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その二 高校一年夏休み八日目・立村上総の霧島真に振り回される日々(4)

みどり色の四季だより 高校編


立村上総の霧島真に振り回される日々 (4)


 上総が黙り込むのをしばらく霧島はおもしろげに眺めていた。アイス珈琲がまだ残っている。氷が溶けてどんどん薄くなっていくのが色を見るだけでわかる。

 ──青潟から約百キロか。

 当然、汽車を使わねばたどり着けない場所だろう。最寄の駅はどのあたりだろう。地図の中から、黒い太線を探してみる。指でなぞると、

「里美那駅から徒歩一時間、バスで三十分と聞きました」

「よく調べたな」

「常識ですから」

 礼を言う余裕も実はない。上総はしばらくぬるい珈琲をなめながら、地図の赤点を指で押さえてみた。親指で押して、小指で空を切ってみる。青潟の文字が載っていない以上届かない。

「でもまあ、まだこれ、推測だろ?」

「そうですが、時間の問題でしょう。出所を考えるとあいまいではあります」

「姉さんからか」

「ご想像通り」

 これ以上霧島の姉についてしつこく聞くと、例のごとく一方的な姉罵倒演説が始まる。人の悪口を聞かされるのはできれば今は避けたい。エネルギーが持たない。それ以前に床にどんどん力が流れ落ちていきそうだ。

「飲み物足りるか?」

「できればもっと」

 遠慮という言葉を、霧島は反物の山に押し込んでここに来たらしい。もうしょうがない。上総は地下室に下りた。確か手付かずのぶどうジュースが贈答品の中にあったはずだ。飲みきってやろう。


 くすんだにおいと、めっきり冷えたコンクリート張りの地下。

 上総の家は平屋だが、車庫だけが地下に設置されている。その関係で二部屋ほど余裕があり、一応は移住スペースとして利用できる状態となっている。もっともそこで寝ることは全くなくあくまでも倉庫の利用のみだ。

 半畳ほどの冷蔵庫を開いて、お目当てのぶどうジュースを取り出す。また霧島がメモし出すだろう。母が言うにはかなりの名店とのことだ。冷蔵庫のふたを閉めてから一度ジュースの底をその上に載せる。

 ──青潟市外の学校か。

 なずな女学院。全く聞いたことのない学校名。

 ──あんな山の中に学校があるのかよ。

 ジュースの瓶を両手で握り締めて見る。手のひらが冷えていく。心地いい。

 ──女子高だよな。学校のレベルどのくらいなんだろう。普通科なんだろうか。それとも女子向けの学部なんだろうか。どんな制服なんだろう。そもそもその学校ってきちんとした学校法人なのかな。塾とかそういうところの間違いなんじゃないか? 話の出所が霧島さんということだと、どうなんだろう噂話どまりのような気もするしな。杉本もそんな話があったらもっと早く俺に話すよな。

 ここまで考えて気づいた。

 ──夏休み始まってから、まだ杉本と話、してないよな。

 一週間あれば十分、進学の話が進むだけの余裕があるはずだ。

 上総はジュースを抱え部屋に戻ることにした。ひんやりした地下から玄関に出るともわりとした空気が身体にまとわりつく。暑くても、この瞬間はほっとくつろげる。


「先輩。遅かったですね」

「いいジュースがあったからさ、これ飲もうか」

「アルコールですか?」

「そんなわけないだろう。昼間だし、それ以前に未成年だろ」

 冗談めかして答え、すっかり空になったグラスを台所に下げた。手伝ってもらおうなんて思っていない。すぐに洗ってコルク抜きごと持って言った。コルクタイプなので見た感じ、ワインにも見える。

「先輩、ワインと間違えてませんか」

「それ心配だったんで確認したよ。ほら、ラベル、百パーセントぶどうって書いてある」

「残念ですね」

 霧島は上総からコルク抜きを受け取ると、すぐに指して引っこ抜いた。

「先輩が酔っ払うところ、見てみたかったのですが」

 ──こいつ、完全に頭の中のコルク抜いてここに来てるな。


 飲んでみてやっぱりジュースだと確認し、まずは一息ついた。まだ昼過ぎ、静かなまま。もともとテレビは一切つけずに過ごすのが日常だった。ただ霧島も客人だし聞いてはみた。

