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第2話

森に囲まれた山の中、緩やかな土の下り坂を幌付きの荷馬車に乗る二人とそれを牽く一頭は下っていく。通い慣れた道をゴトゴトと車体を揺らしつつ、頬に当たる風が気持ち良い。

セージこと、桐村誠司きりむらせいじがこの「シルフィード」の世界に来て1ヶ月が過ぎていた。



MMORPG「シルフィードオンライン」



人族・獣族・妖精族の3つの人種と混血種のハーフブラッドが暮らすファンタジーRPGで豊富な職業を始めとしたパートナーシステムや自由度の高さを売りに15年以上続いていた、国産MMOだ。

特にパートナーシステムに力を入れており、会話パターンの豊富さに加え、戦闘AI設定の細かさ、アバターの自由度も非常に高い。更に、サービス開始4年目に実装されたパートナー進化システムにより、パートナーに会話専用の自律型の学習AIを搭載。実装半年後には、その驚異的な学習能力によりほとんど人と変わらないレベルの会話が成り立つというトンデモ仕様になっていた。


プレイヤーの努力と愛情次第で自分好みの能力や外見だけでなく、言動や性格の内面までもが自分好みのパートナーとして育成することが可能になったのである。


そんな経緯もあり、多くのプレイヤーから「俺の嫁を作るMMO」として愛されるようになったのだ。



──でも、実際にこっちの世界に来るなんて思っても見なかったな──



ふと、セージは今の自分の姿を見る。「シルフィード」の世界でずっと使ってきたキャラクターの姿だ。短めに切りそろえた黒髪に眠そうな顔、動きやすい服とズボンと靴を履き、肩から腰に鞄を掛けその上からローブを羽織っている。


未だ、この世界に来た原因はよくわかっていない。


そもそも、「シルフィードオンライン」は既に『ゲームサービスを終了している筈』なのだ。

半年前にある事件による接続者の減少とそれに伴う運営会社の経営状況の悪化を理由にサービス終了の告知がされ、今から丁度2週間前が終了日と言う事になっている。

終了している筈、としている理由はこちらの世界と元の世界の時間の流れが同じかどうかわからないからなのだが、シルフィードオンラインの世界では一日の時間の流れが元の世界と同じリアルタイムの年間365日の24時間制(ちゃんと閏年もある)を採用している為、おそらく同じだろうとセージは考えていた。


──まぁ、帰るつもりも無いしどっちでもいいか──


視線を荷台でゴロゴロしているアルトに向けそんな事を思う。

帰りたいと思わない理由はある事件からくる推察もあるのだが、何より触れ合えるようになった彼女と離れる方が辛い。

アルトは10年近い付き合いのある信頼の置けるパートナーであり、全てを一から育て上げた誰よりも大切な少女なのだ。


……まぁ、ちょっと奔放というか……自堕落に育ってしまったのが玉に瑕ではあるのだが。


「んー……?セージどしたのー?」


視線に気づいたのか寝転がりながら顔だけ向け聞いてくる。

荷台と身体でサンドイッチになっている双丘が中々に目に毒だ。


「……なんでもねーよ。」


視界に入らないようにさっと前を向くセージ。

それに気づいたアルトはにやにやと背後から身体を押し付けるように抱きつく。


「ふーん、ほー、何がなんでもないのかな~?」

「だー!暑い!暑苦しい!さっさと離れろっ!」

「セージってば、自分好みに作ったくせに今更恥ずかしがっちゃって~。」

「ぐぬぬぬ……事実だけに言い返せねぇ……。」


そう、アルトはセージが「シルフィードオンライン」の世界で生み出した パートナーキャラなのだ。容姿、能力は全て彼が自分好みと戦闘面での役割を意識して作成されている。自律型の学習AIの弊害なのか性格や言動に服装の好み等は当初の予定とは大幅に変わってしまった。

しかし、これはこれで憎めないし、親しみやすかった為にこちらの世界に来るまでは気にしていなかった。


逆に、触れ合えるようになってしまった為、その積極性に慌てさせられるという事態に陥り、度々アルトにこうやってからかわれるハメになってしまったのだ。

勿論、それが嫌という訳でもないし自分好みの外見の美少女なのでいい気分にならない理由がないのだが、元の世界ではそう言ったスキンシップに縁のない生活をしていたのでこれっぽっちも免疫を持ち合わせていなかった。


