弱いって、言うな……!
もう一度、この世界の決まりごとについてまとめておこう。この世界では15歳になったら成人と見なされ、旅に出ることができる。旅の目的は、100個のバッジを集めて王宮まで持って行くことだ。そうすることで、可能な限り自分の望みを叶えてもらえるという。旅に出る際には王宮から与えられた三つのバッジ、そして2つの選択肢を得る。1つは武器を持ち、前衛として格闘する″ウルフ″、そしてもう1つは魔法を使い、後衛として補助に専念する″ハーダー″だ。ウルフとハーダーのペアになったものは、バッジの数を共有できる、つまり1人辺り50個のバッジを集めて王宮に持って行けば望みを聞いてもらえるのだ。しかし戦闘において、相手の前でどちらかが気絶するか、降参を宣言してしまったら、そのペアは片方が無傷であろうとバッジを二個まで渡さなければならない。また、この際バッジ以外の物を本人の同意なく奪ってはならない。そして戦闘は必ず1組2人以下の人数で行うこと。これらのルールに背いた者は、王宮への通報により取得したバッジを没収される。
ウルフとハーダーの技能については、15歳までの学校教育のプログラムに組み込まれており、この世界の子どもは格闘か魔法、どちらかの技能を獲得しなければならない。
「それでさ、アンタはどんな魔法を使えるんだよ」
今オレたちがいる場所はブーゲンビリア、俺が知る限りで王宮周辺を除いて、最も賑わいを見せる街だ。
昨晩彼女、アルと一夜をともにした宿屋はこの街で1番大きなもので、通常なら俺のような庶民には立ち入ることすら出来ないような場所であった。
そんなところを普通の宿屋と言い切ってしまう彼女は一体何者なのか…まずは当たり障りのないところから尋ねて見た。
「……私は、″光を操る魔法″を使います…」
「光……それって、役にたつもんなのか…?」
「分かりません…でも逃げるのには、役立ちます…」
「オレもここまでは逃げてばっかりだったけどさ、2人になった以上は戦うことも考えねーとな…オレにはアンタを守るって役割もあるわけだしさ」
「…………ありがとうございます」
オレの言葉に対して、やはり淡々とした調子で答える彼女であった。どうも彼女は表情が薄いらしく、ここまで行動を共にしてきてオレは彼女が笑ったところを未だ見ていない。この「ありがとう」も、果たしてどういった気持ちによるものなのか、オレにはわからない。しかしオレには彼女を守る義務がある。もし助けてもらっていなかったら、空腹もあいまってそのまま野垂れ死んでいたかもしれない。だからオレは意地でも彼女と100枚のバッジを集めて、王宮まで辿りつかねばならない。
「じゃあさ、アンタはどういう願いがあって王宮まで行こうと思うんだ?」
こちらを振り向こうともせず質問に答える彼女に対して、オレは再び質問を重ねる。
「……あなたは?」
少し考えてから、彼女は聞き返す。
「オレか?オレは、この世界のふざけた条理を、強いものが偉いっていうバカげた決まりをぶっつぶしたいんだよ。」
拳を握りしめ、強くそう言う。森の中での2人への敗北が脳裏を過ぎり、頭に血が昇る。絶対に、この世界を変えてみせる…!
「そうですか…私は…」
言いかけて、彼女はどこか遠くを見て少し考えるような様子を見せた。
「…今は、伏せておきましょう。そのうち、必ずお話ししますよ」
「ん、そっか…わかった。それじゃあ無駄な詮索はしねーよ」
「お願いします…」
そして再び沈黙が訪れる。賑わいを見せるブーゲンビリアの街を、オレたちは無言のまま歩いていたのだった。
道中歩いている最中、アルがオレの服の袖をくいくいと引っ張る。
「ん、どうした?」
「ダージリンさん、アレはなんですか?」
ダーズでいい、と言いつつオレは指さされた方向を見る。
「何って…ただの公園だけど…」
「そうではなく、あの子ども達は何をしているのですか?」
言われて、視線をもう一度アルから公園に移すと、そこでは10歳ぐらいの子ども達がバスバルをしていた。
「ああ、あれはバスバルだよ」
「バスバル、とは…?」
始めて聞いた、という風な顔で彼女は首をかしげる。
「バスバルっていうのはスポーツの一つだよ。投げられたボールを、専用のバットっつー棒で打ち返す。その打ち返したボールの飛距離が長ければ長いほど、得点が大きくなるんだよ。」
人数が少なくても遊べるのがこのスポーツのいいところだ。子どもの頃はオレもよくやったものだ。
「……少し、見て行きませんか?」
「ああ、構わねーけど」
バットを構えた少年に向かって、ボールが投げられる。そのバットは綺麗に空を切った。
「あーあ、アレじゃダメだな、力が分散してる」
「力が…分散……?」
またもきょとんとした表情で俺の言葉を復唱する彼女。
