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その十  高校一年夏休み・立村上総の元評議三羽烏とじゃれあう日々(10)

 火付け役は天羽。カメラマンは難波、更科と一緒に上総は手元にある花火を一本ずつ引き出して、普通にろうそく経由で点火した。

「ほらほら、お前ら、もっと花火をこっち向けろ」

「いやそんなことしたらあぶないよ」

「黙ってろ、絵にならないっていってるだろ!」

 相変わらず頭から煙をもうもうと立てている難波に逆らうことなく、上総は花火の噴き出す先をカメラの三脚に向けた。もちろん近づけない。カメラでなんとかしてくれるだろう。

「あのさあホームズ、悪いけど次は大物だよ」

「ロケットか」

「いや、ねずみ花火」

 更科がねずみ花火の塊を手に取り、天羽に渡す。手馴れたしぐさで天羽は花火を持ったまま火をつけてすぐに足元へ放り投げた。

「ねずみってんだからもう少し走れって感じだよなあ……。ん? これ結構来るぞ。おいおい、足元まで走ってるぞ」

 大げさに盛り立ててはみるものの、ねずみ花火とは名ばかりの、ほんの少しくるりんと回るだけの期待はずれもの。あきらめず、残りの花火も全部取り出して、

「そいじゃあやっぱ、場所広いとこで複数走らせるってのはどうだ? おい立村、お前少し離れて火、つけろ。更科は反対側。そうそうそんくらいがよろしよ。んで俺がここ。正三角形、同時に火をつけるってことにするか。んで、難波、お前が撮る」

「つべこべ言ってないで早くつけろ! 俺も集中力なくなっちまうだろう!」

 それぞれ順番にマッチで火をつけて、すぐに手放す。場所を少し広げたせいか、ねずみ花火はちょろちょろと足元を回りつつ、黄金色の火花を散らした。時々赤や緑も混じっているようだったがあっという間に終わる。果たしてカメラマン難波がどこまでしっかり撮影できたかは微妙なところでもある。

「まだあるかな、よーし、次は三人整列してみっか。難波、なんでもいいからポーズのリクエストなんでもよこせよ。ここには青大附中の誇る元評議委員メンバーがそろってるんだからな。モデル代高いぞ」

「ただでも釣りが来るだろが。脳天気なこと言ってないで早く、火をつけろ!」

 天羽と難波のかけあいに笑いながら、渡された花火を軽く手元で回してみた。大回しすると飛び火が怖いのである程度ルールは守る。別のグループのように花火を複数持って振り回したり、ねずみ花火らしきものを魔球のごとく放り投げたりとこれはまずいんでないかといわれそうなことは、しないことにしている。しなくたって十分騒いでいられる。

「さーてと、次はそろそろロケット花火といくか!」

 遠くでは爆竹の音も響く。後ろの車道にはバイクの軍団も現れつつある。暗闇の中、比較的おとなしく花火で盛り上がってはいたけれども、そろそろフィナーレに向かう必要があるのではとなんとなく感じていた。天羽もそれに気づかないわけがないとも、

「天羽、じゃあ四本とも一気に火をつけるか。どうせ音がでかいだけだろうがな」

「まとめて打ち上げるのもまあいいよな。円陣組むか。少し離れて丸く置こうか。そいで、それぞれが火をつけて、真ん中に集まって、打ち上げられる花火を眺める。乙だねえ」

 半径一メートル程度の話を描き、十字になるようにロケット花火を置く。難波に馬鹿にされたとおりしょせんスーパーの花火セットで買ったものだから期待はしていない。少しだけ火花が派手に噴き出して終わりだろう。

 天羽の指示通り、四人それぞれ自分の分となるロケット花火の先にろうそくで火をつけ、すぐに中心へ集まった。背を互いに向け合う格好になる。火の付いたろうそくをすぐ吹き消した。蝋の焦げた匂いがする。


