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その十一  高校一年夏休み・立村上総の家族団欒でかみ付き合う日々(5)

 うまく頭の中がまとまらず、やはり外に出ようと思い立つ。もともと家族団欒が心地いいと思わずに育った自分だけに、両親がともに家の中でうろうろしているのは落ち着かない。かと言って外の雨は激しくなるばかり。学校の図書館で借りた本を読んだり、音楽を聴いたりしているうちに時間は経っていく。


 ──どんなとこなのかな。

 百科事典で調べてみても、あまりにも小さな都市のため概要しか載っていない。母の言う学芸都市という言葉もない。結洲市という街は青潟よりも学生がたくさんいて、活発に学校同士の交流が成されているというが、

 ──青潟だって中・高校はそうじゃないかな。大学の話は俺もよくわからないけど、中学に関しては水鳥中学との交流会もいろいろやったし、その他文化祭での交流もあるらしいし。この前狩野先生からも聞いたけど、地元の人たちとのやりとりも本条先輩たちが入る前には行われていたらしいし。母さんたちが馬鹿にするほど、青潟の人たちも引っ込み思案なことないと思うけどな。

 ただ納得できるところもある。

 青潟大学がこの辺りにおいてエリート扱いされていることもあり、極端に他大学への流出が少ないこと。他地域からの流入が多いため、大学以降はまったくの別文化となってしまい、附属の生徒たちもかなり戸惑うことが多いとか、そのあたりはよく先輩たちから聞いている。青大附属という六年間は、いわば究極の温室であり、そこから飛び出した時のカルチャーショックで立ち直れなくなる人も多いとは聞く。

 ──保守的、というのは父さんの言う通りかもしれないな。

 頷けるのは父の言葉になる。確かにみな、何かに挑戦しようとする気迫が薄いのはあるのかもしれない。例外はもちろん存在する。たとえば中学でいうと奈良岡や水口。このふたりは将来医学への道を志すため、青潟大学には存在しない学部を求めて出て行った。そして最近だと金沢。学校の支援よりも自分で道を切り開くべく、「ファビアン」でど顰蹙買いながらも人脈を切り開いていく。あれはあれでまたあっぱれだと思う。

 そういう奴もいないことはないが、基本としては保守的、これは正しい。

 ──俺も青潟大学の英文科に推薦で切られたら生きていけないもんな。公立の奴みたいに受験勉強なんて全然してないし。関崎はどうするつもりなのかな。やはりあいつは青潟大学へ進学するつもりだろうな。俺の知る限り、成績や学校内のとてつもない問題を起こした奴以外はすんなり進学させてもらっているような気がするんだけど。

 羽飛は、美里は、こずえは、みんなどの学部に行くつもりなんだろう。

 ──杉本は?

 ドロップアウトではないけれど、すでに高校進学を閉ざされた杉本梨南のことを想う。

 成績優秀、学年一の才媛であっても学校の価値観にそぐわなければあっさり切り捨てるのが青潟大学附属の文化でもある。


 どちらにしても母とは明日のゆかたざらいについて打ち合わせをするつもりではいた。

 いつも通りの内容とは聞いていたし、せいぜいバックの背景を運んだり片付けたりする程度だろう。プログラムを見た感じだと、あまり大がかりなものを用意する必要はなさそうだ。夕方過ぎ、母の声で、

「上総、そろそろご飯だから席について」

 と呼び出しがかかるのを待ち、食堂へ向かった。相当ご機嫌よろしいようで一安心だ。

 テーブルに着くと、白い和紙のランチョンマットの上にお吸い物、伏せられた茶碗、箸置きの上にちょこんと先を載せた橋、たくあん、かつおのたたき、などなど夏らしい料理がずらりと並んでいた。品目は少ないがそれなりにおなか一杯になりそうな量ではある。

