オレがアンタの狼(イヌ)になる
最後にまともなメシにありつけたのはいつだろうか。恐らくここ2、3日はその辺りに生えていた雑草や、ゴミ箱にあった生ごみの″生き残り″、そして川の水しか口にしていない。何故オレがこうもみすぼらしい生活をしているかと言うと、それはこの世界におけるある決まりごとのせいなのだが、その件については後ほど、詳しく語ることにしよう。ともかくオレは今現在、15歳にして帰るべき場所も無く、路頭を迷っているのだ。
「誰か……魚の骨でも何でもいい……食いモン…」
真昼間にも関わらず人間どころか小鳥の一匹も見当たらない静かな森で、オレは1人つぶやいた。
その声に呼応するように、深々とした木々の向こうで何かがこちらへ近寄ってくる音が聞こえたような気がした。もし鹿の一匹でも出て来てくれれば、捕まえて、焼いて食おうと、オレはそんな楽観的な考えからその音の主が現れるのを待機した。
しかし、出て来たのは2人の男。1人は目つきが悪くロン毛でハリガネのようにガリガリの男、もう1人はうってかわって短髪で、筋骨粒々な大男だった。
「ふふーん、獲物はっけーん」
ハリガネが俺の姿を一瞥して、いかにも余裕といった風にそうつぶやく。
「おいおいモッツァレラ、このチビ1人だし、それに武器すらもってねーぜ」
大男がハリガネに向かって言う。
「うっせー!チビって言うんじゃねーよ!」
大男の発言にカチンときたオレは、思わず男たちに向かって怒鳴り散らす。しかし、男たちはひるむ様子も見せず笑い出した。
「お前さぁ、そんなナリで僕達にたてついていいと思ってるわけ?この世界じゃ強い者が偉いの!こんなところに一人でいるんなら、そんくらいもう分かるよねぇ?」
モッツァレラと呼ばれたその男の言葉に憤りを覚える。思わず拳を握りしめ、歯ぎしりをしてしまう。
そうだ、強い者が偉い…この世界はそんなふざけた思想の下に成り立っている。
「分かったらおとなしく、お前の持ってるバッジをこのゴルゴンゾーラ様に渡すんだな」
大男が巨大な掌をこちらに向ける。
オレの懐には三つのバッジがある。この三つは、オレが一ヶ月前、旅を始めたときから持っている三つだ。そしてこの世界における決まりごと、それは15歳になったらこのバッジを100個集めて王宮に持っていくことことができる資格があることだ。
王宮まで辿り着いたら、なんでも願いを1つ聞いてもらえるそうだ。だからオレは王宮まで辿り着いて、こんなふざけた世の中を変えなければならない…だからこんなところで1つでもバッジを失うわけにもいかない。オレは咄嗟に身を翻してその場から逃げ出そうとした。だが何かが足に引っかかり、オレはその場で転倒した。足元をみると、そこには先ほどまでそこにあるはずのなかった木の根があった。
「″植物を操る魔法″……ふふ、逃がしはしないよ。君は見たところ″ウルフ″のようだね。じゃあ、″ハーダー″の使用できる能力については知らないのかな。」
「……ウルフが武器を使用し、格闘を担当するのに対し、ハーダーは魔法により、補助を担当……だったか」
モッツァレラの問いにそう答える。
「正解だ……じゃあ、分かるよなぁ…。2人で1人を攻めるのくらい、卑怯でも何でもないってことくらいなぁ…」
そうだ、目の前にいるこの大男…ゴルゴンゾーラの言うとおり、この世界で旅をするうえでは基本的に″ハーダー″と″ウルフ″の2人1組で徒党を組むのがルール。2人で1人を攻撃するのはルール違反ではない。
ちなみに、もし3人以上で1人ないし2人を攻めた場合は、襲われた者が王宮に報告することで襲った側全員のバッジを没収するため、ルール違反をするものは基本的にいない。
