その十 高校一年夏休み・立村上総の元評議三羽烏とじゃれあう日々(7)
あまり突っ込んではいけないような内容というのは上総も把握した。とりあえずは黙ってウーロン茶を飲みつつ、今夜の予定に話を逸らすことにした。
「更科は六時半か」
「さっきも言ったろ。駐車場に直接車置いてくるから現地集合だってな」
難波が機嫌悪そうにつぶやく。
「それまで時間つぶしってわけか。まだ一時間くらい間があるね」
時計を覗き込む。周囲の中高生たちは誰も腰を浮かす気配がない。長居上等、やたらとクーラーが強く感じるが気のせいだろう。ウーロン茶を切らさないようにする。
「せっかくうちのがっこ連中がだあれもいないんだ、少しはまじな話したっていいだろ、学校近辺ではしゃべれねえ話をちょいとな」
天羽が場を取り持つ。
「いいけど、どんな話?」
「二学期以降の、戦略だよ旦那、そりゃー当然! ほら難波、立村にもうちっと話しとけ。うっかりこいつに情報回ってねえなんてことになったら、本番中ことだからな」
じわり、また冷気がうなじに刺さる。難波も頷いた。
「それもそうだ。立村ちゃんと聞けよ。これからが本番なんだからな」
「わかったよ、それで具体的には、何?」
ふたりの肩を組むようにして、にやつきながら天羽はささやいた。
「内部上がりの逆襲、はじまりはじまりってことよ」
──とうとう本気出す気なんだ、天羽たち。
気にはなっていたことだった。「外部三人組」……なんともセンスのない呼び名だが荘としか言いようがない……の快進撃に危機感を持った天羽たちがひそかに勝負の時を待っているのは気づいていた。実際何度か企画の場にも立っている。しかし「外部三人組」の代表ともいえる関崎乙彦と親しい上総としては、どうも共感できないところもある。その点は天羽らにも伝えてある。ただし、拳固でぶっ放すような勝負でもやらかさない限りは静観がベストというのが上総の判断でもある。
「まず現在入ってきている情報からいくか。外部三人組の二学期以降は、立村も知っているかもしれないが関崎が評議に、静内は評議のまま、ってとこだろ。名倉はトリオの中でも立ち位置正直よくわからんが、奈良岡ねーさんと幼馴染って話も聞いてるぞ」
「そうなんだ、初めて聞いた」
奈良岡彰子、現在医師になるための専門高校に水口と一緒に進学した、いわゆる「あんまん姫」かつ、南雲が人生において正真正銘まじめに振られた相手でもある。
「で、次なんだが。そうなると自然とA組の規律委員ポストが空く。どういうことかわかるよな、ホームズ」
「俺に聞くより立村に教えてやれ」
また難波はにこりともせず上総を見やる。しかたないので答えてやる。
「夏休みに入ってから後期規律委員のことしつこくいろんな奴に言われているけど、まだ何にも決まってないんだって。なんか巷では俺が後釜になるような話が進んでいるみたいだけど」
「なんだわかってるじゃねえの。さっすが立村ちゃん、わかったわかった。じゃあ続き行くぞ。俺たちが聞いている話では、麻生先生もお前をなんとかしてどっかの委員に押し込みたいと思ってるらしい。藤沖が応援団に燃え上がっている以上クラスにそれほど関わるとは思えねえ。じゃあどうするってことでかつての評議委員長をひっぱり出すチャンスってことになる」
「言われたら受けるかもしれないけど、自分から何かする気は全然ないよ。俺は人ひっぱる能力全然ないってこと、お前らが一番知ってるだろ」
「ああそうだな、引っ張るって意味ではな」
またいらっとくることを難波がつぶやく。
「お前が規律委員に入ることでのメリットは、むしろ俺たちにあるんだ」
「難波? 天羽? なんで?」
問い返すと天羽も難波に親指立てて「GOOD!」のサインを送る。
「理由その一、A組は三年間クラス替えがない。B・C・D組は来年になったらおさらばだ。どういうトッピングになるんだかかわからんがまた一からやり直しだ。場合によってはまた俺たちと同じパターンでせっかく続けられた委員会に続けて関われなくなっちまう可能性もあるというわけだ。そのくらいわかるな、立村?」
「ああ、だいたい」
難波がめがねをついと上げる。
「そういう状態で、もし立村がこのまま規律に張り付いてくれればたとえメンバーが入れ替わったとしても要がしっかりした状態で持っていける。たまたま選ばれただけでひょっこり入ってきた奴が一人か二人いても、お前は半年間リードしているわけだし他の連中とも連絡とっておけばまたうまくいく」
