After happily ever after
異世界転移。
ありふれたラノベの様な経験をした私は、出会った仲間たちと共に魔王を倒した。
大抵の物語はそのまま「めでたしめでたし」と言う言葉でその後の人生を一纏めにし、読者に余韻を含んだ満足感か、消化不良のモヤモヤ感の何れかを与えて終了となるが、実際に幸せなままの人生を送る物語の主人公は一人もいないだろう。 桃太郎が金銀財宝を持ち帰った村は常にそれ目当ての野党に狙われる生活を強いられたかもしれないし、平和に暮らせたとしても猿・犬・雉との別れによる苦悩、おじいさん・おばあさんの介護による精神的疲労は桃太郎が良い子なら良い子なほど避けられないだろう。それらを含めても、本当に「めでたしめでたし」なのだろうか。
今日までの人生を振り返って「後悔はない」と答えられる人はいるだろう。しかし、「良い人生だ」と答えられる人はいないだろう。それは人生と言うものが続くからであり、今日まで比較的幸せな暮らしを送っていても、明日にはどうなるかわからないと言う思いが心の隅にあるからではないだろうか。
私の場合も先に述べたように決して「幸せであり続けた」訳ではない。
魔王を倒した私たちは、国王への報告のために王都ハリファに帰還。そこで私たちの偉業による国民からの支持、何より魔王を倒すほどの力を恐れた国王とその取り巻きの貴族の策略により国王暗殺計画の濡れ衣を着せられ、魔王討伐の功績を横取りされた挙げ句、莫大な懸賞金がかけられた賞金首にされてしまった。
私を除く3人の仲間の一人はそんな政に嫌気がさし、姿をくらませてしまった。
別の仲間は王政廃止を訴え、レジスタンスを組織し数年間、王国と争いを起こしたのち、レジスタンスの仲間に裏切られ処刑された。
最後の一人は、私と共に行動し、王国の外れの田舎町で身分を偽り暮らしている。数年間はこの町にも国軍の追っ手が来ていたが、魔王が復活したというニュースが王国全土を駆け巡って以降、兵士を見かけることはなくなった。
魔王討伐から15年。
ここ田舎町シーズで、私と仲間の一人であるティアは結婚し、一人娘であるルナを授かった。私は狩人として、ティアは家庭教師をして、正体を隠している罪悪感はあるものの間違いなく幸せな人生を歩んでいた。
ーそう、昨日までは。
今、私はこれまでの人生で間違いなく一番の窮地にたたされていた。
当時最強と唱われた魔王より強大なオーラを纏い、こちらからの反撃を一切受け付けない絶対の防御壁、軽蔑と嫌悪を含んだ凍てつく瞳、今にも雷を呼び起こしそうな口、組まれた腕が動いたとき私は確信した、私の幸せな人生は終ったと。
目の前には出掛けたはずの妻。
私の横には裸の女性がいた。
裸の女性の隣にはほぼ裸の私がいる。
RPGでは常に攻略必要レベルを大きく上回り、尚且つ装備とアイテムを揃えてから強敵に退治する性格の私だが、今の装備はゴム製の小さな小さな帽子だけ。私の横にいた女性は強敵を前に戦意を喪失している。
『戦う』『魔法』『アイテム』『逃げる』旧式ゲームの様に4つのコマンドから1つを選ぶ。
『魔法』
全てが夢になる魔法を放った。
魔法は発動しなかった。
妻はこちらを眺めている。
『アイテム』
とりあえず、こっそり帽子を外しゴミ箱に捨ててみた。
なにも起こらなかった。
横の女性が逃げ出した。
妻はこちらを眺めている。
『逃げる』
だが逃げられなかった。
妻はこちらを眺めている。
『戦う』
私は言い訳を考えてみた。
何も思いつかなかった。
妻はこちらを眺めている。
『戦う』
私は何事もなかった様に妻に話しかけた。
「あれ、今日遅くなるんじゃなかったっけ。」
妻は冷たい瞳でこちらを眺めている。
『戦う』
私は全力で謝った。
しかし効果はなかった。
妻は氷のような視線でこちらを眺めている。
妻は仲間を呼んだ。
娘が現れた。
『逃げる』
しかし逃げられなかった。
妻と娘は絶対零度の瞳でこちらを眺めている。
『逃げる』
しかし逃げられなかった。
妻と娘の攻撃。
「必用な荷物をまとめて出ていってください。」
「最低。」
パーティーは全滅した。
昨日までの日常にはもう戻れない。
「結婚はゴールではなく、スタートだ。」と、言った人は、離婚をどう表現するのだろう。
「結婚は人生の墓場。」と、言った人は、離婚を天国というのか、はたまた地獄というのか、何れにせよ、私はそれを身をもって知ることになるだろう。
37歳、バツイチ、住所不定、無職、無一文、高額賞金首。
「めでたしめでたし」の後で、幸せな生活を手に入れかけた私はまたここから人生を歩んでいく。