「何か見たい番組ある?」

「いいえ、テレビを見るのが惜しいので。時間がもったいないですし、本日はお話する方がいいのでお構いなく」

 本当にいいのかわからないが、うるさいのも苦手なのでそのままにしておく。

「それはそうと、立村先輩にお伺いしたかったのですが」

「どうした?」

 話を逸らしてくれるのはありがたい。上総が答えると霧島はいきなりまじめな顔をした。

「新井林先輩について、少々気になる話を耳にしたのですが」

「新井林ってあの、三年のか」

 同姓同名なんていやしない。念のために確認しただけだ。

「当たり前です。お忘れですか」

「忘れるわけなだろう? 現評議委員長忘れるわけないだろうに。俺の立場からしても」

 さらっと流すがどうもこの言い方気にかかる。霧島の立場からしたら、現評議委員長の新井林健吾が目障りでないわけがない。特に生徒会長である佐賀はるみとの付き合い相手であることは明白。もともと佐賀への敬愛の念深い霧島が、何も考えていないわけがない。

「それで、何なんだ? その、気になる話って」

「実は先日の合宿で、佐賀先輩が新井林先輩について少し気になることをお話されたのです」

「相当気になっているみたいだな」

 口に出して言ってやった。そうでもしないと意識しないだろう。霧島は口をつぼめて、すぐに続けた。

「一泊二日も一緒にいますとやはり、いろいろ語ることも多くなります。その際に、佐賀先輩は新井林先輩がもしかしたら、他の女子を意識しているのではといった不安を口にされたのです」

「他の女子?」

 尋ね返すと、霧島はこれまた大真面目な顔で頷いた。つんと澄ましているくせに、いきなり目が潤みかけている。それを押さえているのが見え見えなのが笑えるが、笑っちゃいけない。こいつは本気で惚れているのだから。

「つまり、新井林先輩が別の女子に対してアプローチしすぎなのではと気になさってらっしゃるようです。以前からそのことについてお気づきのようでしたが、学年代わってからは特にその傾向が強まったらしいとも伺いました」

「そうなんだ、で、相手は特定できているのかな」

 別に知らなくてもいいことだけど、霧島が言いたくてうずうずしているのが見え見えなので促してみる。ごくごく飲み続けるのでもう一杯注いでやった。

「はい、実は」

 また一口ごっくり飲みこみ、

「清坂先輩らしいのです」

「まさか」

 笑いたくなる。それはない、絶対ない。

「霧島、念のため確認するけど、その清坂さんは、俺と同じ学年にいる清坂さんだろ? 間違いないだろ?」

「もちろんです!」

 もうだめだ、笑うしかない。上総は思いっきりテーブルに突っ伏して笑いこけた。

「先輩、なぜ笑うんですか! 僕を、僕を馬鹿にしてるんですか!」

「だってさ、ありえないって」

 自分でもなんでこんなに受けるんだかわからないが、まずはのどを潤す。

「以前からって言うけど、その頃清坂氏と付き合ってたの俺だよ。もし新井林がそんなにちょっかいかけていたら、俺が何も気づかないわけないだろ」

「ですが先輩、先輩は」

「そりゃ、同じ評議委員同士だったんだからさ、話はするよ。男女仲良く帰ることもあるかもしれないさ。でも、考えてみろよ。もしそういう気持ちがあれば新井林の性格上無理にでも奪い取ると思うよ。しかも当時の相手は俺ときたら、もう怖いものないしな。余裕でくどいて、ものにしてるんじゃないかな。現実はそんなことなくて、現在に至るわけだからまずありえないって」

「先輩。それ正気でおっしゃってますか?」

「もちろんだよ。それに清坂氏も、長年の付き合いだけど、好き嫌いはっきりしているから新井林のことを気に入ったら佐賀さんなんて気にせずにそっちに走るよ。その点きっぱりしているよ、あの人は。それもなかったってことは、どう考えたって佐賀さんの被害妄想なんだと思うよ」