「そういうものかな」
「理由その荷、もし立村が規律に入ったら、南雲は確実に喜ぶだろ」
──確かに。
南雲と東堂に両手で迎え入れられそうな気は確かにする。
「今のところ南雲が来年規律委員長に上がるのは確実と言われている。どこの組に振り分けられたとしてもそれは確定だろ。あいつの人気じゃあな。さらに青大附中時代の実績もある。『青大附中ファッションブック』を季刊誌で本格化させたのはあいつの功績だ」
「でもまだ一年だし先のことは」
上総が言いかけると天羽が「黙ってろ」とばかりに手で押さえるようなしぐさをする。
「立村がいきなり入っても南雲がいればバックは完璧だ。そして理由その三なんだが、さすがにこの辺は分かるだろ?」
「わからない」
一言で断つ。難波があきれはてたかのように肩をすくめる。
「しょうがねえ。じゃあ聞いてろ。お前B組の規律が清坂だってことは忘れてねえだろな」
「知ってるよ、十分に」
「だったら、東堂と清坂がかなり険悪だってこともよっく知ってるな」
「双方から聞かされてる。大変だよな」
難波は鼻を鳴らし、上目遣いで言い放った。
「いまだに仲良しこよしやっているお前なら、B組規律委員同士の関係を保つためのクッション代わりになると、そういうことになる。立村が清坂をうまく機嫌取っていけば、男子規律連中はみな平和、ハッピーエンドとそういうわけだ」
──なんだか安易な発想してるな。
本当はそのくらい言い返してやりたいところだった。あえて黙っていたのは、
──けど、清坂氏の話し相手になる程度だったら、俺にも出来るかもしれない。
ちらりと心によぎったものがあるからにすぎない。
「まあまあ、難波も演説ご苦労さん。俺も概ね同意。とにかく立村がどんな形でもいいから委員会に戻ってもらえれば、これから先俺たちの計画もすっげえスムーズにいくってわけなのよん、わかるよねえ」
「よくわからないけどさ。ただ、頼むから関崎たちにへたな挑発するのはやめろよ。別に『外部三人組』っとか言ったってそれは俺たち附属上がりの人間が勝手に呼び習わしていることなんだからな。天羽の目的はむしろ、外部のみなさんばかりをひいきしないで、たまには附属上がりのことも評価しろって訴えることだけだろ? こればかりはどうしようもないって。俺には人のこと言えないし成績だってお世辞にもいいとは言えないけど」
「そうよ、そこそこ、立村ちゃーん」
何がぴんと来たのか、いきなり天羽が甘ったるい声を上げた。
「夏休みが終わったら自由研究提出だろ? 自由研究は今回グループで好きなこと研究するだろ? 立村は確か羽飛と清坂と一緒になんかやってるんだろ?」
「まあそれなりに」
内容には触れてこなかったのが物足りない。
「俺の集めた情報によるとだ」
難波がまた、いやみったらしい言い方で割り込んできた。
「外部三人組は、青潟の有名な石碑を熱心に分析してるんだそうだがな」
「ああ聞いた。さっき関崎とすれ違って話したよ。足を使っていろいろ調べているみたいだよ」
別に隠す必要もなさそうなので伝えておいた。
「立村、お前知らねえかもしらないがな。夏休み後自由研究を先生がたが吟味して、高く評価されたものにはなんだか褒美を取らすって噂があるんだぞ」
「ふうん、それが?」
中学でもそれなりに評価はみなしてもらっていたんじゃないかと思うが、なぜ天羽がそこまで重大そうに語るのか、上総にはつかめない。
「俺たちは青大附中時代からずーっとやりたいことを自由研究でやってきたと。ところがその三年間をすっとばして外部連中の方が高い評価受けてみろ、立場ねえだろ」
「ない、かな?」
疑問は消えない。上総も首をひねる。難波が平手でテーブルを叩いた。
「ないに決まってるだろ! ただでさえ軽く見られている今年の附属上がり連中がさらに馬鹿にされてしまうと、さあどうなる? 関崎はA組、静内はB組のそれぞれ評議委員。しかもA組となるとへたしたら三年間ポジションが変わらない。青大附属のやりたいことがとことん出来るといった校風が下手したら変わってしまう可能性がある。特に何にも知らないくせに、正義を振りかざれたりして、気がつけばってこと、お前、考えないのか?」
いくら熱く二人に語られても上総には、頷くことができなかった。
──気持ちはわかるけどさ。でも、なんだかんだ言って、外部三人組の人たち、青大附高になじんでるよ。関崎見てたら、よくわかる。