だが先ほども言った通り、今は正当なルールの上に成り立った、逃げ出すことの出来ない状況だ。起き上がろうとする前に、ゴルゴンゾーラはもう目の前にいた。奴は俺の胸ぐらを強引に掴み、片手でオレの体を持ち上げる。オレは必死に抵抗しようとするが、空腹のため力が入らない。
「さあ、バッジを寄越せ。さもなくば、少々手荒なことをさせてもらうが?」
「い、嫌だ…!」
「そうか、じゃあ一瞬、痛い目見てもらうぜ」
ゴルゴンゾーラが俺を地面に叩きつける。オレは世界が瞬く間に一回転する感覚を味わった。しかし、なんとか意識は保っている。気絶しない限り、バッジを奪われることはない。
「ま、まだだっ……まだ、負けて…ない……」
必死に声を絞り出すがゴルゴンゾーラはさらにオレの頭を踏みつける。頭上から鈍い痛みを感じる…段々視界がぼやけ、そしてそのうち意識が遠くなっていく…………
***
目を覚ますと、オレはベッドで眠っていた。咄嗟に、今いる場所を確認する。小さめのタンスの上には花瓶があり、壁には時計がかけられている。民家にしては寝室に場所を取りすぎだ。どうやら宿屋のようだ。オレはここで記憶を整理する。
確か、路頭に迷って食いモンを探していたら、ハリガネと大男に襲われて、気絶させられて……そうだ、バッジだ。オレは咄嗟に上着を脱ぎ、懐につけられているバッジを確認する。そこにはバッジが1つだけあった。
「くそっ……!!」
バッジは1組につき2つまでしか奪うことができない。だから最後のバッジは無事だったものの、一気に2つもバッジを取られてしまった。
早く、失った分を取り戻さなければならない。そう思って立ち上がろうと布団をまくって、そこで初めてあることに気づいた。
女の子が隣で眠っていたのだ。
オレは思わずベッドから飛び出して、床に落っこちてしまった。その衝撃で、彼女も目を覚ましたようだった。
「……目を覚ましていたんですね、よかったです…」
ベッドから体を起こしてこちらに向かってそう言った。しかし、オレには状況が把握出来ない。
「ちょっと待って、なんでオレ、アンタの隣りで寝てたんだよ!まさか、オレたち、夜の間になんかしちゃった?!」
「してませんから、落ち着いてください……」
慌てるオレに対して呆れた様子で答える彼女だった。
「あなたが森で倒れていたので、ここまで連れてきたんです…幸い、気絶していただけのようですが…」
「いや、だからさあ、何で一緒のベットで寝てたんだよ?」
「生憎、宿はほぼ満室のようで、唯一空いていたのがこの一室だけでした。それに、目覚めた時にあなたを1人にするというわけにもいきませんでしたので…」
淡々とした調子でそう答える。
「そうだったんだ…ありがとな」
「いえ、それより一階へ降りましょう。朝食の時間ですよ」
そう言って彼女はベットから降り、そそくさとドアまで歩いて行った。
「何してるんですか?置いて行きますよ…」
「あ、わるい!」
部屋の時計を確認すると、11時前を指していた。朝食には遅すぎる時間だ。
ドアから外へ出ると、廊下は豪華な照明に大理石製の床や壁で構成されていた。恐らく、相当豪華な宿屋なのだろう。そして、エレベーターへと向かう彼女を追いかける。一応この世界にも、エレベーターは存在するのだ。とはいっても、少々原始的なものだが。
エレベーターの隣には現在の階数が表示されている。
ここはどうやら25…25階!?20階以上の階数がある宿屋など滅多にお目にかかれるものではないぞ!?
