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その三 高校一年・夏休み 立村上総の本条先輩を振り回す日々(12)

 まず整理した。 

 ──言ってはならないこと。

 

 ・杉本梨南の「修学旅行濡れ衣事件」

 たとえ真っ赤な嘘だったとしても、知らない人に言いふらすべきものにあらず。


 ・霧島真が佐賀はるみに命がけで惚れていること。

 本条先輩は新井林とも親しい。黙って聞いているだけとは思えない。用心に越したことはなし。

 

 ・清坂美里が関崎乙彦に捨て身のアタックを繰り返していること。

 曲がりなりにも三年間上総の恋人だった相手。上総の気持ちはすっきりしていても周囲が納得するとは正直思えない。


 これ以外のことはまずすべてさらけ出してもいいだろう。

 いや、忘れていた。


 ・霧島とのきっかけが、駅前のピンクチラシでいっぱいの書店だったこと。

 ばれた時の霧島がどれだけ荒れるか想像するだけでも恐ろしい。


 一通りまとめた後、上総は本条先輩に返事をした。

「何から話せばいいですか」

「まずはあの霧島だろう。俺も難波経由の話しか知らんしな。どこで知り合った?」

「ええと」

 口ごもった。そうだ、本条先輩は天羽や難波ともつながっている。ということは上総が霧島との出会いを立場逆転させて話した内容を耳にしている可能性も大だ。あわせておかないと後々まずそうだ。

「実は六月頃に、駅前の本屋で、たまたま本買ってたら見咎められたんです」

「へえ、どんな本だ」

 答えは準備してある。感情交えずに続けるだけ。

「いわゆる、その、グラビア系で」

「ほお、どういうんだよ、今度俺にも見せろ」

「ええととにかく、それ買ってたらあいつに声かけられて、校則違反なんじゃないかってつっこまれて、それで」

「野暮な奴だなあ。ああ見えて硬派か」

「どうなんでしょうか。とにかく俺もまああまり見られたくないところだったんで、それであいつの話を聞くはめになり、現在に至るわけです」

「つまり、逆ナンパってことか。ほええ、こええなあ最近の中学生は。それもお前一年前は腐っても評議委員長だったんだろ? そいつを叱り飛ばすとはな」

 本条先輩は雑誌をぺらぺらめくりながらさらに問い続けた。

「俺も個人的に、青大附中の生徒会状況とかが気になっていたんで、言われるままに話を聞いていくうちに、そうですね、なんというか、わかってくるものがあったというんでしょうか」

「わかる?」

 雑誌を丸めて手にぱしりと納め、本条先輩が問いかけた。

「そうです、うまく言えないんですけど、最初はまあ脅迫されていたようなものですけれども、だんだんあいつも、普通に話す友達みたいな奴がほしかったんだなってことがわかってきたんです。一週間くらい話、してて、もう俺は霧島の小学校時代がいかに悲惨だったか、霧島さんが可南に進学してからすっかりおしとやかになってしまった様子とか、難波が毎日しつこく霧島さんを尾行しているらしいとか、ほとんど理解できるようになりました。霧島は、気取っているように見えますけど根は、単純にふつうの友だちがほしいだけなんです。たまたま俺がそこにいたというだけなので、時間が来ればさっさと同学年のとこに行きますよ。俺がさっき先生たちの前で『時間が解決する』と言ったのはそこです」

 若干意味が異なるところもあるが、つながってもいる。

「そうか、『時間』か。わからなくもねえな」

「そうです。俺なりになんであんなに霧島がひっついてくるのかわからなかったとこあってかなり最初は手、余しました。でも、よく考えたら俺も小学校から青大附中に入った時、そっくりだったなってことに気づいて、それでまあ、向こうの気の済むまで勝手にやりたいようにさせておくか、ってことで、現在に至ります」

「ほお、お前自覚あるのかよ」

 ぽかりと本で叩かれる。ひったくりきちんと本を広げ直し、本条先輩に渡す。

「まじめに話してるんだから聞いてください。俺が中学時代無事に生きのびてこれたのは、クラスや評議にたくさん友だちがいたからだと、卒業式当日気づいたんですけど、それってものすごく運がいいことだと思うんです。本条先輩、そう思いませんか?」