 笛を思わせる音が甲高く鳴り、同時に火花を天へ吐き出す筒それぞれ。

 それほど高いわけではない。出の悪い噴水のようにも見える。

「なんかな、こうやってみると、寂しいねえ」

 しみじみと天羽がつぶやく。けらけら笑うのは更科だった。

「これでも小学生の頃は怖かったんだよ。今じゃこうだけど」

「次回はもうちっと派手なのでやろう。全然絵にならねえじゃねえか」

「悪かったな。どうせ近所のスーパーで買った代物だよ」

 互いに言葉をぶつけ合って、しばらくやりあう。最大二十センチ程度伸びた火花では満足できなかったのだろう。難波はしばらくひとりでぶつくさつぶやいていた。今夜一番の被害者と自覚している上総は、難波に言い返した。

「そんなに花火が気に入らないんだったどっかの花火大会観にいけばいいのに。何が気に入らないのかわかんないけど、何八つ当たりしてるんだよ」

「誰もそんなこと言ってねえだろが。お前がひとりとろとろしてるから教えてやっただけだろ」

「何がとろとろだよ、失礼だな」

 一瞬、別の意味で火花が立ちそうになるところを割って入るのは更科だった。

「ほらほら、ホームズも立村もそうかっかするなよ。それよか、疲れたからさ、なんか飲もうよ」

「おおそうだ、アイスクリーム待ってればよかったなあ。ほら、行くぞ行くぞ。腹空いたら人間いらつくもんだし、さ、行こ? 立村ちゃーん」

 更科は難波に、天羽は上総に、それぞれひっつく。押し戻されるようにレジャーシートに連れていかれた。それぞれ気まずさもそれなりにある。自分の分のウーロン茶を更科が持って来たアイスボックスから取り出して半分飲んだ。

「まあなんだ、この四人で馬鹿やんのが一番気楽だわなあ。どう思いますかい、更科の坊ちゃん」

 波の音が聞こえる中、天羽がシートに寝そべりながら更科に問う。穏やかに答える更科。

「ほんとほんと。やっぱりこういう花火は女子混ぜちゃだめだよね」

「同意」

「別に、どうでもいいけど」

 上総も別にひねて答えたわけではなかった。青大附中評議委員会でたまたま同期だった四人とのつながりが深いことは言葉に出さなくても分かりきっていることだった。その一方で、上総の離れたところでさらに強い絆をこしらえているように見えるのが、どことなく違和感あるだけだった。

「しかもこの四人だと、夜の海辺にかわいい女子をナンパしようと考える奴が誰一人、いないと、そういう健全な集まりでもある。ま、女子には互いに飢えてねえから言えることかもなあ。どうっすか、更科」

「そうだね、何が楽しいって感じだよね。手元で間に合うことを何故またって感じだし」

 難波はそれには答えず、カメラと三脚の片付けに入っていた。

「こういうのどかな気分がいつのまにか、なんででしょうねえ、うちのがっこにはだんだん少なくなってきたんでしょうねえ」

「そうそう、それは思う」

 太鼓もち更科の本領発揮、難波もつぶやいている。

「なんか、間違ってるよな」

 上総は何も答えなかった。膝を抱えたまま、夜の海辺と爆竹の音を聞いていた。


 ──思えば、中学一年の頃からずれていたのかもしれないな。

 更科のことからしてもそうだ。難波が言う通りとっくの昔に知っていても不思議ではない話だったはずだ。それを今までずっと知らずにいた。理由はひとつ、一年時はひたすら本条先輩にべったりだったから。二年に入ってからは少しずつ距離を縮めていったとはいえ、スタートダッシュの段階での違いというものは、今からだとなかなか難しいものがあるのかもしれない。その一方で、接近して縮めようとも思わない。更科をとっ捕まえて、年上女性のよさについて熱く語ってもらおうとも思わない。

 ただ、この場にいさせてほしいだけだった。共感なんかしなくていい、二学期に入ってからの天羽たちと同じ価値観をもてないかもしれない。ただ今だけは、こうやって、言いたいこと言えてやりたいことやれて、むかつくことも平気でぶつけ合えるこの四人で、夜をもう少しともにしたかった。


「立村、お前手つけてねえだろ、食えよ」

 難波がスナック菓子を押し付けてきた。更科も誘う。

「そうだよ、食べておかないと後片付けで面倒だからさ。一緒に片付けちゃおう」

「そうだね」

 ポテトチップスの袋に手を突っ込みながら、上総はそれでも言葉を控えていた。これ以上何かを口にしたら、三年間の記憶も霧散してしまいそうだったから。

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