海の果実 ~甘酸っぱかった日々の終わり~
賑やかな朝市。
わたしはアノ食材を探してあっちへうろうろ、こっちへうろうろしていた。
ジョーくんの好きな蒼い果実を探してあっちへこっちへふらふらしていた。
――――――海の果実。
わたしとジョーくんがそう呼んでいる、海のように真っ青な果実。皮をむくと、砂浜みたいに白っぽくて肌色っぽい、微妙な綺麗な色づかいの実が現れる。
とても珍しい果実だから、みんなあんまり買わないけど、甘酸っぱくて本当に美味しい。
だけど、珍しいだけあってなかなか市場には無い。勿論、朝市も夕市でも同じことだ。
そのとき、朝市の賑やかな空気から外れたところにいる、ひとりの老婆を見つけた。
老婆の前に広げられている布には、いくつかの籠に入れられた、目にも鮮やかな蒼い果実が置いてある。
見つけた!
わたしは走っておばあさんのもとへ行った。
「こんにちは、おばあさん」
「・・・おお、お前さんかい」
おばあさんは、にっこり笑った。
「今日はいくつかい」
「ううん・・・・・じゃあ、この籠ひとつ分で」
わたしはそう言って、ポケットから硬貨を出す。
「いつもの値段な」
「勿論。はい、おばあさん」
「ありがとうなぁ。はい、持ってきぃや」
「ありがとう。また買いに来るね!」
わたしはるんるん、鼻歌を歌いながら、市場からそう遠くないわたしの村へ帰って行った。
「ジョーくん!」
わたしは村に着くと真っ先に、ジョーくんの家に行った。右手と左手に、一個ずつ蒼い果実を持って。
ジョーくんは、いつも通り自分の部屋で、絵を描いていた。
目線の先にあるものからすると、一輪の薔薇が挿された花瓶を描いているようだ。
ジョーくんの絵は、繊細だ。
厳しい目つきでデッサンの対象を睨んでいるけれど、手つきは優しく、筆の動きもなめらかで細かい。
わたしはもう一度ジョーくんを呼んだ。
「ジョーくん?・・・海の果実だよ」
彼はゆっくりと振り返った。
途端に目つきが優しくなる。
愛おしむような、慈しむような、甘くて綺麗な眼になる。
ジョーくんは筆をおいた。
わたしも果実を机に置く。
「サヤ・・・お帰り。会いたかったよ」
わたしはジョーくんに抱きつく。
一瞬、ジョーくんは驚いたようだったけど、すぐに腕に力を込めてきた。
顔を上げると、ジョーくんの顔が近づいてきて、優しいキスが唇に落とされる。
ちょっと赤くなったわたしを悪戯っぽい目で見て、ジョーくんは海の果実を手に取った。
「じゃ、食べよっか」
ナイフを使って、海色の皮を丁寧にむく。それから出てきた砂浜みたいな色の果実を四つに切って、お皿に乗せた。
ジョーくんは人差し指と親指で果実をつまんで、口に入れた。
わたしも同じように果実を口に入れる。
「美味しいね」
口に入れると、なんとも言えないなめらかな口触り。シャク、と歯でつぶすと、途端に甘くて酸っぱい、爽やかな味の果汁が口いっぱいに広がる。
わたしがジョーくんに微笑むと、何を思ったのか今食べようとしていた果実をわたしの口の方に持ってきた。
「はい、あーん」
「・・・あむっ」
ちょっと照れながらジョーくんを見やると、ジョーくんもちょっと赤くなっていた。可愛い。
わたしも果実をつまむと、ジョーくんの口元に持っていく。
「ジョーくん、あーん」
「・・・はむっ」
シャクシャクと咀嚼するジョーくんがたまらなく愛おしい。もう可愛い。いつもイケメンな顔してるのに。ああもうっ、ジョーくん可愛すぎるっ!
