この中に2人、スパイがいる!
「この中に2人、北朝鮮のスパイがいる」
これは被害者の死に立ち会った6人全員が証言した、彼の最後の言葉、つまりダイイングメッセージである。
被害者の名前は犬可愛 猫殺。生前の彼は大の愛犬家であり、大の嫌猫家であった。
ことから!
彼を殺した犯人は猫好きである確率が極めて、極めて極めて高い!
のだが!
なんかスパイの話になりました。
「新木さん、このままじゃぶつかります」
部屋の外から若い男の声がした。
「イナバウアーしろ」
アラフィフと思われる声もした。
ガチャリ
ドアノブが回る。6人が息を飲む。
「どうも」
入ってきたのは、背骨が折れそうなほど仰け反った若い男を肩車した、アラフィフと思われる声の主と思われるアラフィフと思われる男だった。
「刑事の唐辛子です」
イナバウアーから戻った上の男が懐から警察手帳を出して言った。
「新木です」
下の男も同じようにした。
「新木さん、ちょっといいですか」
被害者を囲んでいる6人のうちの1人が手を挙げ、鋭い眼光を新木に向けた。
「はい、なんでしょう」
「イナバウアーって足の部分のことを言うんですよ。仰け反ってるのはレイバックです」
あっやべ
「細かい人は嫌われますよ」
そ、そうだそうだ!
「新木さん、そんなことより彼らに言うべきことがあるんじゃないですか」
唐辛子がバトンを渡した。
「そうだったそうだった」
「⋯⋯⋯⋯!」
6人の全身に緊張が走る。
「通報してくださったの皆様には申し訳ないのですが、第一発見者ということでここから動かないでください」
「そうじゃなくて」
「え?」
「ほら、あるでしょ。さっきのあれ」
「ごめん、分からん」
「皆さん通報してくださったのはありがたいのですが、なにも全員することないじゃないですか」
「ああ、それね」
「しかも全員全く同じ状況説明をしてきて、正直ウザかったです」
「ウザかったな〜」
「ということです。誰か止めろよって思ってました。何人いるか分かんないから6人目が終わってもしばらく待ってたんですよ?」
「でもま、一人一人がちゃんとそういう意識を持ってるって分かったからよかったじゃないか。誰かが通報してくれるって思ってたら誰も通報しないからな」
「いや、でも目の前で通報してる人がいるのに同じことするのアホじゃないですか? 6人目なんて5回同じの見てるわけですし」
「アホとか言うな! 通報してくれた本人たちの前で!」
「新木さんもウザいとか言ってたでしょ!」
「う、うるせー! おまえアホ! アホ!」
「シャラーーーーーーーップ!」
容疑者の1人が口を大開いた。
「あなたは?」
「シャラップ!」
「シャラップさんっていうんですね」
「違う! 今のは1回目で出し切れなくて残ってた怒りが出ちゃっただけップ!」
「まだちょっと残ってる⋯⋯」
「唐辛子さん」
「なんですか?」
「我々のことを疑ったり説教したりする前に、まずは自分が肩車から降りるべきじゃないのかップ」
「まだ怒ってんじゃん」
「降りろ!」
「は〜い」
唐辛子はだるそうに答えた。
「⋯⋯⋯⋯」
が、降りない。
「降りろっつってんだけど? 返事したよね?」
「いや、僕に言われても」
唐辛子が当たり前のように答える。
「あ? 舐めてんのかテメー! シャラァ!」
シャラップニキの怒りが再燃する。
「普通肩車降りる時って下の人がしゃがみません?」
「え? 俺が悪いって言いたいの?」
「そりゃそうですよ。聞いてたんだから降りるって分かるでしょ」
「でも返事の伸ばし棒がなみなみだったから降りる気ないのかなと思って。まず伸ばし棒自体舐めてるやんって思って」
「それは本当にそうラップ」
「新木さん、僕たち仲間なのになんでそんな敵みたいな態度なんですか」
「目に余ってるからだよ! だいたい上司の上に乗るなんて若手のすることじゃないだろ!」
「ベテランもしないですけどね」
「叱られてる立場でお前!」
「分かったから、もう2人ともシャラップ! そして降りろ!」
シャラップニキの目は本物だった。マジで怒ってる人の、めっちゃ怖いあの目だった。そりゃそうである。当たり前すぎる。
