我輩は猫ではない。そして、転生者である
暇である
我輩は犬である。夏目漱石が書いたのは猫である。くれぐれも間違えないでほしい。
さて、産まれて一年経ち大人になった我輩には飼い主にも言えないような秘密がある。そう、我輩は転生者なのである。
漫画やアニメの世界で主流になっている転生ものは、前世の記憶を持ったダメ人間が成り上がっていく『俺様TUEEEE!』である。
だがしかし、我輩は強くない。なぜならここは魔法の代わりに国会の野次が飛び交い、モンスターの代わりにニューハーフが出現する世界である。
別にニューハーフが悪いとは言わないが、少しだけ心臓に悪いと思う。
まぁ、その話は置いといて。さて、転生者である我輩の前世は何なのか。それは、
「◯◯〜、ご飯だよー!」
わーい! ご飯なのである。
今日のカリカリはなかなか美味であるな。これは近所の奴が言ってた新製品なのであろう。
値段は少しお高めだが、健康に必要な栄養素が入っているとテレビで宣伝していた。ただ、問題は量が少ないことである。……さては、飼い主よ。量をケチったな。おかわりを要求するのである。
「ダメよ。最近、食べ過ぎで少しぽっちゃりしてきたじゃない。ここのお腹のお肉。掴めるじゃないの」
違う。それは犬種のせいなのである。摘ままないで欲しい。毛づくろいをしたばっかりなのである。
だが、我輩の抵抗も虚しく抱きかかえられてしまった。ならば、こちらにもやり方があるのである。
「ちょっと、くすぐったいよ。あはははは、いひ、いひひひひ! あっ、あっ、ダメ。そこなめちゃだめぇええええ‼︎」
この飼い主。耳の穴が感じやすいので、顔をベロベロに舐めてやるのである。
ふふっ。圧倒的に体の大きな人間に勝ったのである。
しばらく飼い主の体のあちこちを舐めていたら反応がなくなってしまった。体はぴくぴく痙攣している。
どうやらやり過ぎてしまったようである。しばらく放置しておくか。
さて、どこまで話したか? そうか、我輩の前世であったな。
今は犬として平凡な生活を送っているが、前世はとても大変であった。
我輩の前世はセミだった。
長年、土の中で引きこもり生活をしてやっと太陽を拝めると思ったら一週間足らずでポックリ死ぬという過激な人生だった。しかも、地上にでてすぐに人間の子供に捕まって交尾ができなかったのである。
まぁ、今となってはどうでもいいことである。このあいだもセミを捕まえて飼い主に怒られるくらいだから。
「ただいま〜」
前世の思い出にふけっていると、誰かが帰宅したのである。
この声は飼い主の妹その一であるな。
「あっ、◯◯。出迎えてくれたの? ありがとう」
妹その一が我輩を抱きかかえる。これが飼い主ならば、先ほどのように全身を舐めまわしたり、爪を立てたりするが、妹その一にはそんなことはしない。
「やっぱり◯◯はふかふかだねぇ」
いやいや、妹とその一の方がふかふかである。弾力、張り、形。どれをとっても立派なものをお持ちである。本人は肩がこると言っていたが、抱きしめられる側からすれば幸せである。ムフフ。
だが、いつまでも抱きしめられたままでは神々の谷間で窒息死してしまうので、そろそろ離してもらおう。
妹その一から解放されて二階への階段を登る。
突き当たりの部屋に突入。引き戸だからできる芸当である。
飼い主の部屋よりも小さな部屋にいるのは、妹その二である。
「くっくっく。闇の淵より邪悪なる魔物を復活させてしまったようだ。我ながら自分の実力が恨めしい。これも、千年前の聖戦で大魔王に呪いをかけられてしまったせいか。くそっ、右腕が疼き始めた!」
妹その二はかなりめんどくさい。中二病とかいう思春期に起こりやすい病気を発病している。常に不敵な笑みを浮かべて、何かと黒や銀色を好む。
また勝手に包帯と眼帯を持ってきて。救急箱に入っていたものであろう。後で叱られるぞ?
「姉ちゃん。なにやってるの?」
妹その二がいる部屋にやってきたのは弟一号。
この家で一番のしっかり者である。もっと言ってやれ。
「我は姉ちゃんなどではないわ。我が名は血に塗られし歴史を背負い、魔王を討つ者。紅の魔法使いダークネスネビュラブラックネオアームストロングヴァンパイアなのだ」
「今言った名前、三年後にもう一度聞かせてね」
呆れきった顔で弟一号が部屋から出るので我輩も一緒に出る。もともと、妹その二の部屋に隠してたおもちゃを取りにきただけであったし、長居は無用。
下手したら前のように翼やらツノを生やされて使い魔として散歩させられてしまうからである。
弟一号と別れて一階に降りると、飼い主が夕飯の支度をしていた。
妹その一もエプロンを着て手伝っている。
今日は金曜日だから体臭のキツいパパさんは帰りが遅い。今いるのは四人か。
一通り家の中の探索が済んだので、定位置のソファに乗って座る。
飼い主は大学生。妹その一は高校生。妹その二と弟一号は中学生。そして、パパさん。
本当は飼い主の母親がいるのだが、彼女は一年前に亡くなった。事故である。
その時彼女が車に轢かれたのは一匹の犬を助けたからだと言う。
それが我輩である。
負い目を感じているわけではないが、我輩にはこの家族を見守り続けねばなるまい。それが、我輩を助けた母親との最後の約束なのだから。
『心配してくれてるの? ……ふふっ。ありがとう。でもね、もうダメみたい。あなたのせいじゃないわ。私が悪いの。だから泣きそうな顔をしないで。あなたの名前は◯◯。私が小さい頃に捕まえた虫につけた名前なの。すぐに死んじゃったんだけどね。私の代わりに長く生きてね……』
いかんいかん。余計なことを思い出していた。
飼い主と妹その一が我輩を呼んでいる。妹その二と弟一号も二階から降りてきた。
兄弟全員が席につく。
「「「「いただきまーす」」」」
我輩は犬。夏目漱石が書いたのは猫。
前世はセミ。転生者である。
そして、我輩の名前は蝉時雨。夏を知らせる者である。
ごめんなさい。