 ここまで言い切って、霧島の顔を覗き込んでみる。ずっと気になっていたのは新井林でも佐賀でも美里でもない、こいつの面だ。


「どうした、霧島……?」

 やはりだ。

「泣いてる、のか?」

「泣いてません!」

 口をゆがめる。せっかくの端正な顔立ちが崩れていくのがよくわかる。もともと霧島は黙っていれば気品のある王子の雰囲気をたたえている。実際女子たちにちやほやされるのはその外見にあるとも言える。だが、うっかりつついてはならない部分にうっかり触れると、ぷちんと何かがはじけてぐにゃぐにゃ溶けていく。その部分がどのあたりなのか、というのは霧島と深く話すようになりだいたい検討がつくようにはなってきた。だが、まだまだわからない。恐らく、たぶん、あのあたりか。こいつの急所は。

 鼻水が今度は流れ出した。すぐテレビの上に置いてあるティッシュケースを箱ごと持っていく。レースで覆われたいかにも女性向けの雰囲気のものをそのまま膝に置いてやった。

「ほら、顔拭いて」

「なんでもないんです!」 

 無駄に意地っ張り。霧島の原点はそこにある。思えばこいつの姉・ゆいもタイプとしてはよく似ている。口に出せばさらにぶちぎれるだろうから飲み込むが。

「でも、佐賀先輩はそう仰ってました。最近は一緒に帰ることも、待っててくれることもなくなったとか、最近用もないのに高校に通いつめているとか、清坂先輩とよくふたりで歩いているとか、いろいろです。現場も見ているようです」

「で、お前は見たの?」

 問いかけてみる。

「実際、霧島は新井林と清坂氏が一緒に歩いているところ、観たことあるの?」

「いえ、ないです。でも、それは僕も例の事件で忙しかったこともあるので見逃していただけです!」

「生で観たことないんだったら、それは断言できないことだよ。もちろん佐賀さんは、その、つきあい相手だし気になることもあるかもしれないけど、新井林だって評議委員長なんだからそれなりに用事もあるはずだよ。高校に顔出しているとか言うけど、俺はあいつの顔、学校の中で見たことないな。生協とか学食ではたまに見かけるけど」

「ほんとですか」

 大きく頷いてやった。事実なのだ。やましくもなんともない。

「そうだよ。俺も清坂氏と帰る時、たまにあるけど変なことないしさ。ああそうだ、もしかしたら新井林、高校のバスケ部で何かあるんじゃないのかな。ほら、あいつ中学バスケ部のキャプテンだろ。そのところもあって自分なりに相談しにいったりとか、練習の参考にしようとしたりとか、そういうとこもあるんじゃないかな」

 なだめているのか説明しているのか、自分でも頭の中がごっちゃになってきた。今、目の前で霧島の顔はどんどん変貌を遂げていく。涙、鼻水が交じり合い、せっかく用意したティッシュも顔を拭くだけ、無駄に消費するだけ。肩をあげてしゃくりあげ始めた様には言葉を失うしかない。だがここは上総のがんばりどころでもある。何とかなだめねば。

「バスケ部についてもう少し詳しく知りたかったら、羽飛に聞いてみようか? いや、絶対お前の名前出さないから安心して。羽飛も最近部活やめたけど、もし新井林がバスケ部関係の相談に来ているだったら少しくらいは知っているかもしれないし。それにしてもなんで佐賀さん、そんなことお前に愚痴るんだろうな。俺もよく女子の事情わからないんだけど、こういうこと女子同士で相談しあうもののような気、するんだけど。なんであえて霧島になんだろう? どういう状態でそういう話になったんだ? よければ話してくれないかな」

 しゃべれば少しは落ち着くだろう。どうせささいなことを耳にして、勝手に霧島が期待を膨らませただけだろう。もともと霧島は佐賀に想いを寄せすぎて、そのために生徒会書記の女子をずたずたに傷つけて幽霊書記扱いにしてしまった前科を持つ。極端に崇拝するくせに、嫌いな相手はとことん憎む。その気持ちがわからないわけではないけれども、佐賀はるみの持つ気質と過去……上総の立場は杉本梨南びいきである以上公平とは言えないかもしれないが……を考えると、できれば、あきらめたほうがいいのではと思わずにいられない。とりあえず霧島と佐賀が恋愛沙汰でもめた時はためらうことなく霧島の味方に立つことは確実だ。