「で、さっき電話で6回聞いた『この中に2人、北朝鮮のスパイがいる』って話のことですけど」
「ああ、彼が死ぬ時に言ったんだ」
シャラップニキが背中に包丁の刺さった被害者を指さして言った。
「皆さん全員聞いてたと⋯⋯?」
「「「「「「うん」」」」」」
6人全員が頷いた。
「被害者が亡くなった時、全員この部屋にいたんですね?」
「そうよ。みんなこの部屋にいたわ」
若い女性が答えた。
「どんな感じでいたんです? 背中に包丁刺さってる時点で通報とか⋯⋯」
「何か言いそうだったので、みんなで囲んで黙って立ってたんです」
若い女性の夫らしき若い男性が答えた。
「なるほど、確かに電話してたら聞こえなくなっちゃうかもしれませんもんね」
「加藤です!!!」
加藤が叫んだ。
「加藤、なんで叫んだ」
耳を押さえながら新木が怒りを露わにした。
「なんでって、加藤だから⋯⋯」
「じゃあ俺は『新木です!』って叫んでいいのか?」
「いいんじゃないですか⋯⋯?」
「なんなんだお前」
「いや、名前聞かれるかなと思って、先に伝えておこうかなって」
「なら最初からそう答えろや」
「だとしてもうるさすぎますね」
唐辛子が新木のお尻を触りながら言った。
「なんでお尻触るの?」
「ダメですか?」
「⋯⋯いい」
そう言って新木は頬を赤らめた。
「殴っていい?」
そう言ったのは新木の視界の右端にギリギリ入っていたさっきの夫婦と思われる2人組の男のほうだった。
「いいわけないだろ! 暴力的なやつだな! お前が犯人か?」
新木がブチギレる。
「僕の新木さんを殴るだなんて、二度と言うな!」
唐辛子もブチギレる。
「唐辛子、お前⋯⋯」
目が潤む新木。
「私も夫と同意見です。あなた達を殴りたいです」
「俺も」
「私も」
「アタシも」
「ミーも」
「加藤も」
7人全員が同意見である。⋯⋯ん?
「おい、なんで7人いるんだ⋯⋯?」
怯える新木。
「なんで7人いるんだって新木さんが聞いてるだろ!」
謎に怒鳴る唐辛子。
「1人増えたんじゃないですか?」
バカな加藤。
「そんなことより早く私たちを帰してください」
殴るニキの尿病。
「尿病?」
女房。
「そうですね。ではアリバイから聞いていきましょう」
唐辛子が場を回し始める。
「まずは殴るニキの女房のあなた。被害者が殺された時、どこにいました?」
「ここにいました」
「そうだった」
「6人でガン見してました」
「そうですよね。やっぱ増えてるんだ」
「うん」
「誰が増えたか分かります?」
「加藤です!」
加藤が割って入った。
「加藤さんでしたか。あなた、なんでこの部屋に入ってきたんですか?」
「いや、僕は最初からいましたよ。選ばれし6人の1人です」
「じゃあなんで名乗りをあげたの!? たと、たまたまいただけなのにカッコいい言い方しないでください!」
「さっきの『加藤です!!!』の残りが急に出ちゃったんです」
「シャラップニキと同じタイプじゃん」
「だったらなに? いかんの?」
「えっ」
「いかんの? 法律で禁じられてるの? それともあなたが勝手に言ってるだけ? 唐辛子さんにそんな権限あるの? 県警に言えばいいですか? おたくの職員に権限を越えた真似されましたって」
「こいつ怖」
「あの」
シャラップニキが口を開いた。
「7人目は加藤さんですよ」
「えっ」
理解が追いつかない唐辛子。
「えっ」
新木も。
「それは確かなんですか?」
「そりゃね、ミーたち加藤さん以外知り合いで集まってるから。もちろん被害者の犬可愛くんも」
「じゃあこいつが嘘ついたってことですか?」
「そう」
「こいつヤバ」
「ミーたちもマジで怖い。帰ってほしい」
「加藤、帰ります!」
そう言って帰っていった。
「なんだったんだ」
新木がその場にへたり込む。
「怖かったですね〜。普通に包丁とか出してきそうで」
唐辛子がへたり込んだ新木の上にへたり込んだ。
「唐辛子⋯⋯」
「新木さん⋯⋯」
見つめ合う2人。
その時だった。
コンコン
ドアを叩く音がした。
「あの〜、加藤ですけど〜」
「無視しろ、無視。鍵閉めろ」
「新木さん、ここ鍵ないです」
「唐辛子⋯⋯」
「新木さん⋯⋯」