アルトはセージを言い負かして満足そうに身を離しセージの隣に並ぶように座り込む。

普通の馬より一回りも大きい馬のクロマルに牽かれた荷馬車はもう間もなくソーンの街へと辿り着こうとしていた。


「ねぇねぇ、今日は何しに行くの?お仕事って何も受けてなかったよね?」

「あー……俺も知らねーんだわ。急に呼び出されたもんだから何も聞いてねーんだよ。」


そうなんだ。とアルトは誰が呼び出したのだろうと思案に耽る。


「んー……?セージを呼び出す人なんてあんまり居ないよね?」

「その言い方は、俺に友達居ないみたいに聞こえるからやめろ。泣くぞ。」


そんなやり取りをしながら荷馬車は街の門をくぐり抜ける、すると横から


「おーい!せーちゃんこっちこっちー!!」


と、聞き慣れた声がしてクロマルに停まるように指示を出す。

クロマルが足を止め、セージが声の方向に顔を向けるとそこにはコウモリの羽根をもつ金髪の少女がバスケットボールを一回り大きくしたくらいのピンク色のゼリー状の物体を抱えているのが見えた。


「せーちゃんおはー。」

と、ピンク色の物体が身体から手(触手?)を伸ばしフリフリと

「セージ様、お早う御座います。」

と、コウモリ羽根の金髪少女がペコリと挨拶をしてくる。


「よう、ミサキもアリシアちゃんもおはようさん。」

「うっ……ミサキだ。おはよー……。」


アルトはミサキ(ピンク色のゼリーっぽいの)を見てセージの影に隠れる。

そんな姿を見てミサキは、ショックを受けるポーズを取って


「ガーン!アルちゃんのいけず……」

「大体、マスターのせいです。自重して下さい。」


──ミサキ、本名は三村早希みむらさきと言うらしい。彼女もセージと同じく向こうの世界から来た住人だ。こちらの世界での種族は獣族のランドゼリーフィッシュと言う、わかり易い表現で言えばピンク色の透明なスライムだ。職業は『青騎士』と呼ばれる防御に特化した物で、ゲーム風に言えばタンカー(敵の攻撃を一手に引き受けるポジション)の役割をこなすタイプだ。

そして、そのミサキをマスターと呼んだコウモリ羽根の少女はアリシア。種族は妖精族のサキュバス、職業は『魔弓師』で、魔弓と呼ばれる弓を扱う遠距離攻撃を得意とし、その気になれば複数の相手に遠くから一方的に攻撃できるのが強みだ。赤を基調としたパンキッシュな服装(ミサキの趣味らしい)がよく似合うスレンダーで小柄な可愛らしい女の子で、ミサキのパートナーキャラでもある。


シルフィードの世界では3種族に分類される人族と獣族と妖精族だが、実はそこからさらに細分化がされている。ミサキのランドゼリーフィッシュやアリシアのサキュバスがそれに該当する。


獣族は獣人(猫耳とか狐耳とかそう言った獣の部位を持った人々)だけでなく言語を理解し使う事が出来る獣は全てそのカテゴリに含まれる。(プレイヤーキャラとしてもそう言った人型以外の者も使用できたのである)そんなケモナー大歓喜の種族で力や体力などの物理系に関係するステータスの成長しやすい種族の総称である。


妖精族は名前の通りのファンタジー系RPGに出るような可愛らしい妖精やエルフなどに加え、デーモンやヴァンパイアを始めとした悪魔系もこのカテゴリに含まれる。当然全てプレイヤーキャラとしても使用可能だ。こちらは知性や精神を始めとした魔法系に関係するステータスが成長がしやすい種族の総称になる。


逆に人族は一つの例外を除き、全て人族として扱われる。セージは人族に分類される。職業は『薬術士』薬品類の扱いに長け、治療がメインだが、毒物等も扱える。


人族のステータスに関しては他種族に比べると成長が遅く、緩やかである反面、自由に割り振れるように成っている。その為、長期的なスパンで見ると自分の理想通りに育成できると言う強みを持っている。


そして人族の唯一の例外。ハーフブラッドは人族と他種族の混血種である。アルトがこれに該当する。3種族に共通事項として瞳の色があり、人族は琥珀、獣族は紫、妖精族は青の瞳の色で全て統一されている。


ハーフブラッドはその両親の瞳の色を両方継承する為、左右の瞳が別の色になる。

アルトの場合は琥珀色と紫色の瞳を持つので人族と獣族のハーフブラッドというのが一目で判るのだ。種族的な特徴としては、双方の特性を引き継ぐ為、彼女の場合は獣族同様、物理系のステータスが伸びやすく、また、それとは別に自由に割り振れる分も確保されている。反面、HPやMPの伸びが他の3種族に比べ劣り人族より更に成長が遅いという欠点を持っている。


