その二 高校一年夏休み八日目・立村上総の霧島真に振り回される日々(5)
間が持たないのでテレビでも見ようかとスイッチを入れるが、
「そんなうっとおしいもの、見たくないです!」
などとヒステリックに叫ぶ霧島をもてあましていた。まだ佐賀はるみに関する想いを整理できていないのだろう。上総の知る同年代男子たちにはめったに見ない言動だった。
「わかったわかった、どうする? どっかその辺歩いて見るか?」
まだ一時になるかならないか。いったいどう子守すればいいんだか。
──本条先輩……!
すっかり地べたに座り込む形で珈琲を飲みなおす。本条先輩だったらこういう時どう対応するんだろうか。自分も相当本条先輩に迷惑かけてきた後輩だったが、ここまでみっともないところをさらけ出すことはほとんどなかったような気がする。いや、なくはないかと思わなくもないけれど。
「先輩。お伺いしたいのですが」
いきなり霧島が正座して上総に向き直る。この切り替えの早さもやはり奴の持ち味だ。
「どうした?」
「先輩は、佐賀先輩のことをどうお思いですか?」
何をいきなり言い出すのだか。あっさり答える。
「関心ないよ。俺のタイプじゃもともとないし。卒業前にいろいろトラブルもあったから、正直苦手なタイプの人だけど。ただ頭はいいよな」
かなりオブラートかけて話をしているけれど、これは霧島のショックを和らげるため。 ──あれだけ杉本にひどいことした人をさ、興味持つってこと自体不可能だろうに。
「それはわかってます。僕が伺いたいのは客観的に見て、あの方が未通かどうかということです」
「みつう?」
ぴんとこない。学校で何か新しい資格のようなものこしらえたのだろうか。
「そんなのないと思うけど、それが何か?」
真正面から目を逸らさず、霧島は言いなおした。声ももちろんまっすぐに。
「あの方は、一線を越えたかどうかということです」
──霧島、お前、今何言った?
照れも何もない。さすがに「一線を越える」の意味くらいわかる。しかし時計を見ろと言いたい。しつこいようだがまだまだ午後一時を過ぎたばかり。太陽は燦燦と照り続けている。部屋の中こそ扇風機で十分冷やされているけれども、カーテンを閉めずに話すような内容ではない。
「霧島、そんなこと俺に聞いてどうする? わかるわけないだろ。直接聞けばいいだろ本人に」
「そんなことできるわけありません!」
それはそうだ。上総はため息を吐く。霧島の対応しづらい点というのはまさにここだ。この前も部屋の中でひたすら、佐賀はるみに対しての男子特有の視点観察をばりばり演説しまくったしまくった。黙って聞いていたけれども、霧島の妄想は止まることを知らずあまりにもえげつない内容に突入した際には、さすがに止めたものだった。こりていないのかこいつは。
また端正な王子顔に戻し、霧島は背をすっと伸ばした。正座はもちろん崩さない。
「僕は一瞬たりともあの方が純潔であることを疑っておりません。しかし、周囲のおろかな女子たちからは執拗な噂を耳にしております」
「なんだよその噂って」
佐賀はるみが純潔かどうかは知ったことじゃないが、「噂」によっては確認する必要がある。影響が多分に杉本梨南へ及ぶかもしれない。これは過去の痛い経験で学んできていることだった。
「今年に入ってから、佐賀先輩のいわゆる体型がいわゆる純潔を失ったものと同様に見えるとのことでした。もちろん無責任な噂ということは承知しております。ですが、合宿で観察した限り、確かにそれらしきものは見受けられました」
面白い。詳しく聞いてやろう。促した。
「それらしきもの、って何それ。想像つかないな」
「例えばその、女性特有の部分とかでしょうか。いわゆる丸みを帯びた部分などが、限りなくふくよかになられたとか、などなどです」
「お前そんなのよく観察してるな」
あまりにも他愛無い。結局そこに行き着く。この前も霧島は佐賀の上半身下半身について華美なまでの形容詞でもって褒め称えていたのだが、それに「純潔の有無」という古臭いテーマが入るとまた別のものになるらしい。上総からしたら悪いがそんなことで見分けられるほどちゃちなものではないと思う。第一、こいつが蛇蝎のごとく嫌っている渋谷名美子だって上総の目から見たらさほど肉感的には見えない。それでも彼女はあの藤沖と……いや、考えてはならない。忘れたいこと引っ張り出してはならない。