 鼻をすすり上げ、やんちゃ坊主のように手の甲で口の周りをこすり、霧島はその手で前髪をかきあげた。一度大きく深呼吸をした。

「たまたま、風呂上がりですれ違って、ロビーでお話したんです……」

「どっちが?」

「僕も、先輩も」

 なんというシュチュエーションか。顔が燃え上がったのを隠せてよかったんじゃないだろうか。その点は運がよい奴だ。

「先輩も一緒に、ジュース飲んでて、それで」

「ロビーで一休みしたんだな」

「そしたら、『霧島くんがいるから私救われてるの』とか言うし」

 涙ぐみつつも続ける霧島には悪いが、どこかふっと笑いたくなる。

「それで? 何でって聞いたのか?」

「はい、そしたら、『生徒会長になってから、周りの人たちがどんどん変わってしまって寂しい』とおっしゃいました」

 かなり無理して敬語使っている。また涙が滂沱のごとく流れる。汗なんだと見ぬ振りしてやる。

「『生徒会長になったからといって、私が変わったわけではないのに、どうしてなのかわからない』とつぶやいてらして、その後、新井林先輩もすっかり態度が変わったと」

「向こうから一方的にそういう話をしたのか?」

「はい。そうです。僕がたまたま側にいたんで、ほっとしたんだと思います」

 何か違和感ちりちりとする。話を続けさせた。

「それで、僕が具体的にどんなことを、と聞いたら、清坂先輩のことを話されたんです」

「さっきお前が話していたようなことか。一緒に帰ることが多いとか高校に通いつめることがあるとか、そんな感じで」

「いえ、それだけじゃなくて、それだけじゃないんですよ! 佐賀先輩はそれ以上言葉をにごしておられましたが、手を握り合ったとか、キスしたとか、抱き合ったとか」

「霧島、それ、いつの話? 佐賀さんそんなふたり、いつ見たとか言ってたのか?」

 申し訳ないがここまで大嘘オンパレードだと別の問題を疑わざるを得ない。

「夏休み入る直前だそうです。ショックで、口利けないくらいで、佐賀先輩、涙ぐんでました、それで、それで」

 完全に崩壊した顔の筋肉。霧島はそこまで叫ぶように言い切り、ティッシュを顔全体に覆うようにし、ソファーに顔を押し付けた。あとでソファーにかけたクッションカバーを洗わないとまずいだろう、そう思わざるを得ない激しさだった。


 そうだ。別だ、この件は。

 ──百パーセントこれは嘘だ。

 ある程度甘く見て、一学期最初の頃に新井林のアプローチがあったとする。考えづらいが、美里が上総といわゆる「付き合い相手」のつながりを解消し「親友」として切り替えた時期は確かに空白期間だ。その頃、一緒に帰ったとかなんらかの親しげな展開が全くないとは言い切れない。正直、新井林と美里が付き合っているというのを考えるのは気持ちいいものではないけれど、可能性がゼロとは考えられない。

 だが、ある時期を境に美里は、関崎一筋につっぱしるようになったはずだ。一度好きになれば美里は無我夢中で突進する。わき目も振らない。その姿を上総は粒さに見守ってきた。その時期に、仮に新井林が色目使ったとしても美里の性格上まず無視するだろう。

 ──いや、それだったらむしろ、羽飛が黙っちゃいない。

 先日の一件をきっかけに、羽飛が美里を宝として見守っていることに気づいた。遅すぎたといえばそれまでだが、もし新井林が美里に手を出そうとしたものなら、羽飛がなんらかの形で制裁を下した可能性がある。実は三年の頃にもちらと「新井林が美里にほの字」らしいと羽飛から告げ口されたことがある。その時は上総が美里の付き合い相手だったのだから、対応するのは自分の役割だ。だが今は違う。羽飛は美里のありもしない噂にわざわざ立ち向かうべく、東堂にも談判しようとしているくらいだ。新井林がよってこようものなら、どう出るかは目に見えているではないか。

 よって、考えられない。ありえない。

 なのになんで佐賀はるみはそんな妄想めいたことを霧島に吹き込んだのだろう。実際見たと言ったとしても、美里の態度からしてせいぜいふたりで帰るのが関の山だろう。手をつないだり、キスしたりって、どうひっくり返ってもありえない。第一三年間付き合っていた上総とだって一切したことない。手をつなぐにしてもいわゆる「フォークダンス」レベルで止まっている。まあ修学旅行でいろいろ悪さはしたが、万が一透視されたとしてもやましくない。自信はある。

