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プロローグ

「ん……。」


ぱちり、と目が覚める。

意識はまだぼんやりとするが体調に不備は感じない。いつも通りの起床だ。


身体を起こそうとすると左腕にぐいっと重みがかかる。

ふと、そちらを向くとベッドにもう一人寝ているのが見えた。腰近くまで伸びている赤い髪の美少女だ、彼女に掛かった毛布は半分くらいめくれ上がり、寝間着───タンクトップにショーツだけのラフな格好だ───の上からでも判るスタイルの良い身体を曝け出している。左腕は彼女に抱きつかれているのが重みの原因のようだ。

慣れた手付きで自分の腕を彼女からそっと離してベッドから抜け出し、毛布を掛け直してやる。


「……流石に、1ヶ月続くと慣れたなぁ。」


そんな事を呟きながら、気付かれないように寝室を出た。



部屋を出て台所の裏手から外に出てると、東の空がやや明るく成っているのが見える。

井戸へ向かって水を汲み、顔を洗う。

井戸の冷たい水は気持ちよく、寝ぼけた意識を覚醒させてくれた。

次に納屋に向かい、馬に飼葉を与えて水を新しくする。

馬が美味しそうに飼葉を食べる姿を満足そうに眺めて、畑へ向かう。

次に畑に向かい、水をやり、野菜や果物の調子を見る。

その内の幾つかを、朝食のために収穫して家に戻る。


ここに来る前も来てからも続いてる習慣だ。これをやらないと一日が始まった気がしない。

家に戻る中、空を見上げると太陽が昇り、青空が見えるくらいに明るくなっていた。

雲一つ無い晴天。今日もいい天気に成りそうだ。


「うし、そんじゃ作るか。」


家に戻り裏手から台所へ入る。慣れた手付きで竈に火を入れ、朝食を作り始める。

前日に仕入れた肉と採ってきた野菜でスープを作り、余った野菜でサラダにした。果物は食べやすいように切り分けて木の器に盛り付けていく。


全てを作り終え、テーブルに並べたら再び寝室へ向かう。

寝室の扉を開けると、彼女はまだベッドで気持ちよさそうに寝息を立てていた。毛布は蹴られ、ベッドから既に落ちている。

そんな彼女を横目に窓代わりの木戸を開け、カーテンを全開にする。外からの光がベッドを容赦なく照らす。


「アルトーいい加減起きろー。」


寝ているアルト──彼女の名前だ──の肩をを掴み、左右に軽く揺さぶる。

最初は反応すらない様子だったが、数回繰り返していくと段々と、その重い瞼が開かれる。

そこには左右に違う色の瞳が見えた。アメジストの様な紫がかった左眼、琥珀の様な透き通った茶色の右眼が眠たげにこちらを見つめ微笑みながら


「……おふぁょぅ、セージ。」


と、返してきた。セージ──俺の名前だ──は彼女の手を取ってベッドから引きずり出して


「よし、それじゃ。もう朝食は出来てるからさっさと顔洗ってくるんだ。」


そうやって促す。アルトはふぁ〜い、と弱々しく返事をして左右にふらふらしながらサンダルを履いて着替えもせずに井戸へと向かう。最初の頃は着替えてから行けと言ったのだが、改善の見込みも無いため二週間目辺りで諦めた。


「間違って井戸に落ちるなよー。」


と、一応声を掛けてから毛布を拾い窓から垂らす。お昼過ぎに回収すればたっぷりと太陽の光を吸っている事だろう。そうして、寝室から出て朝食のあるテーブルへと向かう。

そこには、まだ半分眠いのか左右に頭をゆらゆらとさせているアルトが座っていた。

セージは彼女の反対側の椅子に腰掛け。二人は手を合わせる。


「いただきます。」


食事を始めると、段々とアルトの意識がはっきりして、食べ終わる頃には完全に目を覚ます。

ここに来る前には知らなかった彼女の顔の一つだ。そう言った姿を見るのがセージの楽しみの一つではあるのだが……


「いつも言ってるんだけど、飯食う前に服着ようぜ……客来たらどーすんだよ……。」

と、言っても

「うぅ……だって、朝弱いし……ベッドに戻るとまた寝ちゃうし、寝ちゃうと朝ごはん抜きだし……。」


そう、返してくる。アルトの朝の弱さは筋金入りで、起こしても中々目覚めない上に二度寝三度寝当たり前、放って置けば昼まで熟睡してしまう。

逆に、一度起きればしっかり起きているので、毎朝同じ時間に起こしてはこのやり取りに成っているのがここに来てから最近の3週間くらい続いている。


「前は起きるまでそっとしててくれたのに……。」


と、恨みがましく涙目でこちらを見てくるが、これもここに来てから見るようになった彼女の顔の一つだ。そんな事を思いながら、


「はいはい、とりあえず着替えてこいよ。洗い物はこっちでやっとくから。」


と、彼女に促す。アルトは「わかったよ。」と言い残すと自室へと向かっていった。

セージは食器を大きな桶に移し、井戸へ向かい水を汲みその桶へ流して器を洗う。

すっかり明るくなった外の景色に目をやると、自分の住んでいるなだらかな山の麓あたりに石の壁に囲まれた街が見える。大陸西部の地方都市、ソーンの街だ。

大陸西部では唯一の冒険者ギルドがある為、「冒険者の街」として有名な街だ。

セージ自身もアルトもギルドに登録されたれっきとした冒険者だ。


「これでよしっと。」


洗った器を取り出し、桶の水を捨てる。

桶は井戸に立てかけておけばその内乾くだろう。食器だけを持ち台所へ戻り拭き上げ、元の場所へ戻しているとアルトが着替えて戻ってきた。


タンクトップに袖なしのジャケット、ホットパンツにブーツといった格好、アルトのいつもの服だ。左手には指輪右手には腕輪を身につけていて、彼女の長い髪は後ろで紐で纏められポニーテールに成っている。そしてその背中には身の丈より長い金属製の斧を背負っていた。


「おまたせー。今日は街行くんだよね?馬の用意しておけばいい?」

「馬車も頼む。どうせ、向こうは用意してないだろうし。」

「ん、わかったよ。それじゃ外で待ってるね」


軽く手を振り、寝室も兼ねた自室へと戻る。そこで壁に掛けられた鞄の中身を確認する。

そこには綺麗に区分けされた薬品類と分厚い装丁の古ぼけた本が入っているのが判る。

セージは薬品類の補充を行い、鞄を閉じて肩から掛け、その上からローブを羽織る。


「……忘れ物無し、と。毛布は明日干せばいっか。」


窓に掛けられた毛布を引っ張りベッドに放り投げ、戸締まりをしてから外へ向かう。

玄関の鍵をかけ終わると、そこにはアルトがちょうど納屋から連れてきた馬に幌付きの馬車を取り付け終わった所だった。


「おまたせ。馬の方は準備出来てる?」

「うん、丁度出来たところだよ。もう出発する?」

「ああ、行こうか。」


セージは御者台へ、アルトは荷台に乗り込む。


「んーじゃ、行きますかね。クロマル頼むぞー。」


普通より一回り大きい馬のクロマルに声を掛けるとわかったと言わんばかりにこちらを見てからブルルッとひと鳴きして馬車を引っ張り始める。

向かう先は麓にあるソーンの街。馬車なら1時間もかからない距離だ。


「しかし、いきなり呼び出すなんて何させるつもりなんだろうな……。」


まぁ、いいか。と馬車をソーンの街へと向けるセージであった。

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