見つめ合う2人。
ガチャリ
入ってくる加藤。
「そろそろ本筋に入りたいからマジで出てってくれる? 番外編の狂人はいらんのよ」
被害者の死体が言った。
「加藤、帰ります」
出ていく加藤。
「そろそろ本筋に入りたいからマジで出てってくれる? 番外編の狂人はいらんのよ」
被害者の死体が言った。
「あの、なんですかこれ」
唐辛子と見つめ合いながら新木が言った。
「これは犬可愛くんのスマホのアラームですね。止めないとあと8回くらい鳴ります。あと、人にものを聞く時は相手の方を見て喋った方がいいですよ」
ナイスバディなパツキン美女が言った。
「すまんこ」
「ちゃんと謝れやァ!」
ブチギレる美女。
「あの、なんで私のあだ名知ってるんですか?」
手足が4本ずつの女性が不思議そうに尋ねた。
「えっ、呼んでませんけど?」
「すまんこって言ったじゃないですか」
「言いましたけど、もしそれがあなたのあだ名だとしてもさすがに今の文脈であなたを呼んでるとは誰も思いませんよね? 登場するタイミングが分からなかったから無理やりこじつけて勘違いしたふりして入ってきたんですか?」
「恥ずかしいんでやめてください」
「あなたのあだ名よりは恥ずかしくないと思いますけどね。で、なんでそんなあだ名なんですか」
未だに唐辛子の顔しか見ていない新木。
「私、吸乳田 卍子っていうんです」
「スパイ!? もしやあなたがダイイングメッセージの!?」
「違います! もしそうだったら私の親戚全員スパイじゃないですか!」
「そうですか。それは失礼しました」
「新木さん納得したみたいな顔してますけど、名前ヤバいのスルーなんですか?」
「ほんとだ、ヤバ」
「やめてください!」
卍子が叫んだ。
「スパイダーマンみたいな子に育つようにって、パパとママがつけてくれた大事な名前なんです。あなたたちがバカにしていい名前じゃないんです!」
「スパイダーマンみたいな子に⋯⋯?」
「はい。私、ケツから糸を出せます」
「スパイダーマンって手から出しません?」
「手から出せるんならお尻からも出せるんじゃないですか? ⋯⋯新木さんのお尻からは何が出てるのかなっと」さわさわ
「誰得なんだよ」
殴るニキが呆れたように言った。
「あなたは」
「殴るニキだ」
「本名は?」
「チン・ボンゴウだ」
「チンボ!?」
「ボンゴウだ! 今日はもうBL禁止にしてくれ!」
「ボンちゃん、もうこんな人達ほっときましょ!」
チンボニキの女房が彼の手を掴んで言った。
「おや奥さん、どこに行くつもりですか?」
新木が訊いた。容疑者にこの場を離れられては困るからだ。
「部屋の角よ!」
「ならいいです」
部屋の隅で体育座りする2人。完全に観戦モードである。
「っとその前に、あなたの名前を聞いていませんでしたね、奥さん」
「ヤリ・マンギョンよ」
「ヤリマン!?」
「新木さん、もう名前いじるのやめましょうよ」
「いやいやいや、ヤリ・マンギョンて! 旦那はチン・ボンゴウだし! ヤバいじゃん! アハハ!」
「ヤバいのはあなたですって、もう⋯⋯⋯⋯ん!?」
「どうした唐辛子」
「新木さん!」
「どうした唐辛子!」
「ヤリマンとチンボじゃないですよ!」
「じゃなくはないだろ」
「そうじゃなくて、2人はマンギョンとボンゴウなんですよ!」
「万景峰号じゃねーか! ということは⋯⋯」
「ええ、新木さん。⋯⋯あなた方お2人が、スパイなんですね?」
「「違います」」
首を横に振る2人。
「新木さん、違うみたいです」
「犯人はみんなそう言うんだよ!」
「え? でも自首してくる人もいますよ?」
「揚げ足とるな!」
「じゃあこの2人を逮捕しますか?」
「ああ、しょっぴけ!」
「待ちなァ!」
さっきのナイスバディなパツキン美女が止めにかかる。
「なんだね。なにか文句あるのかね」
「あるに決まってるでしょ。友達なのよ」
「友達だからって犯罪者を庇ってはいけないよ」
「犯罪者じゃないでしょ。名前がたまたま夫婦合わせると万景峰号なだけで」
「では彼らはスパイではないと?」
「当たり前よ!」
「でも、6人中2人はスパイなんですよね? 2人を見逃せば、あなたへの疑いも強まることになりますよ?」
