太陽の姫
木漏れ日のさす森の中を、どれくらい走ったのでしょうか。脚力は強い方ではないし、それに背中には意識の無い男性を背負っており、私の足腰はもう限界に達そうとしています。しかし、まだ私は走らねばなりません。何故なら、私は現在恐怖を覚えているからです。ここでバッジを失くし、またゼロからの振り出しに戻ってしまう恐怖を。私は現在10個のバッジを持ち合わせています。旅に出る者は、各々決めた場所にバッジを納めておかねばならないため、私はこれらをすべて、肩からかけたカバンにしまった小箱の中に入れてあります。しかし、もともと、この小箱にはいくつものバッジが入っていました。おそらくその数は、40個以上…当時のパートナーと合わせれば、もう100個のバッジを集め切ることも不可能ではありませんでした。ですが、私は100個のバッジを集めきることが出来ませんでした。
「きゃっ」
足元の何かによって、唐突に回想は遮られました。どうやら木の根があるのに気づかずに私は足を止めることもなく、そのまま派手に背中のダージリンさんごと転んでしまいまったようです。
転んで痛みを感じて、そして私は途方もない不安に襲われました。逃げなければ、いつ彼らが追いついて来るかは分からない。いえ、さすがにこのうっそうと生い茂った森の中、右も左も分からないはずなので、この短時間で追いつかれることはほとんどないはず。
しかしそこで私はまた新たに問題が浮上したことに気づきました。私にはこの森の出口が分かりません。来た方向はだいたい把握しているのですが、今から来た道を戻るということは再びあの二人に遭遇することになるリスクが生まれるということ。つまり引き返すことはできません。では、このまま先に進むべきなのでしょうか?それもあまり賢明な判断とは言えないでしょう。今ここには意識を手放したダージリンさん。そしてそのダージリンさんをおぶって歩いて、疲弊しきったあげく躓いてしまった私の2人しかいません。要するに、もしも私の体力が底をついてしまって、私がダージリンさんと同じように倒れてしまえば、もう頼れる人はいません。2人揃って、森で野垂れ死ぬという結末が待っています。
そこで私は、この場に立ち止まって体を休めつつ、負傷したダージリンさんの治療をすることにしました。
まずは私の背中に覆い被さるようにして意識を失っているダージリンさんを、仰向けの体制に……少し乱雑な形ではありましたが、私の力と残りの体力では彼の体を転がすようにしてその体制にもっていくことしかできませんでした。
まずは先ほどの大男に殴られたときに負傷した頭を冷やさなければ。宿屋を出る前に補充していた水筒の中の氷があったはず。しかし、それを包む手ぬぐいのようなものが必要です。あいにく、私の手荷物には手頃なものがありませんでした。服を破く……それも考えましたが、こちらは最後の手段ですね。他人の荷物を覗き見るような真似は少々気が引けるのですが、やむ負えません。私は、彼の腰につけられたポーチのボタンを開け、中にあるものを物色しました。どうやら彼は普段から使うものは上着の内ポケットにしまっているようで、ポーチの中にはよく分からないものばかりが入っていました。しかし、よく分からないものの中に、目当てのものはありました。私は何か手頃なサイズの布を見つけて、それに氷を包み込んでダージリンさんの負傷した部分に当てて膝の上に寝かせました。
これで、多少の応急処置にはなるでしょう。しかし、これからどうしましょうか……
いつまでもこうしているわけにもいきません。いずれ、先ほどの2人組ではないにしても、例えば猛獣や、先ほどの2人組よりもより強大なウルフハーダー達が私たちを見つけるかもしれません。そうなったとき、私たちには対抗するほどの体力も経験もありません。
しかし、その不安をよそに、どこかから、私たちに近づく足音が。もしかして、先ほどの2人組?それとも、猛獣や、他の……不安は大きくなるばかり。足音も近づくにつれて大きくなるばかり。今すぐに逃げ出したいのですが、負傷した彼を置いていくわけにはいきません。足音の主に見つからないよう、苦し紛れに息を殺して一回り小さく縮こまる私。
「あれ?人じゃん!」
足音の主は、さも能天気な声をあげながら正体を現しました。目の前にいたのは小柄な少女。かなりシンプルな格好をしており、白い布地の服を一枚……おそらくワンピースではないようですが、大きめなので下まで隠せてしまっています。彼女は長くてボサボサの髪の毛を掻き毟り、少しこちらの様子を伺うと、八重歯をチラつかせてパッと明るい表情を見せました。
「あっは!久振りの来客じゃん!歓迎するよっ!」
そういうと彼女は、私とダージリンさん、2人を両手にひょいと抱えました。
「えっ、あの、ちょっと!」
「いいからいいからっ!」
仮にも人間2人を抱えているとは思えない素早さで、彼女は森の中を駆け抜けていきます。まるで高速で移動する乗り物から顔を出しているかのような猛烈な風圧を感じていると、ふと彼女は立ち止まりました。
「着いた着いたっ!ほら、ここだよ!」
見ると、そこは洞窟。彼女はそこで私を腕から降ろし、ダージリンさんを肩に担ぎ直しました。
「早く来いよっ!」
一足先に洞窟に入っていく彼女に続いて、私も中に入っていきます。中は薄暗く、私は時々壁があることに気付かず、あちこちにぶつかっていましたが、先を行く少女はまるでこの暗闇でも目が見えているように迷わず進んでいきます。仕方がないので私は魔法を使って明かりをつけることにしました。カードを手の平の上に置いて、願いを込めると、カードの上に眩い光がただよいはじめます。光は洞窟全体を照らすまでには至らなくとも、私が歩むべき道を示すには十分でした。見失いかけていた少女の背中を見つけて、少し早足気味に追いかけていきます。
「つーいたっ!ここだよっ!」
洞窟の奥と思われる場所、今度はまた別の少女が座り込んでいました。真っ白な服に身を包んだ、私たちをここまで運んでくれた少女とは対照的に、真っ黒なローブを被ったおかっぱの少女。彼女は大きめの布を絨毯の様に地面に広げ、目の前には土鍋。……土鍋?
「うふふ、うふふふ……あなた、太陽のカードを持っている……太陽の姫ね?」
思わず、黙り込んでしまう。
「ようこそ、私たちの楽園へ。私はキャンディ、この子はグミ。よかったら、お菓子でもいかが?」
彼女が土鍋の蓋を開けると、そこにはいっぱいのお菓子が入っていました。