哨戒任務-2
10月11日 1102時 オマーン湾上空
USSエンタープライズから飛び立ったF-35Cが2機、オマーンとUAEの領空と公空の境目を掠めるように飛行している。翼の下にミサイルは無く、ウェポンベイにAMRAAMとサイドワインダーを内蔵した状態で装備しているようだ。更に、後方にはE-2Dが哨戒飛行もしており、この地域を飛行する航空機の監視も行っているようだ。アメリカは、この地域に武装組織が集結し、大規模な航空部隊を編成していることを早くから察知しており、初めは無人機による監視のみを行っていたが、先日の民間機に対する攻撃が行われて以降、戦闘機による哨戒任務も開始した。が、積極的に介入しようとはしなかった。
パキスタン軍の航空機もまた、この空域を飛行していた。陸上基地から飛び立ったP-3CとF-16Cだ。P-3は監視を行い、F-16はその護衛である。この空域は、テロ組織、アメリカ海軍、パキスタン空軍、サウジアラビア空軍が哨戒飛行をしており―――もっとも、目的としては武装組織が自国内に侵入してこないように監視しているのだが―――空域は過密状態だった。
「おい、こいつを見ろよ。この状態で、どうやって奴らを見分けろって言うんだ」
シュナイダーはMFDにレーダー画面を呼び出して言った。レーダーの捜索範囲には、無数の輝点が表示されていて、かなり多数の航空機が飛行していることがわかる。
『まるでクソに群がるコバエだな。殆どが、どっかの国の軍の飛行機だろ。さしずめ、イラン、パキスタン、サウジアラビア・・・・・。確か、昨日、アメリカのエンタープライズ空母打撃群が到着したばっかりだったような』
カジンスキーが答える。偵察機とは言え、複数の軍の航空機が一箇所に固まって飛行するとなると、偶発的な衝突が発生し、それが新たな戦争になる可能性もある。したがって、識別ができている航空機に対しては、どの軍の航空機も可能な限り距離を取ろうとしている。
『しっかし、民間機まで飛んできていないのが幸いだな。識別信号は軍用機ばかりだ』
「そりゃそうさ。わざわざ戦闘機が飛び回っているところを飛びたがるエアラインパイロットなんていやしねぇ」
10月11日 1105時 オマーン国内
JF-17やJ-10Bが離着陸を繰り返す中、格納庫からのっぺりとした戦闘機が1機、エプロンまで滑走していった。その戦闘機は一度、停止した後、エンジンを数回蒸かした。その戦闘機に乗ったボグダン・マルコヴィッチはMFDの1枚に計器画面を表示させた。エラー無し。数日前のエンジンの不調が、ようやく解消したようだ。
「離陸する。今日はテストフライトだ。が、任務に必要な機動は全てやるぞ」
マルコヴィッチはSu-57のスロットルを一気にアフターバーナーの位置に動かし、速度がVRに達すると操縦桿を後ろに思いっきり引いた。Su-57は、滑走路から離れた直後にほぼ90度に近い角度で飛んでいき、クルビットという機動をした。更に上昇した後、テールスライドをさせ、連続で水平方向にスピンをさせた。機体の状態は上々のようで、先日のエンジン発火から完全に復活したようだ。
Su-57が砂漠らしくカラッと晴れた空を飛び始めた。急上昇、急降下、旋回など、必要な戦闘機動を何度も繰り返す。マルコヴィッチは更に高度をとった後、わざと再び機体をスピンさせた。機体が不安定になり、危険な機動であるため、通常ならばたとえテストパイロットであったとしても、入念な計画を立てて行うものではあるが、マルコヴィッチは、ブリーフィングでもそれを説明しなかった。
オマーンには居場所を失った傭兵、犯罪組織のメンバー、小規模なテロリスト・グループが集まっていた。兵器は闇市場で売りさばかれたものが流入している。完全に無法地帯と化した場所に、こういった人間や兵器が集まるのは、今も昔も変わらない。誰も手を出せないので、大手を振って好き放題できる。
10月11日 1117時 オマーン上空
ボグダン・マルコヴィッチはSu-57を急上昇させ、すぐに機種を水平に戻した。更に操縦桿を左に倒したままにしておき、機体をスピンさせる。念のため、スピンから回復させるためのパラシュート・キットを取り付けてきた。が、適切な操作をすると、すぐに回復したため、必要は無さそうだ。今日はいつものテストフライトと変わらない。まあ、今日、無事着陸することができれば、この戦闘機で再び戦線に復帰できる。代替として使っていたJ-10Bも操縦できないことはないが、やはり機動性は推力偏向ノズルを備えたSu-57に比べると劣ってしまう。この戦闘機を復活させるのは、かなり骨が折れた。まず、部品だが、これはロシア・マフィアのツテを使った。空軍内部にいるマフィアのメンバーから部品を横流ししてもらうことで手に入れたのだ。
オマーン上空で飛んでいる飛行機は他に無く、フライトし易い状況だ。次の攻撃の予行演習をするには、もってこいの状態だ。
Su-57はテストの次の段階に進んだ。無人化されたJ-7が標的として飛んできた。操作しているのはチェのはずだ。マルコヴィッチはR-77を選んで標的をロックオンした。ミサイルが発射され、40km程離れた標的へ飛んで行く。やがて、レーダー画面で標的が消えるのを確認した。続いて、R-73での攻撃だ。アフターバーナーを炊き、無人標的から10km以内に接近する。MFDにIRSTの画面を表示させた。熱源を放つ無人機が、白黒画像で見える。そして、それに緑色のキューが重なり、ビー、という警告音の後、赤くなる。マルコヴィッチは操縦桿のミサイル発射ボタンを押した。R-73がウェポンベイからはじき出され、赤い炎を曳きながら飛んでいき、標的に命中した。テストは完了。これで、再びこの戦闘機を実戦に投入する準備が整った。




