その十四 高校一年夏休み二十日目・立村上総の関崎乙彦に引きずられていく日々(6)
ひとり木陰で過ごすのは心地よい。特に風が吹き抜けていく天気の今ならば。
──そろそろもう一本飲み物買ってこようか。それともそろそろパンでも買ってくるか。
十一時半を少し回ったところだ。そろそろおなかも空いてくる。
──あいつらが帰ってきたら、聞いてみようか。
それにしても皮肉なものだ。
──杉本のタイプの野郎ふたりが揃ってるんだもんな。
ノートを開いたまま膝に置く。まだ戻ってくる気配はない。脇においてあるミニテニスのラケットを手に取り、はじいてみる。本当はそろそろ、杉本と桜田ががんばって家庭教師活動している様子を先生たちと覗きに行くはずなのだが、連絡がまだ来ない。たぶんこの調子だと夏休み明けになるのかもしれない。連絡が来ても三日間留守だし間に合いそうにない。
──杉本は、またあのマイコンショップに行ってるのかな。
きっと例のプログラムとやらをキーボードに根性入れて打ち込んでいるのだろう。どこまで進んだのか、こっそり覗いてみたい気もする。明日の旅行では幸いひとり歩きできるし、早めに土産を購入しておいたほうがよさそうだ。母と一緒だとまた余計なかんぐりされるのが目に見えている。結洲市の名産とはなんなのだろう。もう少し調べておいてもよさそうだ。
上総は木の根に手をかけそのままもたれて目を閉じた。本当に気持ちいい。
「おい、どうしたんだ、目、覚ませ。日射病か」
関崎の声と同時に揺さぶられる感覚とで上総は目を覚ました。視界には当然関崎が、その脇で突っ立ったまま、新井林が見下ろしている。
「なんだ、寝てたんですか」
「ずいぶん早くもどったんだ」
つい寝ぼけてしまった。関崎が軽く肩を叩く。
「いや、俺たちも走った後のんびり話をしながら来たからかなり時間経っているはずだ。もう十二時を回っているぞ」
「あ、ほんとだ。そろそろ昼ごはんの時間だな」
まだ完全に覚めやらぬまま上総が答えると、
「あっそっか。そうですね関崎さん。せっかくだしなんか買ってきますか」
新井林がさっさと話を奪い取って関崎に話しかける。完全に上総のことは無視である。
「ひとつ提案があるんだが」
上総が口を開こうとするのを即、関崎は遮った。
「自由研究で一緒に出かけた奴らといつも休憩していた場所があるんだ。屋根はある。そこで適当に食べてからまたここで勝負するってのはどうだろうか」
「休憩って、このあたりに店、あるのか? さっき俺も歩いてみたけど、小さな雑貨屋くらいしか見当たらなかったよ」
無理やり話しかけて見るが関崎はあっさり首を振り、新井林相手に話し続けた。
「自転車で少し青潟の方に向かうとあるんだ。俺も最初は校則違反かと気をもんだが、たぶん大丈夫だろう。シンナーとかたばことか吸うわけじゃないし、なによりも禁煙だ」
「へえ、付き合いますよ。関崎さん」
実は答えを知っていそうな新井林が、にやりとして関崎の後に続いた。自分らの荷物はさっさと担ぎ、座ったままの上総には何も言わない。
「わかったよ、言われたところにする」
もう上総も、関崎に逆らうのも面倒になってきていた。だって夏だから。
──いったい何、話してたんだろうな。
あっという間に仲良しの先輩後輩つながりを午前中で完成させてしまったような目の前の二人。そのうしろをとぼとぼと歩かざるを得ないのが上総の立場。
三十分近くも眠りほうけていた間、何を語り合っていたのか全く想像がつかなかった。ふたりとも体育会系な熱血野郎であることは承知しているが、部活や一般スポーツの話題だけでそんなに持つものだろうか。気が合う、ただそれだけなのかもしれないが。
──でも、ふたりとも共通点はあるな。
杉本梨南を全くもって興味を持たない、もしくは嫌悪していること。
