ピエログリフ
幸太はクラスで一番と言っていい程の人気者だ。誰とでも仲良くできるとっても気さくな男子生徒だ。一人で寂しげにしている人には自分から率先して悩みを聞いてやったり、慰めたりする。そんな幸太のあだ名は兄貴。クラスの兄貴的な存在だから兄貴。まんますぎるあだ名だが、幸太は嬉しそうにしていた。
そんなある日の事だった。いつものように皆と会話をしている時、幸太はある事に気付いた。それは、窓側の一番後ろの席に見知らぬ女子生徒が読書をしていたのだ。他のクラスの人なのかもしれないが、実際に聞いて確かめないと落ちつかない性分の幸太は会話を中断してまで、その女子生徒の所まで聞きに行った。
「よう! 何読んでいるんだ?」
幸太が挨拶がわりに本の題名を聞いたが、女子生徒は視線、素振りを変えず、ただ読書を続けた。
「俺は幸太っていうんだ! 皆からは兄貴って言われている。ってそんなこと知って当然だよな!」
無視をされてもなお幸太は女子生徒から離れようとしなかった。むしろさっきより勢いが増している。だが、それさえも気にせず女子生徒は読書を続ける。
「そう言えば昨日のアレ録画した? 俺、見忘れたんだよな~」
幸太が昨日のテレビ番組について聞いていたが、女子生徒は完全に無視している。ここまでやられると流石に幸太も諦めて会話に戻っていった。
「兄貴、急にいなくなったけどどうしたの?」
一人の男子生徒が幸太に聞いてきた。
「いや~。あそこの席に一人で読書をしている女子がいたから話しかけてきたんだけど……」
幸太の言葉に会話をしていた全員が驚いた。互いの目を見合わせ、幸太の言っていた席を見る。そして、顔が青ざめた。
「なあ、兄貴。一つ言っていい?」
「おう! なんだ?」
「あそこの席に女子はいないぞ?」
一人の男子生徒からそう言われると、兄貴はもう一度さっきの席を見直す。そこには、丁度ページをめくり黙々と読書に励んでいる女子生徒が今もいるではないか。幸太はもう一度、全員に説明を始めた。
「何言ってんだ? 全然いるじゃねえか。変な冷やかしはやめろよ。俺にとっても、あいつにとっても傷付くから。心の病はつらいんだぞ」
「いや、その、冷やかしとかそういうのじゃなくて……」
「じゃあ何だよ? 冷やかしじゃなかったら、いじめか? それとも俺をはめようとでもしているのか?」
幸太が少しむきになりながら聞いてきた。
「はっきり言おうぜ。兄貴の為にも……」
「そうだな……」
会話をしていた男子生徒は後ろを向き、ぶつぶつと話し合う。幸太はそれを怪しく思ったのか間に入ってきた。
「ひそひそ喋ってんじゃねえ! いいから早く! 正々堂々! 隠し無しで言え!」
そう言われると、男子生徒は仕方がないという顔で幸太の方を向き、真相を言ってあげた。
「兄貴、俺達には、その、兄貴が言っている女子が見えないんだよ」
「本当か? 嘘だったら承知しないぞ?」
「本当だって。なあ?」
一人の男子生徒がそう言うと、他の男子生徒もコクコクとうなずいた。
幸太は信用したのかそこから離れ、例の女子生徒がいる席に向かった。その時だった。その席にいた女子生徒がいきなり立ったと思ったら、幸太の手首を掴み、クラスの外へ出ていった。
その不可解な光景を見ていた生徒達は、一瞬で静かになった。
幸太は女子生徒に人気のない廊下へ連れて行かれた。まだどこかへ連れていくつもりなのだろうか女子生徒の勢いは衰えない。いきなり連れて行かれたものだから、幸太はふてくされながらその手を振り切る。
「何だよ! いきなりこんな所に連れて来やがって!」
幸太は女子生徒に向かって怒りながらそう言った。女子生徒は未だに目を合わせようとせず、黙ったままだ。
「何か心に思う事があるんだろ? だからこんな所に連れて来たんだろ? どうなんだ?」
幸太は女子生徒に聞いてきた。それでも女子生徒は目を合わせようとしない。幸太が諦めかけたその時だった。
「……なぜ」
女子生徒が喋ったのだ。あれだけ黙っていた女子生徒が喋ったのだ。幸太は驚き、すぐに聞き耳を立てた。
「なぜ私に構ってくるの?」
女子生徒は目を合わせて幸太にそう聞くと、少し落ち着かない様子で目を逸らした。幸太はそれに戸惑う事無く、逆に何かが込み上げてきたのだろうかすぐに答えた。
