黒い影
中央アジア某所 10月3日 1134時
An-124が急ごしらえの滑走路に着陸した。管制塔は無く、周りには建物が幾つかと格納庫があるだけ。そして、バラバラになった飛行機の部品がそこら中に散らばっている。周りでは、迷彩服に身を包んだ兵士が飛行機を組み立てていた。組み上がった機体はF-102、F-105といった旧式機やミラージュ2000、トーネードIDSといったPMC市場で売れ筋の機体。更には、B-52やTu-16といった爆撃機もある。その様子をスラブ系の50代くらいの男が見ていた。ボグダン・マルコヴィッチ。この男は、かつてセルビア陸軍の若い将校だった。だが、1991年から始まったボスニア内戦でイスラム教徒とクロアチア系住民の虐殺に関わったとして、訴追されたものの、戦犯を逃れるために逃亡したのだ。その中で、同じように共産主義思想を掲げる仲間を探して、武装組織を立ち上げたのだ。だが、この組織は長らく地下に潜っていたため、CIAやNATOといったあらゆる組織の手配リストには載っていなかった。
「さて。攻撃目標はどこにするんだ?」
そう訊いたのはチェ・ジャンギ。北朝鮮出身で、今でも金日成を崇拝しているフリーランスのテロリストだ。過去には韓国やヴェトナムで誘拐、暗殺などをしていたが、もっとカネを稼げる仕事を求めて国外に出たのだ。だが、共産主義革命を起こす事を考えているのは、朝鮮人民軍に所属していたときから変わらない。チェは最も憎悪しているアメリカ製の軍用機を使うことに嫌悪感を感じていたが、それでも性能面で必要になることは認めざるを得なかった。
「ここだ。今では堕落した資本主義者どもの象徴とも言える場所だ」
マルコヴィッチが指を刺した場所は、アラビア半島のペルシャ湾沿岸部の1つの街を指さした。アラブ首長国連邦、ドバイ。
「我々の革命の始まりだ。カネの亡者共に我々の鉄槌を食らわせてやるのさ」
ディエゴガルシア島 10月3日 1205時
「よりによって、中東かよ。アブダビじゃ酒を飲めないだろうし、暑くて死にそうになるだけだよな」
コルチャックは食堂で演習内容の冊子を見ながらぼやいた。
「砂と高温で電子機器をやられないようにしないと。後は、熱中症や脱水症状に注意しないと」
ベングリオンはAH-64Dの整備マニュアルを改めて確認していた。こうした電子機器をたくさん搭載した現代のハイテク兵器は砂塵や高温に弱い。
だが、その一方で、女性4人は旅行ガイド本を広げていた。どこへ行くだとか、何を食べる、といった話で盛り上がっている。
そこに佐藤が入ってきた。すると、ヒラタに軽く肩を叩かれた。何事かと思って振り返ると、ヒラタは原田の方に顎を振った。
「おい、ケイをドバイに連れて行ってやれよ」
「はぁ」
「こんな海に囲まれた、むさ苦しい場所じゃ嫌になるだろう」
「なんで僕が・・・」
「お前が一番気に入られているからな。俺じゃ無理だ」
「冗談きついよ・・・・」
「ボスは演習が終わったら、休暇にしてくれると言っただろう?アゼルバイジャンじゃ特に見て回る場所が無かったし、ああいう状況だったからな」
「君らはどうするのさ」
「そうだな・・・・シャルジャとかアジュマンなんて滅多に行く機会は無いから、その辺を行くかな」
「ここでさえ暑すぎるんだ。中東だって?あんなクソ暑い所でグズグズするだなんて最悪だ」
すると、目の前にロイ・クーンツが座った。ナチョ・チーズとコーラ、ホットドッグが載ったトレイを持っている。
「なんだか楽しそうですね」
「ああ。折角の海外出張だ。ところで、海外へ展開したことは?」
「私は海軍に入隊してから、エイブラハム・リンカーンのC-2Aで飛んでいましたが、途中から試験飛行隊でヴァイキングを飛ばすようになりました。グレイハウンドよりもこっちのほうが気に入っています。それ以降は、ひたすらテストフライトを続けて、退役。そして、今に至っています」
