新たな翼-1
ディエゴガルシア島 9月29日 0814時
飛行場のエプロンに戦闘機が並び始めた。奇妙な事に、ここはアメリカ空軍・海軍がイギリスから租借して使っていた飛行場にも関わらず、F-15C、F/A-18C、F-16CJといったアメリカ製戦闘機に混ざって、Su-27SKM、MiG-29Kといったロシア製戦闘機も一緒に並んでいる。それもそのはず、これらの飛行機は軍の所有物ではなく、傭兵部隊"ウォーバーズ"のものである。塗装こそはやや青みのかかったライトグレーという、所謂『制空迷彩』の色であるものの、それぞれの機体の尾翼には、ライフル銃を足で掴んだ鷲のシンボルマークが描かれている。更に、巨大な格納庫からは、KC-135R、C-17Aといった大型機からCV-22B、AH-64Dといった回転翼機まで引っ張り出されたのだ。やがて、F-15CとF-16CJにAIM-9XサイドワインダーとAIM-120AMRAAMという2種類のミサイルを搭載した、ウェポン・ローダーが近づいていった。整備員たちはテキパキと手慣れた様子でミサイルを戦闘機のランチャーに、予備燃料タンクを胴体の下と主翼に取り付け、機関砲弾を装填させていく。
パイロットの二人はその様子を格納庫から見ていた。二人ともアジア系の顔つきだが、一人は日本人でもう一人はアメリカ人だ。
「それで、こんな朝早くに何をするっていうんだ?」
アメリカ人が日本人に訊いた。思わぬ早起きとなって余り機嫌が良くないらしい。
「やっとお仲間がやって来るらしい。それで、僕らが送迎しろだと。伸びるに伸びたけどね」
「なるほど」
"ウォーバーズ"は新たに3人の戦闘機乗りと3人の空中給油機のクルーを受け入れた。今の戦力では、紛争地域への介入に不十分だと、司令官であるゴードン・スタンリーは判断を下した。そして、彼の人脈とコネを使って、彼らを引き込んだのだ。しかし、彼らにも都合があり、各地の紛争地域での"仕事"の都合が付かず、なかなか合流できずにいたのだが、今日、ようやくこのディエゴガルシア島にやって来ることになったのだ。
「ところで、どういう類の飛行機で来るんだ?ミグか?それとも16か?」
ジェイソン・ヒラタは耐Gスーツを素早く身につけ、F-16へのタラップを登っていった。整備員に電源を入れるよう合図する。
「F-15Eとユーロファイター。それからKC-10だ。一大戦力になるな」
ヒラタは驚いた。ユーロファイターならば、欧州や中東で最新型の"トランシェ3A/B"の配備が一気に進んだために、初期及び中期型の"トランシェ1"と"トランシェ2"が余り、各国へ放出されているという話を聞いたことがあるが、それでも最新鋭機の1つである。それを手に入れたとなると、物凄いことだ。更に、F-15Eが闇市を含めてPMC向けの市場に出ていただなんて話は聞いたことがない。
「ストライクイーグルだって?一体、どうやって手に入れたのか気になるな」
「さあな。詳しくはそいつらに直接聞いてみるんだな」
2機の戦闘機がタキシングを始めた。ヘリパッドからCV-22とAH-64Dが離陸して、通常の飛行訓練へと向かった。だが、他の3機の戦闘機には電源車やタンクローリーはおろか、整備員がやって来る気配すら無い。
『こちらディエゴガルシアタワー。ウォーバード1、ウォーバード2、離陸を許可する。風は北西から0.9ノット。横風は無し。ターゲットはここから北西へ340マイルを飛行中』
「了解、ウォーバードフライト。離陸する」
F-15CとF-16CJは編隊を組んで離陸した。燃料の消費を抑えるために、巡航速度になってからすぐにアフターバーナーを切った。この周辺では自分たちの拠点が唯一の飛行場になるため、燃料の無駄使いはできないが、それでも機内燃料と増槽では心許ない。よって、訓練の度に空中給油機を飛ばす事になるが、1機では限界があったのだ。そこで、空中給油機とクルーを探すことにした。機体はすぐに見つかった。中古のKC-10Aが売りに出されていたのを、司令官であるゴードン・スタンリーが見つけたが、問題はクルーの方だった。そこで、彼は裏の人脈を使った。まずは古巣であるオーストラリア空軍で探し、更にはアメリカ空軍や航空自衛隊にも張り巡らせたコネをも利用してタンカーのパイロット、オペレーターを探し、あの手この手で勧誘してようやく仲間に引きこむことに成功したのだ。
インド洋上空 9月29日 0839時
ユーロファイター・タイフーンに乗って新天地を目指していたハンス・シュナイダーはコックピットのMFDに表示したGPS地図を確認した。あともう少しで目的地だ。仲間と共にイギリスからトルコ、サウジアラビアを経由して最後の経由地であるモルディブのガン国際空港を離陸したのがまだ日の出る前だった。それから、GPSと計器だけを頼りにひたすら広いインド洋の上空を飛行していた。一人で飛んでいると、かなり疲労感がある。が、連れは二人乗りの戦闘機だし、KC-10の方はクルーが多いから多少はマシな環境だな、とシュナイダーは思った。
そのシュナイダーの連れであるF-15Eストライクイーグルに乗ったウェイン・ラッセルとケイシー・ロックウェルは洋上で飛んでいる間、眠気と疲労感を和らげるために、とにかく話し続けた。
「燃料を確認。もう少しで給油しないとな。おい、ハンス。そっちの燃料は大丈夫か?」
ラッセルは無線で連れに訊く。
『こっちもそろそろだ。おーい、燃料をくれ』
シュナイダーが無線ですぐ近くを飛んでいたKC-10に呼びかけた。
『ちょっと待ってて。すぐに朝ごはんの用意はできるわ』
KC-10Aのコックピットのすぐ後ろの仮眠室では、ジェリー・クルーガーが目を覚ましたところだった。眠ったのは予定通り、きっちり4時間だ。彼は、コックピットに向かうと、相棒のサマンサ・クレイグと交代しようとした。
「どんな調子だ?」
「後ろのおちびさんたちがお腹が空いたって。騒いでいるわ」
「こっちの燃料は・・・まだ十分あるな。目的地まであとどのくらいだ?」
「あと1時間も無いわ。予定では、エスコート機を寄越すと言われていたけれど・・・・」
「あれか?1時の方向」
クルーガーが正面やや右よりに指を向けた。クレイグも目を凝らしてみた。すると、2つの機影がだんだん近づいてくるのが見えた。