瞬発力に優れる代わりに持久力がない。それがハーフブラッドである。


ちなみにアルトの職業は『赤闘士』ミサキの『青騎士』とは真逆の攻撃に特化した職業だ。

身の丈ほどある愛用のポールアクスを振り回し力任せに敵をなぎ倒すというパワーファイターである。


「えええ~だって、ほら、アルちゃん可愛いし、仲良くしたいじゃない?」


と、不服そうにするミサキに


「で、仲良く成ったらどうするつもりなんだ?」

「そりゃー勿論……うへへへ。」


いかにもよだれが垂れていそうなミサキの台詞にアリシアが矢筒から矢を一本取り出すと、迷うこと無く矢をミサキに突き刺す。

ぷすり、といい音が聞こえて来た。


「のー!?シアちゃんすとっぷ!すとーっぷ!!」

「浮気者はお仕置きです。ぎるてぃです。」

「それ、痛いから!マジ痛いからあああ!?」


アリシアは何度もプスプスと矢をミサキに突き刺す。

その都度、ビクンビクンとピンク色の物体が抱えられたまま跳ねている。

……恍惚としているようにも見えるけど多分気のせいだと思いたい。

アルトはアルトでざまーみろって感じで見ているのが判る。


「アリシアちゃん、そろそろ許してやれ。そんな事より、今日呼び出した理由を聞きたいんだけど教えてくれるか?」


セージの声にハッとしてミサキを開放する。

そして、お恥ずかしいところをお見せしました。と、ぺこりと頭を下げ謝罪してくる。ミサキが絡まなければ基本的に礼儀正しい子なのだ。

そして開放されたピンククラゲは地面に落ちてビクンビクンしていたが

この際、放置でいいだろう。


「マスターがこの有り様ですので、代わりにご説明させて頂きます。」


前置いてから語りだす。下手人はアリシアだがそこはあえて突っ込まない。


「タクラガ鉱山をご存知でしょうか?」

「山一つ向こうの鉱山だよな?あそこがどうかしたのか?」

「先日、急使が来まして。どうやら、崩落事故が発生したようです。」


ふむ、とセージは一人考える。

タクラガ鉱山は自宅への道を越え、山を一つ通り過ぎた所にある鉱山だ。

深層まで行くと上質の鉱石が取れると言う事で、かなり深い位置まで掘り進められている。


「崩落の原因は判っているのか?」

「詳細は不明ですが、甲殻蟻が沢山出てきたとの事なので、巣を掘り当てた可能性が高いと思われます。」


甲殻蟻とは、大型犬ほどあるサイズの蟻で雑食の魔物だ。甲殻という割にはそれほど硬いわけでもなく動きもそこまで早くないので1匹2匹程度なら炭鉱夫たちがツルハシでも十分に倒せる程度なのだが、繁殖力の強い種の為、冒険者ギルドからは常に討伐依頼が出ているのだ。


「人的被害はどれくらい出ているか判るか?」

「急使からの話に寄れば、幸いな事に怪我人は出ているみたいですが死者は無いそうです。炭鉱夫は全員脱出して、入り口は封鎖しているようです。」


あれ?と言う表情で、アルトが首を傾げる。ちなみにまだセージにはしがみついたままだ。


「そのまま封鎖してちゃダメなの?」

「ダメだろうな。」

「ダメだと思います。」


二人にダメ出しされてしょんぼりするアルト。セージはその頭を撫でつつ


「鉱山で何が掘れるか覚えてないが、甲殻蟻は際限なく増えるからな。」

「はい、以前の知識がそのまま適用されるなら蟻の巣を破壊は必須です。」


蟻の巣と呼ばれる魔物を量産するジェネレーターを破壊する必要があったはずだ。

と、セージはゲーム時代の記憶を思い出していた。

アリシアの意見も同様らしい。


「だが、実際どうなってるかは行かないとわからないか……。」


と、ふと。ここで気がついた。


「いや、ちょっと待て。何でもう俺が行く事前提になってるんだ?」


じっと見つめると、アリシアが気まずそうに目を逸らす。その先にはいつの間にか復活したピンクの物体ミサキが目に入る。


「……」

「……」


更にじーっと、ミサキを追求するように見続けると……


「…………依頼料美味しくて、勝手に引き受けちゃった☆」


てへっ♪と可愛くポーズを取るピンク色。

次の瞬間、セージは迷わずクロマルにミサキを踏みつぶせと命じた。

メインキャラのミサキとアリシア登場です。

セージとミサキはシルフィードオンラインでのキャラクター名をそのまま名乗っています。

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