具研究所に入る必要があるが、普通でないマッドサイエンティストに会いに行く場合は、街外れの彼女専用の研究所に行けばいい。そこには兵士もいなければ、役人すらいない。彼女の研究を邪魔するもの、気が散る原因となるものは排除されるからだ。ある意味、そこへのアクセスは国軍との戦争と同等の危険をはらむが、爆発などの騒音は平常運転のため、国軍が介入してくることはないだろうか。
街外れの森へ向かう。鬱蒼と茂る木々の道を抜けて、クレーターの如く破壊された平地が見えてきたら、彼女の研究所はすぐそこだ。半径300メートル程度のクレーター、その中心にあるのが彼女の研究所。クレーターと森の境界には木で出来た柵が申し訳程度に巡らされていて、看板が至る所に立てられている。
『警告、これより先私有地です。侵入した場合は命の保証はしません。』
随分物騒な看板だが、書いてあることは間違っていないのだろう。クレーターの中には動物の死体が多数転がっていた。
私は研究所に向かって歩きだす。
クレーターに入った瞬間、空から飛行物が襲ってくる。野球のボール程度の大きさの赤い色のボールが数個。まず炎の魔法が入った攻撃用魔法具に違いないが効果範囲がわからないのでとりあえず大きく距離をとる。地面にぶつかった玉は、2メートルの範囲で炎を撒き散らす。熱量はさほど感じないので警告の役割をかねた威嚇攻撃だろう。
悠然と進む。
第2の攻撃は風魔法を利用し加速した矢。数は多くないものの正確な狙いで足を狙いにきている。命の保証はしないと言いつつもここ10数年で少しは常識を覚えたのかもしれない。ただ、このスピードの矢が足に当たった場合、足が2度と使えなくなることは間違いないだろうが。
私には避けることは難しくないので、かわしながら進む。
第3の攻撃は水魔法。と、言ってもただ大きな水溜まりが出来上がっただけだが、これは失敗したのか、攻撃と呼ぶにはあまりにもお粗末だ。と、考えた瞬間的、雷の魔法を帯びた矢が飛んでくる。それぞれの特性を活かしたいい攻撃だ。
私は加速して水溜まりを抜ける。研究所まで残り100メートル。
第4の攻撃は光魔法、研究所自体が眩く光る。視界を奪うためのものだろう。しかし、気で敵の動きを関知出来る私には何の意味のない攻撃だ。
と、言うことは勿論なく、数秒間、私の視界は奪われてしまった。全く、嫌な相手だ。視界が戻るまでの待っていてくれることもなく、続けて土魔法の魔道具が飛んでくる。全部で4つだが、狙いはそれているようだ。
また、油断してしまった。地面に炸裂したそれはきれいに私を取り囲む土壁となり四方を塞ぐ。もう、嫌な予感しかしない。案の定、次の瞬間私がいた場所は土の壁共々粉々に粉砕された。もし、私が土壁を破壊できる力がなかったら確実にこの世から消失していただろう。ちなみに今の攻撃の属性は私にはわからなかった。
もう、油断はしないと心に決めたとき、20メートル先の研究所の扉が開き、中からハルが現れた。
「相変わらず出鱈目な能力ね。」
「俺が誰かわかるのか。」
何度も言うが俺は既におっさん化している。
「勿論、あなた以外であんな出鱈目な方法で私の可愛い魔道具ちゃんたちの攻撃をかわせる人はいないわ。」
「なるほどね、でも、出鱈目なのはお互い様だろ。最後の攻撃はなんだ。俺には属性すらわからなかったぞ。」
彼女は嬉しそうに微笑み。
「企業秘密よ。で、今日は何の用なの。王国史上最悪の犯罪者がまさか昔話をしに来た訳じゃないでしょ。」
「ああ、その前に中に入れてくれると有り難いんだが。」
「それもそうね、では今入り口の防衛装置を解除するから待ってて。」
やはりまだ仕掛けはあったらしい。
「どうぞ、装置は解除したから普通に入って来て大丈夫。」
「ああ、助かる。」
そう言って、私は彼女の研究所に足を踏み入れたのだった。これから始まる試練のことも露知らずに。