「そう、全身に力が入りすぎてんだよ。そうじゃなくて、もっと一箇所に力を集中させなきゃ」
そう解説してはみたものの、彼女にはイマイチピンと来ていない様子だった。
「と、とにかく…やみくもにやるだけじゃダメなんだ。しっかり目的に狙いを定めて力を集中させるんだよ」
えらく大雑把な説明だったが、彼女はふむ、と頷いた。楽しそうに遊ぶ子ども達を眺める俺たち。しかし、突然の来訪者により、その光景は壊された。
「おい、ガキ共!さっさとどけ!」
「ここは、僕達の戦闘の練習場にするんだよ。わかったらさっさとどきたまえ、少年達」
その突然現れた2人の声に、子供達はしぶしぶといった様子を見せながらも、一目散にその場を立ち退いていく。
この声には聞き覚えがある。
あの体格には見覚えがある。
そう、あの2人は昨日俺からバッジを奪った2人組、ゴルゴンゾーラとモッツァレラだ。俺は思わず柵を飛び越えて、2人の元へ飛び出して行く。
「オイ!お前ら昨日はよくもやってくれたな…!それに、ここはみんなの公園だ!」
悔しさや、正義感、怒り。様々な感情が混ざり合ってオレに怒鳴り声をあげさせる。
「みんなの公園だろうがなんだろうが、結局は強いやつがえらい、それはあの子ども達も分かっていたようじゃ、ないか。ていうか君誰だっけ?」
モッツァレラが昨日と同じのように俺を小馬鹿にしたような態度で語りかけてくる。
「こいつ、昨日のやつじゃねえか?1人で俺たちに立ち向かって来たチビだろ」
「だからチビじゃねーって言ってんだろ!!」
ゴルゴンゾーラの言葉に再び俺は憤る。そしてそのままヤツの懐へと飛び込む。
「へっ、なんだぁ?武器もねーのにオレと戦おうってのかぁ?」
ゴルゴンゾーラが余裕の表情で、向かってくる俺を掴みかかろうとする。その伸びて来た腕に、俺は飛び乗った。そして相手の肩まで移動する。ここで懐からダガーナイフを取り出し、ゴルゴンゾーラの首元に突きつける。
「悪いな、生憎普段は見せないだけで、武器はちゃんと持ってるんだよ。
さぁ、どうする?降参しなきゃ、テメーの喉元を掻っ切るぞ?」
ナイフをつきつけたまま、オレはそう告げる。
「こ、こう……」
大男の言葉を聞いて、オレはわずかにナイフを持つ手を緩める。
「…後方に注意、することだなぁ」
言われてオレは後ろを振り向く。しかし目の前にはすでに植物のツルが伸びてきていた。オレは咄嗟にナイフをしまい、ゴルゴンゾーラの肩から飛び降りた。向こうでは、モッツァレラがにやりと笑っていた。
「おいおい、戦いの最中に油断しちゃいけないよ。今この瞬間すらね」
モッツァレラに言われて、オレは咄嗟に後ろを振り返る。しかし、その直後、鈍い痛みがオレを襲う。オレはその衝撃を受けて、地面を転がった。見ると、ゴルゴンゾーラがバットを握っていた。
「まさかこんな弱っちいチビごときに武器を使うことになるとはなぁ…」
「だから……チビって、言うな…弱いって、言うな……!」
「うっせーんだよ、チビ!チビをチビって言って何が悪い。弱いヤツを、弱いっつって何が悪い!」
ゴルゴンゾーラはオレに近寄ってくる。おそらく、次アレで殴られれば命に関わるであろう。なんとしても、動かなければならない。しかし、モッツァレラの魔法により伸びて来ていた植物のツルが、オレの四肢を拘束する。オレは必死にそのツルの拘束を解こうとする。動け、オレの体…!!
オレは何度も脳みそから体に向かって指令を送る。しかし、どんなに抗おうが、その拘束はガッチリとオレの動きを抑えるばかり。ゴルゴンゾーラはオレに少しずつにじり寄って来る。
もうここまでか…そう思っていた。しかし、そのとき強い光が辺り一面を包んだ。オレは思わず目を瞑った。
「うわっ、なんだこりゃ!」
「くっ、見えないぞ…」
ゴルゴンゾーラ、そしてモッツァレラの声が聞こえてくる。おそらく彼らも目をやられたのだろう。術者が混乱していることにより、オレの拘束も解かれる。しかし、どこからこんな強い光が発されたのか…
ここでオレは、彼女…アルの魔法を思い出した。彼女は光を操ると言っていた。
「そうだ…!アル!アル!!」
「はい、ここです!」
振り絞った声に、応える声があった。
珍しく慌てた声色であったが、間違いなくそれはアルの声であった。
「ダージリンさん、立てますか?」
しかし、オレはその声に応えることはできず、ただ乱れた呼吸を漏らすのみであった。声を出すには、体力と血液を消耗しすぎた。
「……厳しそうですね…大丈夫です。安心してください。逃げましょう」
逃げる…?ちょっと待て、オレはまだ負けていない。オレはまだ、やれる!
そう言いたいのに声が出ない。目も、まだ開かない。アルはオレを背中に乗せ、フラフラと走り出したようだった。オレはそのうち、再び意識を失っていった。