「フン、そんなのどうでもいいわ」
「強気な美女も悪くねぇな⋯⋯」
「ちょっと新木さん!」
「悪い悪い⋯⋯ところで、お名前を伺っても?」
「ペニシフェーラ・ドビュッシーよ」
「スパイっぽくない!」
「ほんとだ、スパイっぽくないですね!」
「これで3分の2か⋯⋯」
「もうひと息ですね!」
「お前らいい加減にしろよ。こんな適当な捜査で⋯⋯」
シャラップニキがニョキっと現れた。さっきまで影薄かったから。
「あなた、お名前は」
「ボクスパイデス」
「あぁん? 急にカタコトになって何も分からないフリか? ⋯⋯ボクスパイデス!?」
「ボクスパイデス」
「さっきまであんなに怒ってたのに敬語で自白!? しかもいきなり!」
「ボクスパイデース」
「やべー! こいつスパイだわ!」
あからさまにテンションアゲアゲの新木。
「ボ〜クスパイデース!」
「うおおおおーーーー!!!」
この上なくうれしそうな新木。
「⋯⋯ふふっ」
を優しい顔で見つめる唐辛子。
「ボ〜ックス パイ デ〜ス!」
「さすがにクドいかな」
ちょっとテンションが下がる新木。
「僕も思いました」
同調する唐辛子。
「では、逮捕する」
「やめろやーーーーーーー!」
激怒して新木の手を振り払うシャラップニキ。
「なんやお前!」
激怒し返す新木。
「なに逮捕しようとしてんの!?」
「僕スパイですって言うから⋯⋯」
「言ってないって!」
「はぁ!?」
「ミーの名前は『BOX PIE DEATH』! ボックス・パイ・デスなの!」
「んなわけあるか! 名前に『死』が入るかよ!」
「ほい」
「どういう意味を込めて付けられた名前なんだよ!」
「毒入りパイの詰め合わせ、だったかな」
「いいのかそれで」
「ミーが親から貰った大事な名前をバカにするな!」
「お前らさっきからそればっかだけど、バカにされるだけの理由があるから言われてんだぞ!? あとお前、わざとカタコトで名前言ってスパイの疑いかけられて目立とうとしたよな? それなに? 持ちネタ? いつも居酒屋とかでやってんの? 面白いと思ってやってんの? 俺お前嫌いだわ」
「そこまで言わんでも⋯⋯」
BOX PIE DEATH(以降B.P.D.とする)は泣きながら窓から飛び降りた。ここは11階なので恐らく彼をB.P.D.と呼ぶ機会は永劫訪れないだろう。
「これであと2人⋯⋯」
「だから私は違いますってば!」
卍子が泣きながら両手を胸の前あたりでギューってして、目もギューってして、わぁああー! って感じで言った。
「でもスパイは2人いるんですよ。あなたが違うならマイナスになっちゃいます」
「だったらあなたたちのどっちかがそうなんじゃないですか?」
「⋯⋯はい?」
「あなたがスパイだって言ってるんですよ、新木さん!」
「えぇーっ!? 俺がスパイ!? だって俺の出身地は⋯⋯はっ!」
「北朝鮮だ⋯⋯」
一気に青ざめる唐辛子。
「ちなみに俺はキム・ギョプサルって言います」
突然名乗る最後の男。
「なんてこった⋯⋯インパクト薄いしスパイっぽくない⋯⋯そしておいしそう⋯⋯」
絶望する新木。
「これでマイナス2だ⋯⋯ということは⋯⋯」
さらに青ざめて紺色になる青唐辛子。
「「「「「「あなたたち2人がスパイだ!」」」」」」
飛び戻ってきたB.P.D.を含む6人が2人を囲み、指さして言った。
「そんな⋯⋯俺たちが⋯⋯」
ショックでその場に倒れる新木。
「スパイだったなんて⋯⋯!」
ショックで倒れた新木の上に、ちんポジを確認しながらショックで倒れ込む唐辛子。
その上空に突如現れる包丁。犬可愛氏に刺さっている倍の長さはありそうだ。
ぐさり
「ギャーーーーーーー」
「痛し!!!!!!!」
包丁が2人を貫く。
「死ぬ〜〜〜〜〜〜〜〜〜」
「あと5秒で死ぬ〜〜〜〜〜〜〜」
より包丁が刺さっている上の唐辛子が紺色の顔のまま息を引き取った。
「俺もあと5秒で死ぬ〜〜〜〜〜〜〜〜」
「その前に〜〜〜〜〜〜〜」
「ここにはスパイが4人いる!!!!」ガクッ
そう言い残すと新木も、死後硬直の唐辛子の唐辛子がお尻に刺さったまま息を引き取った。