「あのさ、霧島。もしかしてその風呂あがりの会話でそういうところ観察して、お前が勝手に決め付けているだけなんじゃないのかな。俺も女子とそう深く付き合ったことないからわからないけど、体質にもよるしさ。そんなのわからないよ。お前が佐賀さんのことまじめな人だと思っているんだったらきっとそうに違いないし、そう考えておけばいいのに。そんなに重要なことなのか?」
「当たり前です!」
ヒステリックにまた叫ぶ霧島。また始まったよ、ほんとそう思う。上総は立ち上がり、クッキーの箱を探しに行くことにした。もちろん、地下室だ。
──そんな胸の大きさとかなんかで判断されたらたまったものじゃないよな。どうするんだよ杉本とか。
無意識に浮かび上がった名前に足がすくむ。すぐに地下へ降り冷蔵庫を開ける。クッキーが入っているわけではない。顔に冷気を当てて一呼吸した。よくよく覗き込むと凍りついたシュークリームの包みが入っている。母がこの前遊びに来たときあまったものを押し込んでくれたのだろう。シュークリームは凍りついたものをそのままかじるものおいしいし、これにしょう。
ビニール袋から四個取り出し、冷蔵庫のふたの上に載せる。なに、すぐに溶けたりしない。
──あいつどうしてそんなに佐賀さんに拘るんだろうな。真剣に好きでならないのは見ていてよくわかるけど、妄想しすぎだぞ。さっきの新井林浮気疑惑にしろ、経験者かどうかとか。そんなことばっかり考えて生徒会副会長の仕事しているなんて、あいつに熱上げている女子たち知ったら立ち直れなくなるような気、するけどな。
もちろん、上総も女子のいわゆる独特の体型に関心がないとは口が裂けても言えない。霧島に気づかれるわけにはいかないが、杉本梨南と会うときどうしても特定の部分に目がいくことを認めないわけにはいかない。こちらでも努力はしているのだ。できる限り本人目を見て話すようにしているし、顔以外には視線を向けないようにしている。
ただ、頼むからその部分を揺らすようなしぐさは避けてほしいと切に願っている。
古川こずえの意見によれば、
「たぶんブラが小さすぎて入りきらないのよ。必然的にノーブラにせざるを得ないみたいねえ。杉本さんのお母さん、そういうことにあまり気遣いないみたいなのよね。今度私、あの子をスーパーに連れてって、サイズぴったりのもの選んでくるから。そうしたらあんたもそう目を泳がせて鼻血こらえないですむでしょ」
とか。もっとも杉本自身はその胸のふくよかさを意識するどころか単純な「贅肉の一種」として認識しているだけのようだ。ある時「こういう贅肉がお好きでしたら、いくらでも触らせてあげますがそんなに気持ちよいものなのですか」と真顔で言われてしまった。さらに言うなら、
──向こうからああいうことするからだよ、ったく。
杉本自身から「ごほうびの一環」として、羽飛や美里が並んでいる前で片手を取り、ぎゅっと胸に押し付けられた瞬間がいまだにありあり蘇る。三年前のこととはどうしても思えない。
──俺が自分でしたことじゃないんだから、あれは、事故というか、杉本の感謝というか、挨拶の一種なんだから、何もやましいことじゃないんだ。だから。
身体がほてってくるようだ。すぐにビニール袋をぶら下げて居間へと急いだ。
シュークリームをそのままがりがりかじりながら、霧島は女子の純潔に関しての持論を一くさりはじめだした。
「僕は古風な人間と呼ばれるかもしれませんが、女子にはそれなりの常識とたしなみが必要だと感じております。うちの姉のように、やさしくされればすぐ擦り寄って下着を下ろすようなことを、破廉恥といわずになんと申しましょうか。佐賀先輩のように美しくさら誇りを持ち教師を含む男子たちの前でもしとやかに振る舞い、そして強引な行為にはきちんと拒否をなさるその姿勢。それが本来女子たちのあるべき姿ではないでしょうか」
──相当、お姉さんのことが堪えているんだな。
霧島の小学校時代の事情を想像すれば、そう思わざるを得ない。
