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その六 高校一年夏休み十二日目・立村上総の霧島真に再度振り回される日々(5)

「先輩のありがたくもないお説教を聴かされた以上は僕にもお時間いただけますよね」

 何へそ曲げたのかわからないが、霧島は自分の分の麦茶に口を付け、ぴんと背を伸ばした。

「僕は立村先輩とは違い、身近な人間のいざこざや恋愛沙汰とは基本として縁がありません。家族の問題はどうしようもないところがありますが、少なくと立村先輩のごとく特定の女子たちにからめとられるようなまねはしておりません」

「あっそうか、俺にはそう見えないけどそれで」

 茶化すと、きっと言い返すのが霧島の作法だ。

「どうお思いか存じませんが、僕はこれから先、自分の店を持つに当たって修行することが必要です。物心ついた時からそのことばかり考えていました。今もまた、父の側で日々学ぶことの多い今日この頃、少しでも自分のレベルを上げていくために努力を続けているのです」

「うん、それはよくわかる。それで」

 茶化しは半分にして促す。

「なんとでもおっしゃればよいのです。立村先輩になぞお分かりになるわけもないのですから。ただ、それなりに僕の考えていることも今後の参考にはしていただけるのではと思いますし、これから一通りお話させていただきますが、口を挟まずにお聞きいただけますか」

 単に、「黙って俺の話を聞け」の一言で済みそうな要求だ。上総は頷いた。もう黙っておく。


「青潟という街は、僕からしたらただの田舎都市です。一応、『都市』とはしておきますが、なんの個性もない退屈な街に過ぎません。その街で僕たちは生まれ育ち、たぶん就職して、死んでいくんでしょう。外に出ることもなく」

 いきなり霧島の口調は憂いを帯びた。目を伏せたまま、コースターに人差し指をかけたまま語り続ける。

「立村先輩は青潟大学以外の選択肢を考えたほうがいいとおっしゃいました。無理なことです。僕があの店を継ぐ以上、青潟を出て行くことは不可能です。まともな大学といえば青潟大学しかありませんし、それも日本国内で通用するブランドでもないことは承知の上です。この街で生きることは、僕にとっての宿命なのです。運命は変えることができます、でも宿命は生まれもってのものだから、動かすことなんてできないのです」

 目をあげようとしない。上総は黙って聞き入った。口をはさまないと決めていた。

「その枠組みの中で、僕がどう生きるかを、そうですね、小学校の高学年あたりから毎日考えていたものです。幸いか不幸か僕は、家族から離れた場所で暮らしていましたし孤独にはなれていましたからね。その中で、僕は家業に興味があり、いつかは自分の店を切り盛りしたいんだという自覚を覚えました。とこかのとんまな姉が、自分の誇りだけで跡取りを奪い取ろうとかしましたが、僕からしたら笑止千万。僕のやりたいことが、家には確かにあるのです」

 言葉を重く、じんわりと述べる。

「青大附中を受験したのももちろん将来のためです。ただ、僕が期待した空間ではありませんでした。誰もが将来の夢なんて大きくなったらパイロットレベルの内容でしかなく、僕のようにじっくりと仕事としての今後を考えている奴はひとりもいませんでした。話しかけてもうざったがられるか、むしろ鼻で笑われるか。あいつらにとっては僕の語ることなど、難しすぎて理解できなかったのか現実逃避しているだけなのか、そのどちらかでしょう。僕は語るのをやめて、父の仕事を見て学ぶことに専念しました。早い段階で父は僕が跡を継ぐ決意があることを知っていましたし、そのためにいろいろな場所で学ぶ機会を作ってくれました」

 麦茶をこくこく飲んだ。途中、おかみさんが継ぎ足してくれた。「恐れ入ります」と礼をした。続けた。

「立村先輩は僕が無理をしているとお思いかもしれませんが、とんでもないことです。僕はただ、本気で将来のことを考えているだけなのです。いろいろな縁で僕は生徒会役員に選ばれましたが、運営に関してもっと積極的に学ぶ機会を得るためです。上から見下ろして、ベストな戦略を考えていくこと、そういったことを学ぶのに生徒会はよい練習台ともいえるのではないでしょうか。決して、ストレス解消のために利用しようとしたり、演劇やりたくても部活動がなかったために代用にしようとしたとか、そういうわけではないのです」

 本条先輩が聞いていたら青筋立てて霧島を張っ倒しているだろうが、あえて考えずに聞き続ける。

「僕はずっと和服や反物が好きでした。椅子よりもたたみが好きでした。コーヒーよりも抹茶が好きでした。いわゆる『和』の世界が好きでした。ただ、僕と同年代の連中にはその価値観を同じくする人がいません。しかたないことです。中学生の好むものではないとわかりきっています。せいぜい、学校祭で評議委員会が野点に駆けずり回っているのを嘲笑するのが関の山です。去年までの僕はせせら笑う立場でした。しかし、今は僕の方からなんとかして、切り込む必要があるのではと、考えているところです」