「ああそうだな、はいそれで?」

「入学第一日目に羽飛や清坂氏と友だちになって、評議委員会では天羽や難波や更科たちと一緒になったし、南雲や古川さんや、とにかくかつての自分には考えられないくらい友達に恵まれて、いろいろあったとしてもなんとかやっていけたんだってところがあります」

「それ、もう少し早く気づけよなあ。親心も知らんでまったく」

 あきれたようにつぶやく本条先輩。

「でも、霧島にはそれがないんですよ」

「あのえせ貴公子野郎にか?」

 上総は頷き、膝を抱えた。

「そうです。話を聞いている限り、成績はいいし顔もあの通りだし、生徒会副会長で来期はたぶん会長決定でしょう。霧島呉服店は青潟でも老舗だし経済的には恵まれているんじゃないかって感じです。でも、あいつはいろいろあって友達が誰もいないんです。詳しい事情はあまり聞いてませんけど、クラスの連中としょうもない話して盛り上がるようなことがなさそうなんです」

「お前もそうじゃなかったか? 俺がどんだけ」

 言いかける本条先輩の親心ブルースはまずおいて、上総はしゃべり続けた。

「先輩わかってます。先輩がどれだけ気を遣い続けてくれたかわかってます。霧島にはそういう風な後ろ盾がないんです。俺よりはるかに、恵まれてないんです」


 霧島を前にこんな甘ったるい言葉を並べるなんて怖気立つところもあるけれども、本条先輩の前ならばいくらでも話すことができる。

 ──霧島は、ひとりぼっちなんだ。しかも頼る人がいないんだ。

 少しガードを緩めた上総に、まっしぐらに突進してきたのも、誰一人頼れる相手がいなかったからなんだということを。

 

 青大附中委員会独特の、義兄弟意識のようなものが存在したからこそ、上総は本条先輩を慕い、しがみついてきた。実際今もこうやって足元でじゃれ付いているわけだけど、この人の前でならば多少はめをはずしても本でぽかっとやられるだけですむ。見捨てられたりはしない。そういった安心感がある。卒業間際、本条先輩ととことんぶつかり合い、そこで初めて自分が対等に必要とされていると感じとることができた。その時から本条先輩とのつながりはいわゆる「あにおとうと」以上のものに進化したような気がする。そういう関係を得られたことが、現在学校で相変わらずいじけまくっている上総にとっては宝だし、まるのままの自分でいられる本条先輩の側でくつろぎたいと思う。

 ただここまでたどり着くのに、上総の場合はまるまる三年間かかった。

 対等になるために、せいいっぱい背伸びし続けて壊れかけ、本条先輩から切り捨てられることを覚悟して尋ねた二月半ばの夕方。あれが上総にとってのターニングポイントだったと、今ではよくわかる。


「正直、後ろ盾がほしいんだったら俺じゃなくてももっとしっかりした奴の方がいいことは承知してます。一度は俺もそうはっきり言いましたし。でも、霧島が今の段階では俺と話すことを望むんなら、落ち着くまで聞いていてもいいかなくらいは、思っています」

「あのな立村」

 また頭にがしっと手を載せる。払うのも面倒でそのままにしていた。

「お前な、霧島のことを受け止めたいってのはよくわかった。ただな、先生方がなんで俺まで呼び出したのか少し考えろよ」

「わかってますよそのくらい」

「いいや全然わかってねえ、ほんとこれっぽっちもわかってねえよ。まあ霧島は野郎だし、お前もそっちの趣味はなさそうだけどな」

「ないですそんなの」

「そうだなお前の趣味は巨乳ちゃんだもんなあ」

 思いっきり手を振り払った。言葉は要らない。

「そう怒るな怒るな。あのな、俺が言いたいのはだ。お前なんでも真正面から受け止めすぎて、自分がさんざんこけにされてもめげないで、結局気づかぬうちにぼろぼろになっちまってるパターンがほとんどだろ。狩野先生も駒方先生も心配してるとこ、本当はそこだと思うぞ」

「そんなことないです」

「ふざけんなよ、俺がお前の犠牲者だっての。仮にだ、あのまま霧島がお前にだけなつきまくってきたとする。まあ次期生徒会長様だ、へまはそうそうしないだろう。だがもしそこでだ、突然お前のことが嫌いになっちまってつっとんげんな態度をとり始めたとする。こんな奴になぜ熱上げてたんだろう俺ってばかみたいとかいって無視したりするかもしれねえぞ、そんとき」