「ですがご存知の通り、青大附中の男女交際は乱れる一方です! 僕は決して男女交際を否定するわけではなく、中学生らしいものであれば互いを高めあうために必要なのではと考えています。校則で禁止するなんてもってのほかでしょう。しかし、その一線を越えてはいけないものがあるはずです。先輩、お分かりでしょうが、中学で交際した男女のどのくらいがそのまま結婚に行き着くでありましょうか?」
「結婚? ほとんどいないだろ。いたとしたら高校、大学とそのまま順調に進んでというパターンかもしれないけど」
中学の段階でばたばたしてしまうのだから、高校で続くとは思えない。ただ、霧島のロマンチズムも上総は共感できないわけでは、決してない。
「そうですね。つまり中学の男女交際とは、先のないものです。結婚というゴールが存在しないものです。もしその段階でですよ? いわゆる接吻や抱擁、そして一線を越えるなどした場合、次回付き合った相手はどういう思いをなさるか想像がつきますか? 立村先輩?」
「まあ、確かに、複雑だろうな」
「当たり前です! 先輩、たとえば結婚指輪をふつう、質屋で購入するとお思いですか?」
「事情にもよるかもしれないけど、普通はしないかもな」
「当然ではないですか! 僕も呉服屋の端くれなのでさらに申し上げますが、一般的にお宮参りの際は着物を新調するのが普通です。成人式、謝恩会、もちろんそのような時も本来であればご自身のために作っていただきたいのですがご事情もあるでしょうからしかたないこともあります。しかし、お宮参りの際だけは別です。お宮参りで借り物を使うと、将来その子どもはずっと着るものを借り物で済ませねばならないといわれているのです」
「それとこれとはかなり話が違うと思うんだけどさ、霧島。子ども育てるのってすごくお金かかると思うから節約する人もいると思うしさ。お宮参り自体を無駄なものと考える人もいるし、ほんと人それぞれだよ」
修正を賭けてみるが無駄だった。
「いえ、僕が申し上げたいのは、結婚という第一段階において、レンタルや古着をまとうべきではないということです。衣装は借り物、それでもかまいません。ですが、その花嫁に当たる方は決して他人の手がついたものであってはならないのです。相手に古着を渡すなんて、失礼にあたると思いませんか?」
「ごめん、頭の中が混乱してるんだが、霧島」
上総は一言でまとめることに成功した。
「女性は『純潔』なままで結婚すべきと言いたいんだろ?」
鼻でふふっと笑い、霧島は
「当然です」
そう言い放った。
「それなら男はどうなんだろう? やはり全く経験なしで結婚すべきなのかな」
当然頭の中には、本条先輩の姿あり。
「いいえ、昔は男性の筆卸を行う機関として吉原を代表とする色町が存在しました。現在合法的なものはありませんが、男性は義務としてそのことを学ぶ必要があります」
「お前そういうの、誰から習った?」
「父です」
霧島は短く答えた。
──こいつ、女子に勝手な純潔妄想繰り広げているけど、現実見たらどうなるんだろうな。古川さんとしょっちゅう話、しているはずなのに全然感じてないのかな。
古川こずえが「第三の弟」……第一は実の弟、第二は上総としているようだ……と呼び習わしている霧島に、強烈な色事指南を行っていないとはまず思えない。それでいてこのかたくなな考え方、もし他の女子たちにばれたら総すかん買うのは目に見えている。
もちろん上総も、全く共感できないわけではない。正直、経験済みの女子と初めての夜なんて迎えたら、自分でもどうしていいかわからないんじゃないかと思う。こういっては何だが、いわゆる「比較対照」されそうで怖い、というところもある。いやいやもっと言おうか。手の握り方、口づけの仕方、すべてにおいて比較対照される関係というのは、ものすごく緊張感がありそうだ。上総には未知すぎる。
──友だちになるのだって、大変なことなのにそれ以上どうやってって。
中学入学の時だってそうだ。羽飛や美里と仲良くおしゃべりしている時も、
──きっと俺より楽しく話せる奴いるんだろうな。つまんないだろうな。
とかいつも思っていたし、本条先輩の側にくっついている時も、
──俺より天羽の方が仕事できるし信頼できるしって思っているんだろうな。
いつもびくびく比較されることにおびえていた。美里に対しては、
──どうせ羽飛だろ? どうして俺なんかと付き合ってくれるんだろう?