 上総は言葉を発せず、そのまま霧島の顔を見つめた。ずっと顔を伏せたままで目の動きが捉えられない。

「立村先輩、僕が入学する前のことと伺いましたが」

 いきなり霧島が、はっと目が覚めたかのように見上げた。

「全校集会イベントで、ファッションショーを行ったという話を伺ったことがあります。評議委員会と耳にしましたが、本当ですか」

 さすがにここでは口を利いていいだろう。

「いや、制服をメインにして小物で味付けしてその費用を当てるというクイズ大会ならやった。ファッションショーとは違うけれど卒業式の仮装のほうが近いかな」

 スポットライトを幕の陰でふたりいじっていた杉本梨南との会話を思い出しながら上総は答えた。余計なことは言わないことにした。霧島もそれ以上つっこまなかった。

「それならアイデアがかぶることもないでしょう。せっかく僕が青大附中生徒会でほぼ全権を握り、好き勝手できる立場にいるのなら、ここで自分のやりたいことを突き進むのも悪くはないのではないですか」

「いや、一歩間違うと反感買うけどな」

 言いかけた上総を遮った。

「学校祭で僕は、主だったところに和の文化をちりばめさせていただくつもりです」

 言い切り、ふっと笑った。上総が絶句したのをしてやったりと思ったがごとく。


 ──和の文化って、けど、うちの学校和の文化関連の部活、あったっけか。

「具体的には、何を考えてるんだ? うちの学校にはそれらしきものなかったような気がするけど。茶道部がないからしかたなく、今まで評議委員が担当していたようなものだし」

「違います。部活動や有志が行うものであれば何にもなりません。しつこいようですが僕は生徒会副会長、次期会長でもあります。評議委員会だって結局は一委員会、話題になってもほんの一過性のものでしょう」

「ずいぶんなこと言うなあ、まあいいよ、事実だし」

 霧島には何を言ってもしょうがないので上総はあきらめている。

「しかし生徒会が音頭をとって行うのであれば、話は違います。イメージとしてはまず、生徒会役員は全員和服、それも浴衣などの軽いものではなくできればきちっとしたもので。僕も言い出し役ですのでそれなりの格好はします。そして、もてなし用の喫茶、去年は洋服だったようですが、ここも先生たちと相談して、和服でそろえていただくようにします。各クラスでの出し物など和服では話にならないものもあるでしょうしそのあたりは個人に任せますが、公的な立場に立つ委員や放送部のみなさんには、強制的に着ていただくことになるでしょう」

「それ、大丈夫か? まだそれ、話、持ってってないんだろ? それにさっき霧島、まだ学校祭のことなんて考えてないって言ってなかったか」

 手でしなしなと否定する。

「ここにたどり着いた時まではその通りです。嘘ではありません」

「じゃあなぜ」

「立村先輩のせい、とでも申しましょうか」

 霧島はにんまりと上総を見上げた。

「立村先輩が僕に、将来がなんだとか、可能性を絞り込まないほうがいいとかなんだとか、いきなり先輩ぶって説教しだしたあたりから、ふと新しいアイデアが浮かんだ次第です。青潟を出ることができなかったとしても、学校組織を利用することによって、僕は将来の顧客作りや足場を固めることができるというわけです」

「顧客作り?」

 戸惑うしかなく、上総がさらにつぶやくと、

「商いの常識です。僕がこの方法を取ることによりまず、先生たちへ和服に関してのアピールが可能となります。ここは僕よりも父にがんばってもらう必要がありますが、大人の方でも和服に触れる機会のない人が多いご時世、生徒たちが無理しても着ている姿を目にすれば何かかしら、心に触れるものがあるでしょう。直接お求めいただかなかったとしても、これから先生徒たちになんらかの形でこのイベントを伝えることになるでしょう」

「確かに、記憶に残る以上、家族には話すだろうな」

「次に生徒たちです。生徒たちもやらされている気持ちでいっぱいでしょうし、僕もまさか全員喜んで乗ってもらえるとは思っていません。かえってうんざり逃げられる奴の方が多いと見ています。しかし、ここも大切なところですが、ここで一生袖を通さなければ一生着る機会がないであろう生徒たちにきちんとした形で着せてみて、その感覚を覚えていただけるかどうかで、また認識も変わってくるでしょう」

「そういうものかな」

「好き嫌いではありません。今後卒業式や入学式、成人式などで着ざるを得ない可能性だってあります。その時に、この学校のイベントを思い出し、たまたま僕が霧島呉服店の跡取りであり、生徒会副会長だったということを少しでも記憶してもらえれば、またどこかでつながる可能性もあります。一過性のものではありません、これが顧客作りなのです」

「記憶に、留めるか」

「さらにこの取り組みが成功すれば、来客も興味を持つでしょう。生徒会が働きかけたものなのだと知れば、地元新聞地方版から取材が来るかもしれません。当然僕が広報関連は引き受けますのでその時に家業のことに触れることもあるかもしれません。すぐに購買につながるわけではありませんが、その代わり、メディアに触れた人々の記憶には残ります」

「つまり霧島は、学校祭を使って、将来の顧客作りと自分の顔を売っていくことと一緒に行おうとしているわけか」

 頭がうまく働かない。整理しながら上総は尋ねた。あまりにも霧島の頭の回転が速すぎる。本当に、この場で決めたことなのか、それが信じがたい。

「お察しの通りです」

 霧島は唇をきゅっと上げて、せせら笑うかのように答えた。

「青潟にいるからこそ、こうやって学校全体を動かす形でのマーケティングだってできるんです。立村先輩、外に飛び出したがる連中とは、違うんです」



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