「そりゃ一人で寂しそうに見えたからに決まってるだろう?」
女子生徒は納得すること無く説明をしてきた。
「……じゃあ、何であなたに私の姿が見えるの?」
「逆になぜ俺の姿がお前に見えるんだ?」
幸太は女子生徒が聞いてきた事の逆の事を聞いた。それには女子生徒も戸惑い、しばし考えた。
「……わからない」
「正解は……俺にもわからない!」
「……ふざけてるの?」
「なあに、ふざけるのも人生のうちだ。ま、敢えて言うなら、俺とお前が生きているからとでも言っておくかな」
幸太の答えに呆れたのか女子生徒はその場から去り、階段を上っていった。
「おーい。そっちは旧校舎だぞ! クラスはこっちだー!」
幸太のバカでかい声が階段で波打つように広がる。しかし、女子生徒は幸太の忠告を無視し、そのまま上って行ってしまった。
その後、休み時間になる度、幸太は学校中を歩き回り女子生徒を探した。しかし、女子生徒は全く見つからず、おまけにクラスでは気味悪がられていた。「兄貴」から「変人」になったと言っても過言ではない。
「兄貴、今日大丈夫ですか?」
「俺よりもお前らの方が大丈夫か? 何でお前らには見えないんだ?」
一人の男子生徒に心配されるも言い返す幸太。しかし、幸太の想いは届かない。全員笑いながらバカにしてくるだけだった。
「俺はまた放課後探しに行く。お前らも付き合え!」
幸太が男子生徒達を誘ったが、多分誰も来ないだろう。皆、別の話をしており聞いていないからだ。
授業が全て終わり、終礼も終わった後の放課後の時だった。未だにあの女子生徒が気になるのか幸太は荷物を持ちながら学校中を徘徊した。何周、何十周も学校中を探しまわったが女子生徒はいなかった。この時、幸太は自分の能力の限界を感じた。ひたすら探しまわった末、脚は悲鳴を上げている。荷物を持った腕も流石に疲れているのかげんなりしている。荷物は地上に降ろされている。しかし、まだ諦めてはいなかった。絶対に現れるという希望を幸太は胸に抱いていたのだ。
そして、奇跡が起きた。なんとあの女子生徒が姿を現したのだった。相変わらず目を合わせようとはしなかったが、少し照れくさそうな様子だ。
「よう! 現れてくれると信じていたぜ!」
幸太は疲れを一瞬で振り払い、元気よく声をかけた。女子生徒は、そう言われると幸太の目を見て話し始めた。
「そう言われても嬉しくは無い。……が、気づいてくれた時は嬉しかった。一人でも気づいてくれる人がいたから」
女子生徒はそう言うと、一呼吸し話を始める。
「私は巡という。嘘で自分を守り、本当の自分を隠して生活していた。その代償で誰からも気づかれなくなった哀れな人間だ」
女子生徒・巡はそう話し終えると、また目を逸らした。
「その代償で誰からも構われなくなった哀れな人間だ」
「ちょっと! 私の真似をしないでくれる!」
自分の真似をされたのが恥かしかったのか止めるように頼む巡。
「お! ちゃんと自分らしさを出せるんじゃねぇか。そうやっていれば、いつか必ず周りから気付かれる時が来ると思うぞ」
幸太はそう言うと満面の笑みを巡に向ける。巡はそれを確認するとまた目を逸らした。が、なぜか頬が赤く火照っていた。
「それに今のはお前の真似ではないからな。勘違いするなよ。じゃあな!」
巡にそう言うと幸太は荷物を再び持ち、今度こそ下校するのであった。その姿を見届けた巡は、また自分に気づいてくれる場所に向かうのであった。次に会った時の事を考えながら。
コンクールに出すために書きました本作品。結果は残念ながら……でしたが、来年もがんばって応募しようと思います。
元はこの作品、連載として投稿する予定だったんですが、ですが(大事な事なので二回)。このままおいといて、結局書かれないまま終わるのも可哀想だったので、応募作品として書くことに。これが書き終わったのは、応募締切なんと3日前! 推敲をして1日前! 崖っぷちだったのでした。まあ、無事に応募できたのでよかったのですが。ただ、予感はしておりましたが、やっぱり落ちました。連載を短編にするのって難しいですね……。でも良い経験になりました。今年も応募して受賞目指します!