これである。
「霧島、俺もあまり詳しいこと言える立場じゃないけど、人によってやはりいろいろ事情があるとは思うんだ。本人が望んでなくて、その、いわゆる、そういうことになってしまった人もいるだろうし、それをひっくるめてしまうのはまずいと思うよ。それに、中学時代は悪いことしていたかもしれないけど、高校時代に反省してまっすぐに生きようとした人だっているだろうし。人さまざまだよ。もし純潔じゃなくても、その人なりの生き様があると思うし」
「それなら立村先輩、お聞きしますが」
つんと澄ました狐顔、霧島は問いかけてきた。
「杉本先輩がもし、いわゆる純潔でなかったらどうなさいますか?」
一瞬、真顔になってしまった。しくじった。
「ああ、それありえないから。絶対に大丈夫。お前も知っての通り、杉本は青大附中全校男子に嫌われているから、そんなこと考えている奴いないよ」
「それは存じてますが」
霧島はさらに推し進めてきた。
「先輩、ご存知でしょうか。杉本先輩の体型をもとに、妄想している男子たちがたくさんいることを」
「妄想している?」
すぐに把握できない。じっと見返した。霧島の頬に笑みが浮かんでいる。
「顔がなくても胸があれば、それなりにすることも出てくるでしょう」
──なんだと、それ。それなりにすること、それって。
言葉が出てこない。熱が出てきたような重さ、手の平に汗をかいているのがわかる。
そのくせ肩から下が冷えてくる。震えてくる。
霧島の冷静沈着な説明は続く。
「同級生たちからの会話です。もちろん杉本先輩の評判が著しく悪いのは存じているようですが、身体のつくりについては全く関係のないことのようです。またあの馬鹿な女子のとばっちりを受けてしまわれたので大変不名誉な噂までございます。それらもひっくるめて、みなは杉本先輩のことをある種のおもちゃのようにして眺めているようです。僕も男子の端くれゆえ、その話題をちらりと耳にしたことがあります」
「言いたいことはだいたいわかった」
息を飲み込み、何度か深呼吸をした。手元のぬるくなった珈琲を飲み干した。そろそろ自分の分、飲み物がほしい。
「別に杉本の前で妙なことしているわけではないんだし、それはそれ、これはこれだろう」
「立村先輩、それで平気でいられますか?」
「平気?」
「そうです。僕が申し上げましたのは氷山の一角とも申します。僕が見る限り杉本先輩は立村先輩の仰る通り純白、純潔そのものでしょう。しかし、男子たちはその純白を彼らの妄想によって汚そうとしているのです。近づかないだけでしょせんすることは一緒です。そうされていることを、立村先輩はお感じなのかを知りたかったのです」
「感じるもなにも、それは」
口ごもる。霧島が上総をからかおうとしているだけなのはわかる。ただ、杉本のことをそのような対象にしている男子がいる、その事実を受け入れるのに時間がかかっている。かかりすぎるくらいだ。性格をとことん蛇蝎のごとく嫌っているくせに、女性らしいそのフォルムだけは身勝手に利用しようとする。男子の生理がどんなものだかは十分わかりすぎるくらいわかっているけれど、その対象があの杉本であることがどうしても受け入れられない。
「プライバシーに関することをなぜ口出ししなくちゃいけないんだ。お前こそどうなんだよ。もし佐賀さんが同じように扱われていたとしたら」
「それはありえません。佐賀生徒会長は天使です。汚してはならない存在として男子たちからも見守られています」
──思い込みもはなはだしいな。それでいて、もしかしたらすでに経験済みなんじゃないかって妄想してるのかよ。霧島の思考回路、俺には到底想像つかないよ。
「僕は思うのですが」
とうとう何も言い返せなかった上総をせせら笑うようにして、霧島は唇をふわりと広げた。
「明らかに性的対象にするには尊すぎる佐賀先輩が、僕に対してだけあのようなしぐさをなさったということに意味があるのではと思います」
「尊すぎる?」
──杉本は尊くないってことだな、わかったよ。
「周りの無神経な女子たちが騒ぐように佐賀先輩の姿に変化が出てきたとすれば、それは僕の存在からなるものではないかと、どうしても思えてならないのです」
「お前の? なんで? だって何もしてないんだろ?」
新井林の効果ということは考えないのだろうか?