突然笑い声が聞こえ、新井林が面白げに手を叩いているのが聞こえた。
関崎を先頭に自転車のペダルを踏み、数分走ったところで止まった。
「関崎さん、まさかこれ」
「まさか?」
上総と新井林が同時に言葉を発した。
「まさか、パチンコ屋で時間つぶししてたとかいうんじゃないよな」
恐る恐る問いかける。目の前には「あみゅーずめんとぱーくあおがた西店」とかでかでかときらびやかな看板が立っている。駐車場が広がっているがかなり車で埋まっている。昼過ぎ、すでにけたたましいじゃらじゃら音が外に洩れている。
ふたりの視線を憮然たる表情で首ふる関崎。
「俺が校則違反をすると思うか? ギャンブルは決して学生のすべきことではない」
「だったら、なんで?」
さらに問いかけると、関崎は黙って自転車をパチンコ屋の奥まで押して入り、その隙間の小路にもぐりこんだ。ひとひとり通れる程度の隙間はある。ちゃんと通路ではある。そのままたどっていくと、外には複数の物置に似たものが立ち並んでいた。見た目でわかる。青潟でよく見かけるこの形は、
「関崎、お前、まさかさ」
言いかけた上総を無理やり黙らせるように、新井林が尋ねた。
「カラオケ、ですか」
「その通りだが、昼間からそれだけで過ごすわけではないんだ」
関崎は自転車を店入店口前につけて、ふたりにも同じようにするように案内した。
「ここは昼から三時にかけて、弁当が三百円で買える。さらにそれを持ち込んでカラオケボックスに入れば、歌い放題で一時間五百円。たいてい三人で入るから二時間くらいこもっていてもせいぜいあわせて三百円を切る程度で時間が過ごせる。一休みして盛り上がるにはちょうどいい時間だ」
「そうだけど、関崎なんでこんなところ見つけた?」
確かに関崎の歌唱力が素晴らしいことは認めるが、嬉々としてカラオケに通うような性格とは想像していなかった。修学旅行濡れ衣事件の打ち合わせで古川こずえも含めて三人で篭ったことはあるけれども。あれでまさか目覚めたなんて言わないだろうか。いや、それ以上に新井林は関崎の隠れた趣味をどう受け取っているのだろうか。
関崎は堂々と答えた。
「たいしたことではないんだ。ほら、お前と古川、三人で品山近くのカラオケボックスに入ったことがあっただろう。あの時だ」
「やはりか」
「あれ以来家族でよくカラオケボックスめぐりをするようになったな。大人がいれば何時間いても校則違反にはならないから精神的にも楽だ。ただ大人相手だとマイクの奪い合いがいろいろと面倒なので、できるだけ健全で万が一先生方に見つかっても問題ない場所を開拓していたんだ」
「開拓って、けど、それでここか?」
「そうなんだ。この辺りは確かに喫茶店らしきものが少ない。しかも高い。だがカラオケボックスだったら一度弁当をもらってそのまま部屋に篭っていればそれで澄む。学生にとっては一番楽だ。歌わなくてもここで自由研究の相談も出来る。俺たちが集まった日は雨のこともあったから、こういう屋根のある場所は非常に助かるんだ」
一番興味あることを尋ねてみた。新井林のことは無視した。
「関崎、やはり、歌うのか?」
「当たり前だろう。カラオケボックスで歌わないというのは、店のポリシーに対しても失礼だ。そうだ、立村、お前なんで歌わないんだ? 新井林、お前はカラオケやったことあるか?」
顔をしかめる新井林だが、ふと何か思ったことがあったのか、
「わかりました。関崎さんとだったら間違いはないでしょう」
ひとりごち、やはり上総をするっと無視したまま関崎の後ろについていった。
──悪いけど、誰が歌うかよ。勝手にやってろだ。けど、ここは使えるかもな。
上総はカラオケボックスの名前と料金だけ、頭にメモしておいた。内密の打ち合わせが出来る場所をストックしておくのは評議委員長時代、本条先輩に叩き込まれてきたたしなみだった。




