全滅-2
オマーン湾上空 10月11日 0254時
マルコヴィッチは敵機が接近してくるのを確認した。後ろには、アクロチームのように、前後1列になって、僚機が並んでいる。機体と機体の隙間は、僅か30cm足らずだ。これ程までに飛行機と飛行機の隙間を詰めて飛行するのは、どの国のアクロチームも、危険過ぎるためにすることはないだろう。だが、彼らはやり遂げていた。これならば、レーダーには、中型のビジネスジェット機か小型旅客機1機にしか映らないはずだ。オマーン国内で、これは確認済みだった。
ミラージュの編隊長は、レーダーの輝点を確認した。不明機は今のところまっすぐ飛んでいて、こっちには気づいていないようだ。しかも、相手は1機だけで、レーダー断面積から見たところA320かB737といったところか。それにしても、このあたりは民間機の飛行は、UAE政府によって禁止されているはずだ。通知を知らないとなると、プライベート機の可能性がある。そこで、IFFの信号を確認してみた。反応無し。民間機の信号も発していない。
「こいつは何だ?飛行禁止区域を堂々と飛んでやがる。だが、サイズから考えると小型旅客機といったところか・・・・」
編隊長は、再度、レーダーの反応を確認した。反応は1つだけで、小さくはない。
『こちらでも確認しています。しかし、輸送機を護衛も付けずに飛ばしますかね?敵さんは何を考えているのか?』
「わからん。罠かもしれんが、確認しないわけにはいかない。行くぞ」
4機のミラージュは国籍不明機の方へ機首を向けた。
オマーン湾上空 10月11日 0302時
4機のJ-10Bは、相変わらず密集編隊を組んで悠々と飛んでいる。翼の下には空対空ミサイルをフル装備。胴体下には増槽を付けている。マコヴィッチは再度、レーダー画面を確認した。余りにも見え見えの、マニュアル通りの国籍不明機の邀撃。
「ふん。こんなものか。大したことはないな」
J-10Bとミラージュ2000は、お互いにまっすぐにぶつかるコースで飛んでいた。まだJ-10Bの方は編隊を解く気配はない。ミラージュのパイロットは、まだ密集編隊を1機の中型旅客機と思い込んでいた。
J-10Bはアクロバット機のような密集編隊のまま旋回し、敵の方向へと向かった。だが、あまり急な旋回をするとビズジェットには(レーダー画面上で)見えないので、戦闘機とは思えないほど非常に緩やかな旋回だった。
マルコヴィッチは、タイミングを見計らっていた。早過ぎても遅すぎてもいけない。相手の目視範囲ギリギリで攻撃を仕掛ける必要がある。まだレーダーは広範囲を捜索するモードにしており、敵にロックオンは仕掛けていない。向こうのレーダー警報装置は、まだ気がついていないはずだ。一方、こちらはESMポッドとIRSTのおかげで、レーダーを索敵モードにする必要は無かった。コックピットのMFDの1枚には、白黒の赤外線画像が映り、敵機をハッキリと捉えることができる。
マルコヴィッチは兵装選択画面から、R-27ET1を選んだ。赤外線誘導なら、レーダー警報装置には引っかからない。しかし、ミサイル警報装置が装備されている飛行機ならば、警報が鳴ってしまう。
「あと30秒で攻撃する。赤外線誘導ミサイルを用意しろ」
ミラージュの編隊長は、レーダー断面積から、密集編隊を未だにビジネスジェット機だと思い込んでいた。が、だんだんと接近していくと、何かがおかしいことに気づいた。
「くそっ!騙された!あれは戦闘機だ!」
UAE空軍のパイロットが気づいた時には、J-10Bは後ろに回り込んでいた。ミラージュが旋回して逃げているのを、J-10Bが追跡するという格好になった。空中戦では、僅か0.1秒の遅れが命取りとなる。事実、J-10Bの1機が、R-27ET1を発射すると、僚機がすぐに爆発するのが見えた。
『被弾した!メイデイ!メイデイ!』
『くそっ!くそっ!』
編隊長は信じられない思いだった。自分が密集編隊を組んでいたテロリストの戦闘機をレーダー断面積の大きさだけで中型ビズジェットだと判断したばっかりに、敵機への対応が遅れてしまった。
マルコヴィッチは、HUDに映るミラージュの排気口から出るアフターバーナーの煌きを見た。やがて、フレアが幾つか、赤い光を発しながら落ちていく。
「ふん。素人が」
マルコヴィッチは兵装を機関砲に切り替え、ハイG・ヨー・ヨーの要領で、ミラージュの背後についた。それを見ていたチェや蒋は、自分たちのボスの、とても同じ飛行機に乗っているとは思えない動きに目を見はった。
そのJ-10Bの動きに驚いていたのは、テロリストだけではなかった。この邀撃に上がっていたUAE空軍のパイロットは、"ウォーバーズ"との演習に参加しており、そのテロリストの動きは、傭兵部隊のF-15の動きに匹敵するものだった。
「くそっ!なんだこいつは」
ミラージュのパイロットは、右に急旋回して敵を振り切ろうとした。が、その動きは完全にマルコヴィッチに読まれていた。
「馬鹿め」
マルコヴィッチは機関砲の引き金を引いた。