その頃が、幸せの絶頂期だった。
全ては、崩れかけていた。
シスコンジョーくんの可愛い妹(実はわたしは目の敵にしていた)が、崖から落ちて死んだ時から、セカイはもう、バランスが取れなくなっていた。
ジョーくんは、日に日に狂っていった。
ある日、ジョーくんが怪我をしたと聞いて慌ててジョーくんの家に行ったら、彼は右の腕を包帯でぐるぐる巻きにしてベッドで寝ていた。
ジョーくんのお母さんに話を聞くと、彼はこの自分の部屋で、狂ったように果物ナイフを右腕に叩きつけていたのだという。
わたしが気づくのが少しでも遅かったら、もうジョーは命を落としていたかもしれない、とジョーくんのお母さんに聞いたときは、目の前が真っ暗になった。
わたしはジョーくんが起きるまで、ベッドの脇で待つことにした。
夜中に。
ジョーくんは何の前触れもなく目を覚ました。
「ジョーくん?」
わたしが恐る恐る呼びかけると、彼はいつもの優しい目でわたしを見た。
「サヤ。どうしてここに」
「ジョーくんが心配で。ねえ、いったいどうしたの?どうしてナイフなんかを、自分の腕に・・・」
ジョーくんは目を閉じた。
その唇から、掠れた声が漏れてくる。
「アンリが崖から落ちて死んだとき、僕は世界が終わったと思った。アンリは僕の大事な妹で、サヤに注いでるのが愛情なら、アンリに注いでるのは家族愛で、注いでる愛情の量はほんとに変わらないくらい・・・僕はアンリのことが好きだった」
「そうね。・・・・・やっぱり嫉妬しちゃうわ、アンリちゃんに。わたしと同じくらい愛してる女の子がジョーくんにいるなんて」
「大切な妹だったから・・・もう死にたいとさえ思った。だって、この世界に僕が生きる理由の半分が無くなったんだから。勿論、半分はサヤだよ」
「・・・・・」
わたしは、大好きなジョーくんに、ほんの少し寂しさを覚えた。だとしたら彼は、わたしよりアンリちゃんを優先したことになる、から。
「ねえサヤ・・・僕と別れて。このままじゃ、僕はいつか君を殺してしまう気がする。そんなのは嫌だ。死ぬのは僕だけでいい。・・・お願い。もう、僕は狂ってるから」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ヤだ」
「え」
「わたしの中のジョーくんは99.999%なんだから、ジョーくんがいなくなったらわたしは死んだも同然よ。ジョーくんがいなくなったら、もうわたし、生きていけないかもしれない」
当たり前だ。
ジョーくんがいなくなったら一緒に海の果実を食べることが出来なくなる。ジョーくんがいなくなったら彼の優しい目を見ることが出来なくなる。ジョーくんがいなくなったら彼にキスしてもらえなくなる。そんなの、嫌だ嫌だ嫌だ。
どうせだったら――――――
「わたしのこと、殺してもいいよ」
「え?」
「そのかわり、ジョーくんの中の割合を、半分じゃなくて60%ぐらいまで引き上げてくれないかな。そしたら・・・幸せに死ねるから」
「サヤ!」
「ジョーくん」
「サヤ・・・」
ジョーくんは微笑んだ。
「じゃあ、一緒に死のう」
手をつないだ。
赤い紐で、取れないように結ぶ。
つないでいない手には、ナイフ。
「最後の想い出」
わたしたちは、海の果実を食べた。
いつもとおんなじ、甘酸っぱい味がした。
「それじゃあ――――――」
わたしたちは、笑って。
せえの、でお互いの胸を刺した。
ナイフが突き刺さる。
ジョーくんの胸から、血がだくだく流れて。
わたしの胸からも血がだくだく流れて。
勿論、痛かった。
だけど、それよりも。
嬉しくて。
どさり、とふたつの体がベッドに倒れこんだ。
真っ赤な血が布団に染み渡る。
机の上には、皮のむかれていない海の果実と、砂浜の色をした果肉が置かれていた。
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