 自分でカップに牛乳を注ぎ、自分の席に座る。

「久々に刺身にしたくなったのよ」

 聞いていないのに母が一方的に続ける。

「疲れているのかしらね」

「疲れているんだったらもっと肉とかそういったもの食べたほうがいいのに」

「男と女とは違うの。覚えておきなさい」 

 言いながら母は、冷蔵庫から赤ワインを取り出した。

「せっかくだし、今夜は飲むことにするわ」

「あれ、うちにあったっけ」

「持ってきたのよ。昨日、いただいたのだけど。もちろん上総、あんたにはまだ早いわよ」

 ──一生飲むことないって分かってるけどさ。

 酒が一滴も受け付けない体質だということを、中学入学の段階で思い知っている上総にはちっともうらやましくなんてなかった。勝手に夫婦で飲めばいい。


 父も今日は一日中書斎に篭ってなにやら書きものに専念していたらしい。今度は呼びにいかなくても自分から顔を出してきた。

「今夜もまた、豪勢だな。かつおの叩きか」

「そう、いいのがスーパーに安く入っていて、思わず衝動買いしちゃったわよ」

「見る目があるね」

 またさりげなく褒め言葉。男同士の視線だといかに父が母の歓心を引くために努力しているかがよくわかる。母もまんざらではなさそうなのだが、なかなかなびかないのはなんでだろうか。とにかく腹も空いたことだしさっさと食べたい。おひつに入ったご飯を父の分から盛り付けようとするが、制された。

「沙名子さん、ご飯盛ってもらえるとうれしいなあ」

「上総にやってもらいなさいよ」

「味が違うんだ。こればかりは僕のわがままで申し訳ないんだけど、いいかな」

 てっきり「何男尊女卑なこと言ってるの!」とか怒鳴りそうなものだったが、意外にも母はあっさりと、

「今だけよ」

 そっと、真っ白い手でしゃもじを手に取った。相変わらず手入れされた長い指先だった。父が楽しげにその動きを眺めている。

 ──さっさと再婚してしまえばいいのに。


 取り立てて何が、というわけではないがそれなりに会話も弾み、さっさと後片付けに入った。さすがに夫婦団欒の時を邪魔する気にはなれず、洗物は上総が請け負うことにした。ふたりのんびりとソファーに並んで語らっている。社会問題やら政治問題やら、またいつものようにのんきなことばかりだった。上総からしたら自分の進学やら成績やらをあげつらわれるよりはましなので、そのまま聞き流しておく。

 ──明日はこの雨上がるよな。

 洗剤をスポンジにつけ直し、油もの皿に取り掛かる。

 ──明日は屋内だからいいとして、あさってはどうしようか。清坂氏も図書館か、もしくはどこか外でとか話していたけど。天気が悪いと図書館も混むだろうし。

 今日のごろごろでだいたい最終的な構想はまとまった。この点だけは母に感謝だ。あとで羽飛と美里に、結洲市と青潟市を比較する形で語ってみようと考えている。ただしそれがふたりに共感してもらえるかどうかはわからない。こういう考え、とだけでもまとめておけば、自由研究としての体はなされるだろうから、それで許してもらいたい。それさえ終わればあとは数学宿題の回答をコピーさせてもらって終了。なんと夏休み一週間前に宿題が完成するという素晴らしい結末。笑うしかない。

 ──これも青大附属のつながりあってこそだよな。

 思わずひとりで頷いてしまう。天羽たちが訴える通り、外部連中にさんざんお株を取られているとはいえ、こういった協力体制は内部上がり同士だから通じるもの。せっかく三年間の蓄積があるのだからこういうところは先んじたい。このあたり、今度関崎に会った時にでもさりげなく力説してやろうか。


「あ、上総。言い忘れてたんだけど、いいかしら。明日のゆかたざらいのことなんだけど」

 何でもないかのように母が呼びかけてきた。

「プログラムの中なんだけど、一番、間に入ることになったから、それだけ覚えておいてちょうだい。『松の緑』なんだけど」

「だったら金屏風出すだけだろ」

「それだけわかってればいいのよ」

 『松の緑』はご祝儀ものの比較的短い演目だ。出演予定にない人が途中でプログラムに追加されることはよくあることだった。

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