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その十八 高校一年夏休み二十四日目・立村上総の杉本梨南を見守る日々(12)

 雨上がりの街を歩くと、どことなくさっぱりした風が吹いて来るのが分かる。

「だいぶ涼しくなったよな」

「もう夏も半ば過ぎてますから」

 感情のない声で杉本が答える。

「どこで現像しようか」

「学校の生協はいかがでしょうか」

 夕方だがまだ開いているようであればそこがベストだと上総も思った。元来た道をそのままゆっくり戻っていった。「おちうど」を通り抜け、雑木林に差し掛かる。夕方近くでありながらまだ暮れの色はつかない空だった。

「杉本、聞きたいんだけどいいか」

「どうぞ」

「お前、最近どうした?」

 突拍子もない質問だとはわかっていても、完全に人気のない二人きりであれば聞きたいことも出てくる。

「いきなりどうしたと聞かれましても」

「変だよ絶対にさ。一学期からそうだった」

「私が変わっているという評価は元からではないでしょうか」

「そういう意味じゃない。最近だって言ってるんだよ」

 いらだってしまいそうで、あえて目を逸らす。自分でもなぜ、こんな言い方をしてしまうのかわからない。杉本は足を止めて上総に振り返った。

「もっと分かりやすく説明していただけますか」

「修学旅行で濡れ衣着せられた時だってそうだったし、今だって同じだろ。いつもの杉本が選ぶ選択肢じゃない」

「私の選択肢とはなんでしょうか」

 たとえば、と頭をめぐらす。

「去年までの杉本だったら、間違っている連中に対してはためらうことなく叩きのめしていただろ? たとえどんなに自分が不利になったって。終わったこと今更言うのもなんだけど」

「本当に女々しいですね」

 皮肉も聞き流して言い募った。

「渋谷さんと藤沖の一件だって、全くの無実なんだから公の場で制裁加えたってかまわないことだと俺は思う。たとえ渋谷さんが自殺未遂で手首切っていたとしても、杉本がそれを背負おう義務なんてない。学校側が杉本に罪を押し付けて恥をかかせる必要なんてない」

「今更ながらその通りです」

「けどなんで杉本、このまま見下される立場に降りることにしたんだよ。二学期が始まってからどういう扱いされるか想像はつくだろ?」

「それもすべて考えました。その上での決断です」

「それだけじゃないさ。今だってそうだろ。どう考えてもあのお母さんにあたる人、何かたくらんでいるようにしか見えないし、駒方先生もただお人よしでお前たちを褒めているようには感じられない。東堂たちはあっさり騙されていたようだけど、杉本はなんとなくわかるだろ」


 杉本はしばらく口を閉ざしていた。

「今回のことに限って申し上げれば」

 周囲をみわたして他人がいないことを確認した後、

「立村先輩の観察力には同意します」

「だろう? でもなんで」

「この前お話した際には明確でなかったことなのですが、あの同級生のお母様に当たる方は、どうやら私たちの作った授業のやり方をそのまま取り込もうとしているようです」

「取り込むっていったい何を。それこそお前らの作った『舞姫』のコピー誌を学校の副教材に使うとかか。ぎりぎりそれはセーフだと思うけど」

「いいえ、それだけであれば私も納得します。ここから先は私の憶測になりますが」

 杉本は言葉を切り、かばんの中の使い捨てカメラを取り出した。

「たぶんあの方は自分の娘にあたる方に、その資料を持っていかせて私たちではなく自分たちが提案したものだと言いはるつもりなのではないでしょうか」

 ──そういうことかよ。

 言葉がすぐには出てこなかった。


「今までの流れを申しますと、晶子さん凛子さんは去年までのさまざまな問題を乗り越えて現在のクラスにいます。優等生であるそのお嬢さんがいろいろと面倒を見ているようですが、どうも親切がピントをはずしているようで抵抗がおありのようです。たまたま私と桜田さんと意気投合して一緒に勉強会を始めて盛り上がるようになりました。実際効果も上がっています。それが、彼女たちには面白くないようなのです」

「そう考えると話がつながるな」

「私たちはそんなこと考えたこともなかったので本日の集まりを設けました。あくまでも今日は駒方先生と東堂先生に見せ付けるためです。まさか、彼女のお母さんが現れるとは私たちも思っていなかったのが現実です」

「完全にサプライズだったのか」

「その通りです。私も彼女のお母さんがどう出るか用心していたつもりですが、やはり想像していた通りコピーを求められました」

「だから杉本は、手放したくなったということか」

「その通りです。ただ、桜田さんたちは自分たちを認めてもらえたことで舞い上がっています。私はそれを責めません。気持ちがわかるからです。ただその代わり、このカメラですべて撮影し、本日この場で現像を出すことによって、少なくとも今日の段階で私たちが作成したものであるということを証明できます。私が保存するのではなく、部外者である立村先輩が持っていてくださるのであればなおのこと。先輩は仰いました」

 上総の目をじっと見据えながら、

「他のみなさまにもお見せしていただけると伺いました。清坂先輩古川先輩にもぜひお見せいただければ証人はもっと増えます。噂が広がればさらに、さらに」

「わかった。そういうことか」

 杉本の言葉を押し留めたのはうるさいからではない。上総はかばんをまさぐった。用意してきたものがあるはずだ。誰も通らない、雨上がりの夕暮れ時にだから渡していいものがあるはずだ。

「カメラ、まとめてもらってくよ。俺が全部プリントアウトする。それと生協ついたらばたばたしてたぶん忘れてしまうと思うから、ここで渡しとく」

 真四角の小箱、そして手帳に挟み込んだ二枚の写真。差し出した。

「これ、ご褒美だと思って」

「ご褒美?」

 杉本が首をかしげて、そっと受け取り写真に目を落とした。

「結洲に行った時に買った落雁。それと、帰り際に見かけた、手芸か何かのイベントでもらったポラロイド写真。これ、瓶に粘土を塗ったくって作っているらしいけど、そう見えないだろ?」

「きれい、です」

 言葉を切りながら、杉本は片手で写真をかざして眺めた。

「何かの舞踊でしょうか」

「『結洲群舞』と呼ばれる地元の人たちの踊りらしいよ。俺も見たけど、この人形でみるような感じじゃなかった。よくわからないけど。人形の方がずっとリアルだと思う。これを作った人と話をしたけどさ、実際こういう衣装を着て見事に踊った人がいたらしいんだ」

「いつなのでしょうか」

「わからないけど。杉本も観たいか?」

 杉本は答えずそっと胸元にその写真を押し付けた。そのまま自分のかばんからハンカチを取り出した。真っ白いレースのものだった。丁寧に包んだ。

「ありがとうございます」

 喜びの色など全くない、平たい口調のまま礼を言われた。上総が隣りに回って歩き出すと、杉本はじっと上総を見上げ尋ねてきた。

「これをお求めになられたのはいつなのですか」

「昨日の午前中。杉本好みかなと思っただけ」

 唇をかみ締めるようにして杉本は俯いた。小声で、

「その通りです」

 それだけつぶやいた。


 

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