哨戒任務-1
10月11日 1015時 オマーン湾上空
イラン空軍のP-3Fが上空を飛行している。この哨戒機は、イランがパフレヴィー王朝期にアメリカから買ったもので、現在でも少数機が飛行している。イラン空軍は、未だにアメリカから買ったF-4EやF-14A、C-130Hを装備している。これらの機体は、かなり老朽化していたが、中央アジアを拠点にする某PMCの手が加わり、更には某闇兵器製造企業が再生産した部品を手に入れた事もあり、稼働率を急激に上げることできた。こうした動きを、西側諸国は非難したが、このご時世、PMCや傭兵組織は事実上、法の規制の適応外になっていて、全く手がつけられない状況だった。
この近くの空域を飛んでいたのは、アメリカ海軍のE-2Dも同様だった。中東地域をパトロール航海しているジェラルド・R・フォード級空母"エンタープライズ"から飛び立ったものだ。アメリカ海軍は、かつては11隻の空母を保有していたが、現在現役なのは9隻にまで減り、更に同時に運用できるのは3隻までに減っている。だが、この地域の紛争が激化していることから、にわかに各国が偵察機を飛ばして様子を探り始めていた。が、誰も本格的に戦闘部隊を送って介入しようとはしなかった。
10月11日 1023時 アル・ダフラ基地
Su-27SKMとF-15CがCAPのために離陸した。その後ろから、ユーロファイターとMiG-29Kが続く。これらの戦闘機は空対空ミサイルを満載し、増槽も取り付けてある。ここのところ、UAEやバーレーンに接近する航空機は、貨物便を除いて減っていく一方だった。まだ飛行禁止空域は設定されてはいないが、IATAとICAOが『テロリストに撃墜される恐れありとの』情報を流したため、多くの航空会社がこの地域へ飛ばしている定期便の運行を取りやめたため、空は閑散としていた。そのため、CAPをする"ウォーバーズ"やUAE空軍は、かなり仕事がやりやすくなった。
スタンリーは離陸していく戦闘機をエプロンで見守っていた。隣には原田が立っている。ホーネット、ストライクイーグル、ファイティングファルコンはハンガーでAMRAAMやサイドワインダーを搭載して待機している。
「何事も無ければいいが・・・・まあ、やばくなったら全力で逃げろとは言っておいたが。それにしても、お前が見送りだなんて珍しいな」
「えっ、あっ、な、何もすることが無かったので・・・・」
「そうか。まあ、俺たちは今はちょっと飛べそうにないからな」
E-737のレーダーに不具合が見つかったのは、つい先日だ。ソフトウェアの小さなバグだそうだが、人間の入力に対するコンピューターの反応が、少々遅れるのだ。が、マグワイヤと高橋によれば、数日以内には解消するという。
「さて、スペンサーの所に行ってくるよ。あれが使えないと、まともに戦えそうにないからな」
スペンサー・マグワイヤはE-737のセントラルコンピューターに繋がったパソコンの画面とにらめっこをしていた。取り敢えずのところ、バグの大まかな部分は解消したが、まだ細かいところを虱潰しにしていく必要がある。マグワイヤはしきりにキーボードを叩き、レーダーシステムのソースコードと格闘している。
「よっ、調子はどうだ?」
マグワイヤが振り返ると、ボスがいつの間にか格納庫に入ってきていた。この飛行機は自分たちの司令塔になるため、ボスが調整の様子が気になるのも無理はない。
「大部分は解決しました。後は細々としたものを潰していくだけです」
「うむ。どれだけかかりそうだ?」
「なぁに、早ければ作業自体は、今日中には終わりますよ。後はテストの結果次第ですね」
「わかった。では、ゆっくり待つとするか」
10月11日 1047時 UAE上空
AEWの支援を受けられないのは正直痛かったが、"ウォーバーズ"の戦闘機はどれもレーダーを換装していたため探知距離が伸びていた。特に、コルチャックのSu-27SKMに搭載されたレーダーは、非常に探知距離が長く、"ウォーバーズ"のどの戦闘機よりも早く敵機を捉えることができる。このロシア製のレーダーはLバンド波を発信することもできるため、ステルス機もある程度は捉えられるという。
「ウォーバード1からウォーバード5へ。今のところ異常無し。CAPを続ける」
『了解』
UAE各所のレーダーサイトと"ウォーバーズ"の航空機がデータリンクできるようになったため、かなり効率的に戦うことができるようになっていた。このようなシステムもまた、新興防衛産業が開発に関わっており、PMCと各国の軍が協力して作戦や演習を行うときに使用しているものだ。基本的には米軍が開発したリンク16がベースになっているが、可変アルゴリズムによる柔軟なシステム設計により、複数の軍の戦術ネットワークシステムに対する『鍵』を持っていて、あらゆるシステムに繋ぐことができるようになっている。これらのシステムにより、各国の軍とPMCはより効率的に共同作戦を行うことができる。しかし、一部の軍―――特に、PMCの手助けを必要としない程の戦力を持っている軍―――は、そのようなネットワークを遮断する仕組みを組み込んでいる。自軍のネットワークシステムの情報を奪われたくない、というのが理由だ。
秋の中東の空は青く晴れ渡り―――もっとも、この地域の年間降雨量などたかが知れている―――、戦闘状態でなければ、絶好のフライト日和であった。