「霧島、ひとつ聞きたいんだけどいいか? あの、佐賀さんはお前のその、気持ち、知ってるのか?」

 背中に呼びかけてみた。しゃくりあげたまま、うなづくようなしぐさをした。愚問だった。これだけ上総に対して佐賀はるみ礼讃を続けている霧島が、本人前で隠せるとは思えない。当然、佐賀も気づかないわけがない。

「それで、そんなこと言ったのか?」

 返事はない。ただ泣きじゃくるだけ。よく響く。


 ──新井林とうまくいっていないというのはあるのかもない。

 しばらく霧島を泣かせておき、上総は片膝を立てて考えた。

 杉本梨南をさっさと見捨てて、新井林をナイトに、霧島を僕に。まさに完璧な構図だ。

 ただ、評議委員長の新井林としても複雑なところがあるに違いない。卒業間際の大もめ事件も、上総は大混乱を演出しただけで退出したので伝聞でしか知らないが、

 ──轟さんに頭下げて、佐賀さんの追求をやめてもらうよう頼んだらしいものな。

 上総の判断としては、十中八九新井林は佐賀はるみの秘密を見抜いているはずだ。いわゆる水鳥中学の奴のことも、もしかしたらそれ以上のことも把握しているのかもしれない。それでも幼馴染の恋人をあっさり捨てる気などさらさらなく、ただ一途に想い続けている。そのひたむきさがそうそう崩れるとは思えない。ただ、佐賀本人が別の男子に想いを寄せていることを知っていてそのままナイトでい続けるというのも、そうかんたんにできることではないだろう。それでつい、気の合う先輩である美里にふらふらっとする、それならありうる範囲だ。心の慰め程度に話をしたいと考えるならそれもあり。

 しかし、佐賀の言葉はそれ以上の可能性を含めているようだ。

 まるで新井林が、佐賀はるみ以上の浮気もののようなにおいをさせている。

 ──霧島みたいに佐賀さんに夢中な奴がいて、しかも風呂上がりのタイミングでもって、そんな愚痴をたらたら言ったらどういう展開になるかってことくらい、予想つかないのかよ? 霧島見てたらわかるだろ? ちらっと気を持たせただけでほら、こんなに泣いたり笑ったり大騒ぎしたり、大変なんだからさ。それとも霧島は必死にポーカーフェイス保っているのか? 

 忘れていた。霧島がこんなペット状態になるのは、上総の前だけということを。


「霧島、ほら、落ち着いたか」

 背中をさすってやった。肩をた叩いて耳元に話しかけた。

「佐賀さんもきっと、疲れているんだよ。生徒会長はなかなか大変だから。そういう時に副会長のお前がいるから、少し甘えたかったんだと思うよ。ほら、霧島だったら他の男子と違って無碍にいやな顔したりしないだろ? そういう奴がいると、女子は、よくわからないけどほっとするみたいなんだよ。そう、清坂氏も言ってたし、たぶん佐賀さん感謝していると思うよ」

 あまり心にないことを言ってしまう。霧島がはっと顔を上げた。涙顔がさらにパワーアップしている。新しいティッシュを渡してやる。

「ほんとですか?」

「ああ、きっとそうだよ」

 頷いてみせるとふたたび霧島は上総の顔を真正面から見つめて、確認するように、

「先輩、本当に、本当にですか?」

「ああ、たぶん」

 あいまいな語尾にならざるを得ないけど、言うしかない。

「そうですか。そうですよね、そうに決まってる!」

 さっきまで涙でぬれていた瞳が輝くようだ。光こそ出てこないが黒目が豊かに見える。

「佐賀先輩をおっぽりだして誤解招く行動とっている奴なんて信じるべきじゃないんです! そうですよね、立村先輩! きっと佐賀先輩は新井林先輩なんてもう見捨てはじめているんですよね! 絶対そうです、そうに決まってます!」

 霧島は残っているジュースを一気に自分のグラスに空けた。結局、上総が飲んだのは一杯のみ、残りはすべて霧島の腹に流れ込んだというわけだった。奴が投げ散らかしたティッシュを拾い集めてごみ箱に入れながら、上総はひとつ、記憶に留めることにした。


 ──関崎経由で佐川の動き、つかめないかな。いい方法、ないかな。

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