「たぶん、そうなります。だからそれが『時間が解決』です」

 繰り返した。何度も考えたことだった。

「霧島も落ち着けば、もっと自分にふさわしい友だちなり先輩なり選びますよ。その過渡期にたまたま俺がいただけですから」

「ほお、じゃああっさり手放せるか? せっかく友だちになれたかわいい後輩を」

「向こうが決めることだししょうがないことです」

「顔に書いてるって今朝から何度繰り返してるんだっての! あのな、そこなんだよ立村。お前な、いつも自分はなんとかなる、たいしたことないって思い込もうとしてるだろ。友だちなんかいなくてもひとりで生きていけるとか、かっこつけていただろ? それがどうだ、実際は耐えられなくてすっかりいじけてしまうわなんだで、どんだけ俺に迷惑かけてきたんだ。俺相手でよかったな、他の奴だったら半殺しいされるぞ」

 本条先輩は積み重なっている雑誌を指で大まかにつまんでめくった。マイコン雑誌の一種らしいが、本条先輩の作品が載っているタイプの本とは違って、もっと文字が細かく、専門書めいた雰囲気がする分厚いものだった。A4版のマガジンタイプだ。

「これな、狩野先生が『機械語』とか言ってただろ、これだよ」

 二文字ずつ、数字、もしくはアルファベットがずらりと何十ページにも渡って掲載されえいる。プログラムらしいことはうすうす感じるが、今まで本条先輩が見せてくれたものとは違う。少なくとも「BASIC」というものは「PRINT」とか「LINE」「COLOR」などと英語で意味がわかる言葉が並んでいた。「機械語」とかいうものは全く、その意味となるヒントすら得られない。

「これを全部打ち込むと、めちゃくちゃ手の込んだアドベンチャーゲームが楽しめるはず、なんだが、さすがに打ち込む根性は俺になかった」

「こんな細かい字、打ち込むなんて無理ですよ。俺だって絶対に」

「いや、でもスピードは断然BASICよか早い。時代はこっちに来ているんだ。だがまあ、打ち込んでいると気もめいるわ、それに全部打ち込んでさてENTERとか押すと、一気に暴走し始めてしまって、気がつけば全部プログラムが消えているという悲劇が待ち構えているというわけなんだ。お前わかる? この不毛を」

「なんとなく」

 薄い社会の副読本くらいの熱さだ。ページ一面にびっちりその機械語だかが並んでいる。最後まで全部打ち込んだことだけでも本条先輩は賞賛されるべきだと思う。

「そうだろ、つまりそういうことなんだよお前の面倒見てると」

「俺と? なんで?」

 上総が問い返すと、本条先輩はため息を吐いた。

「全部間違いなく打ち込んだと思っていた。完璧なプログラミングだと自己自賛していた。たぶんこれで世界をあっと驚かせる魅惑のオープニングが現れるとわくわくしていたわけだ。ところが実行してみたら、とんでもない方向にプログラムが動き出してしまい、気がつけばプログラムごとぶっ飛んだ始末。それでもテープにロードしとけばまだしも、それする前に実行しちまったらもう打つ手なし」

「確かに大変ですね。打ち直したんですか?」

 今度は本気で頭をぐりぐりやられた。片手で頭を押さえつけられ丸めた本でごりごりと。

「気づけよいい加減。俺はまだいい。こうやって毎回毎回打ち込み直せるだけの余裕もある、我が愛機も熱が下がればまたいい仕事してくれる。でもお前、それできるか? 手間かけて一生懸命打ち込んで、気がつけば暴走されて。またやり直すだけの根性あるか? めげずにいられるか? 先生たち心配してるのそこなわけ。また前のように、そのまましずんで立ち直れなくなるんじゃあねえかって、そればっか気にしてるってわけ。わかるだろそのくらい、わからないとまずいぞそろそろ」

 その後で、またページを指でなぞりながら、

「俺の見た感じじゃあのキリオの奴、プログラムにとてつもない大バグが隠れてるぞ。打ち込んで実行して、その後暴走するだけじゃあすまねえぞ。マイコン側にも、再起不能のダメージ残したらどうするんだいったいな」


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