「つまり、今まで新井林先輩の存在がありながらその誘惑すべきオーラが一切出てこなかったにもかかわらず、生徒会に携わるようになってからどんどん変わってこられたということであれば、それは僕に特別な想いを感じてくれているからではないかと、そんな気がしたのです」
「特別な想いって、つまり、お前のことを佐賀さんが、か」
照れることもなく堂々と「はい」と言い切る霧島。
「もちろん僕は彼女が穢れなき存在かを直接確認することはできません。ですから立村先輩に第三者の目でご意見を請いました。ですが、お話しているうちにそれは、彼女の心からくる想いから伝わってきたものではないかと感じたのです。つまり、純潔はもちろん守られていたとしても、その心の中にある一途な想いによって体型にも影響が出てくるとか、その気持ちが向けられている相手の前であればそのような姿に変わるようなものがあるのではとか、そういうことです」
──カメレオンかよいったい……!
「何度も申し上げますが、男子の間では杉本先輩のように欲望解消の対象として見られてない方です。だからこそ、その美しいオーラが僕に伝わってくるのは答えはひとつ、僕をそのような存在として認めているからではないでしょうか。立村先輩、どうご判断なさいますか?」
霧島の瞳には何が映っているのだろうか。
輝くばかりの天使、佐賀はるみなのか。
「ごめん、霧島。俺はそういう問題が苦手なんだ。たぶん霧島がそう感じるんだったらある程度は事実かもしれないけど、ただ佐賀さんは現在、新井林と付き合っているんだよな。別に別れたわけじゃないだろ?」
「ですが、ああいった噂が存在することも事実です」
「そうかもしれないけど、新井林と付き合っているのって入学前からだろ? 三年も経っているんだし、さらに言うなら幼馴染だよあのふたり。俺が思うに、むしろあのふたりそろそろ何かがあっても不思議はないんじゃないかなって気がする。ふたりきりになる機会もそれなりだろうし、互いの両親公認だし」
すべて杉本情報である。
「いえ、佐賀先輩は不実な相手を受け入れることはありません! 中学生らしい付き合いを正しいとして、ずっと新井林先輩とも清らかな交際を続けてこられたそうです」
「まあ、それは当然だけどさ。一応は中学生なんだし」
ジュースが切れた。今度は麦茶にする。上総は台所に立った。
──霧島をこれだけ舞い上がらせるのって、何か目的あるのかな?
ずっと気にかかる。思わせぶりなことをささやかれ、しかも独特の色っぽいムードを振りまいたという。上総からしたらそのイメージが全く湧かないのだが、片思いを覚悟していた霧島にとってはまさに媚薬だったのだろう。恋は盲目、とはまさにこのこと。周りの冷ややかな声もすでに入らない。もちろん霧島の甘ったれぶりは上総の前でしか解放されないはずなので、外にはばれていない可能性も高い。
ただしかし。上総は冷えた麦茶ポットを取り出した。
──副会長としてよくやってくれる、ありがとう程度ならいいけどな。それにもしも、佐賀さんがその一線超えているとしたら、もしかしてあいつかもしれないし。そのあたりのややこしい事情、まさかと思うけど霧島が気づいているとは思えないしな。
新しいグラスを用意し、お盆に載せる。決めた。
──あいつが帰ったら杉本に連絡入れよう。