「ここには海兵隊はいるんだが、海軍は俺らだけだな。まあ、仲良くやろうや」
「ところで、あのS-3B、使い勝手は良さそうだな」
佐藤が言う。
「ええ。潜水艦狩りに対水上戦、空中給油だってできます。F/A-18E/Fが登場してからは第一線から退きましたが、海軍の試験飛行隊には幾つか残っています。しかし、パイロットの養成はもうしないでしょう」
「なるほどねぇ。まあ、そうやって職にあぶれた軍人や兵器を"引き取って"いるのが俺らみたいな連中なんだけどな」
「そうですか。ところで、今日の午後は固定翼機は"ノーフライト"でしたよね。なぜです?」
「今日は救難訓練を大規模にやるらしい。ヘリやオスプレイの出番だな」
「なるほど。ところで、また厄介事みたいですよ」
クーンツはテレビの方に顔を向けた。ここには複数のテレビがあり、BBC、CNN、ABC、NHKといった世界中のあらゆるネットワーク番組を見ることができる。BBCによると、放置されていた旧ソ連のヴィクター級原潜が停泊していたセヴァストポリの港から忽然と姿を消したらしい。インタヴューを受けているロシア海軍将校は、老朽化して武装も解かれていた旧式の原潜を盗むような連中がいることが理解できないと話していた。
「あれがあれば、小さな港なら簡単に制圧できますね。巡航ミサイルを積んでいたら最悪だ。水中スクーターを搭載して、こっそりと武装ゲリラを潜入させることだってできる」
「俺達にとっては頭痛の種以外何物でもないけどな」
「しかし、我々ならば撃破してみせますよ。そのために飛んでいるのですから。オスプレイやペイブロウにガソリンをあげることだけが私の仕事ではないです」
「ほう、言うじゃないか」
スタンリーは執務室で最新の情報の注意深く調べていた。傍らにはコーヒーが半分入ったマグカップ、食べかけの大きなミートパイ、オニオンフライが置いてある。最大の関心事は、もうすぐ始まる大規模演習のことだが、他にも気がかりなことは多い。最近、北朝鮮やキューバといった数少ない共産国や、南東ヨーロッパ、アフリカなどから軍人や退役軍人が姿を消しているらしい。カネに釣られて傭兵部隊に流れていったか、それとも他に裏があったのか。一部の国では、彼らを脱走兵として追っているが、手掛かりは掴めていない様子だった。これが先日のゴミ溜めから盗まれた、ほとんどスクラップになっていた軍用機とどのような関係があるのか、スタンリーは考えていた。だが、悪いニュースばかりだけではない。自前の戦闘機部隊を持たず、長らく中国軍機の領空侵犯に悩まされていたフィリピン空軍が、中古市場でミラージュ2000を少ないながらも買ったのだ。だが、運用体制が整うまでは、PMCに訓練と防空任務を頼ることになるらしい。小さいながらも、自国で防衛体制を整える第一歩となったはずだ。もう一つ朗報だったのは、5ヶ月前から武装勢力にレアメタル鉱山を制圧され、国が危急存亡の状態にあったボツワナ政府がPMCを雇い始めた事により、力を盛り返してその武装勢力を制圧目前にまで追い詰めている、という記事だ。それからまだあった。中華民国空軍がようやくF-16CM/DMをアメリカから買うことができたのだ。中共は反発しているが、アメリカは現在、3軍でのF-35の配備が進んだことにより、F-15、F-16や"レガシー"タイプのF/A-18、AV-8Bを中古市場に流して始めているのだ。これらの戦闘機は、まだ使うだけの余裕をたっぷり残している上に、性能面でも十分なため、PMCがあっという間に買い込みにかかるだろう。そこで、スタンリーはすぐにポケットからiPhoneを取り出して電話をかけ始めた。
「ああ、リックか。実はな、アメリカがイーグルとホーネット、それからファイティング・ファルコンを大量に中古市場に流し始めたらしい。で、それを出来るだけ多く調達してくれ。ああ、そうだ。後は任せる。じゃあな」