その数字に目を奪われているうちに、どうやらエレベーターが来た様だ。
さすがに25階もあれば、エレベーターの流れも遅い。しかし、ほぼ満室なのにも限らず、エレベーターにはオレ達以外の人間はいなかった。25階から1階に降りるまでには、沈黙が痛すぎた。
「なぁ、ここって宿屋なんだよな…?」
オレは沈黙に耐えかね、確認の意味も込めて彼女に尋ねた。
「……?ええ、普通の宿屋ですよ…?」
不思議そうな表情で、彼女はそう答えた。
そうこうしているうちに、エレベーターは1階へ辿り着いた。1階では正装に身を包んだ従業員と思わしき者たちが待ち構えていた。
「おはようございます」
「2506号室のアールグレイです。朝食をお願いします。」
「かしこまりました、ご案内致します」
彼女に対応した従業員とは別の従業員が出て来て、オレ達を先導し始めた。連れていかれた先は、やはり豪華絢爛なレストランであった。
「ねえ、あなたお腹空いてるんじゃないですか?」
「え、そりゃあ…かなり減ってるかもな…」
「…………好きなだけ頼んで下さい。お金のことは気にしなくていいです。」
少々思案してから、彼女はそう答えた。しかし、好きなだけ、と言われてもどうも遠慮してしまう。
「えっと…じゃあ、カレーライスを頼む」
「…………すみません、パンを3つとスクランブルエッグ、ハムを少しずつ、それから、カレーライスという物を五人分……」
近くにいた従業員を呼び止め、注文する。従業員は確認をとってすぐさま行ってしまった。オレはその流れる様な動作に感心していたが、すぐにハッとした。
「ちょっと待って!五人分ってなんなんだよ!」
「……?お腹が減っているのでは?」
きょとんとした顔で、オレの問いに彼女は答えた。
「腹は減ってるけどさ…一度にそんなに食えねーよ…」
「もったいないので、残さず食べて下さい…それに、いっぱい食べなきゃ、大きくなれませんよ…」
「余計なお世話だよ!」
並んで歩いていたときに分かったことだが、彼女はオレよりも若干身長が高いようだった。
「大体さ、オレそんなに食うように見える?」
「あなたなら、出来ます…信じてます…」
「なんで初対面でそんな信頼されてんだよ…」
「勘です」
「だろーな…」
下らない会話をしていると、料理がやって来た。やはり料理も食材や食器から高級感が伝わってくる。食欲がそそられる。尤も、五人分となってしまえばその食欲もいつまで続くかわかったものではないが…とにかく、奢って貰ったものだ。食べるしかあるまい。オレは空腹だったのもあいまって、カレーライスを口にかっこんでいった。最初の二食はあっという間に平らげてしまったが、だんだんスプーンを持つ手と胃が重たくなって行った。
なんとか三杯目のカレーライスを平らげて隣の彼女を見ると、とっくに食事を終えて静かに座っていた。
「アンタ、もう腹はいっぱいなのか?」
気を紛らわす意味でも、問いかけてみる。
「いっぱいではありません…ですが、これ以上は食べ過ぎかと…」
「いいじゃんか、腹いっぱいくえば。ほら」
オレは彼女の口元にカレーライスの乗ったスプーンを運んだ。彼女は少しためらったようだが、そのうち観念して口を開いた。口の中にカレーライスを放り込んでやると、彼女はゆっくりと噛みしめるように味わい、そして目をパチパチとさせて
「美味しい…」
と呟いた
「何ですか、これ。こんなもの、食べたことがありません……」
こっちを向いて、少し驚いたように尋ねる彼女。
「食べたことねーの?これは、カレーライスって言うんだよ」
「私、産まれたときから基本的にパン食だったので、ライスはあまり…もう少しいただいてもいいですか?その…カレー、ライス……」
「もちろん構わねーよ。アンタの金で買ったもんだろ?」
彼女の目の前に、カレーライスの皿を置く。彼女は一口一口に感動しながらそれを味わい、段々とスプーンを持つ手を早めていく。そして、1皿完食。
「…おかわり……」
「はいはい」
オレはもう1皿も彼女に与えた。彼女はまるでスプーンを止めようとしない。そしてあっという間に2皿目も完食だった。
「アハハ、いい食いっぷりじゃん」
「……すみません、お見苦しいところを…」
顔を赤くしながらハンカチで口元を拭く彼女を笑い飛ばす。
「ところで…見たところあなた、旅をしているようですが…パートナーの方は?」
話をそらすように、彼女が尋ねてきた。
「それがな…オレ、ウルフなんだけどさ、ちょっとした理由でハーダーがいないんだ」
「そうなんですか………私も、今は諸事情でウルフがいません」
しばしの沈黙が訪れる。パートナーを失ったというからには、それ相応の理由があるものだ。なかには死別したというものもいるであろう。
「あ、じゃあさ、オレがアンタの狼になるよ。」
「え、でも……」
困惑した様子の彼女。
「いいんだよ。助けてもらった礼もあるしな。アンタはオレが絶対守るからさ」
「けど……森ではやられてたんですよね…」
「うっ……」
カッコつけてキメたものの、突っ込まれてしまった。
「……分かりましたよ、飼ってあげてもいいですよ。私はアールグレイ、友人からはアルと呼ばれていました。あなたは?」
「オレはタージリン。ターズって呼んでくれ」
「では、私を守って下さいね。よろしくお願いします」
「ああ、よろしく」
そうしてオレ達は、パートナー同士となった。
彼女と共に、必ず100個のバッジを集めるのだと、そう誓ったのだった。