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67.流星群と願い


 六日目。

移動中、崖沿いの道を進んでいた時のことだ。


「あれ……?」

サラが足を止めた。


「どうした?」

俺が振り返る。


「あそこ、何かいる」


サラが崖の縁を指差した。

見ると、小さな影が蹲っている。


近づいてみると──猫だった。

灰色の毛並み。小さな体。

崖の縁で、必死に鳴いている。


「ミャー、ミャー」


「あ、下にもいる!」

リリィが崖下を覗き込んだ。


岩棚の上に、もう一匹。

さらに小さな子猫が、震えていた。


「親猫と子猫っすね」

ジャックが言う。


「子猫が落ちて、上がれなくなったみたいだな」

レオンハルトが状況を把握した。


「助けなきゃ!」

サラが叫んだ。


そして──躊躇なく、崖から飛び降りた。


「サラ!」

俺が叫ぶ。


だが、心配は無用だった。

サラの体が淡い光に包まれる。

身体強化魔法で、軽やかに岩棚に着地した。


「大丈夫よ、怖かったね」


サラが子猫を優しく抱き上げる。

子猫が、サラの胸に顔を埋めた。


「よしよし」


サラが子猫を撫でながら、跳躍した。

一瞬で崖の上まで戻ってくる。


「ほら、お母さんのところに帰りな」


サラが子猫を地面に下ろした。

親猫が駆け寄り、子猫の顔を舐める。


「よかった……」

サラが安堵の息を漏らした。


「かわいい〜」

リリィが目を細める。


「無事でよかったっすね」

ジャックが笑った。


親子の猫は、しばらく俺たちを見ていた。

そして──森の中へ歩いていく。


途中、親猫がこちらを振り返った。

小さく頭を下げたような気がした。


「……お礼、言ってくれたのかな」

サラが呟いた。


「そうかもな」

俺が答える。


猫の姿が、木々の間に消えていった。



その夜。


「剛くん、腕相撲しましょ!」

ジャックが拳を握って言った。


「お、いいぜ」

俺は腕まくりをした。


「魔法解けよ」


「もちろんっす!」

ジャックが胸を張る。


「純粋な力勝負っす!」


丸太をテーブル代わりに、向かい合った。


「リリィ嬢、審判お願いするっす!」


「オッケー!」

リリィが手を上げた。


俺とジャックが、手を組む。


「レディー……」

リリィが溜める。


「ゴー!」


「オラッ!」

俺が一気に力を込めた。


「ギャッ!」


ジャックの腕が、一瞬で倒れた。

バン!

丸太に手の甲が叩きつけられる。


「……え、もう終わり?」

リリィが目を丸くした。


瞬殺だった。


「つ、強すぎっす……」

ジャックが腕を押さえる。


「いや、お前が弱すぎんだろ」


「そんなぁ……」

ジャックが項垂れた。


「私も、いいですか?」


声がして、振り返る。

フィオラが立っていた。


「姐さん!?」

ジャックが驚く。


「興味があるので」

フィオラが俺の向かいに座った。


「おう、いいぜ」

俺は再び腕を構えた。


フィオラの手が、俺の手を握る。

細いが、硬い。

剣を振り続けてきた手だ。


「では」

リリィが手を上げた。


「レディー、ゴー!」


力が、ぶつかった。


「……っ」


フィオラの腕が、震える。

だが、倒れない。


(なかなか、やるじゃねぇか)


俺は少し力を込めた。

フィオラの腕が、ゆっくりと傾いていく。


「くっ……」


フィオラが歯を食いしばる。

だが、抗えない。


バン。

フィオラの手が、丸太に着いた。


「……参りました」

フィオラが息を吐いた。


「なかなかいいパワーだったぜ」

俺が笑う。


「剛くんつえー!」

ジャックが叫んだ。


「マジで半端ないっす!」


「魔法ねぇからな」

「体だけは鍛えてんだよ」


この夜も、盛り上がった。



旅の間、時々瘴気の魔物も現れるようになっていた。


灰色の肌、虚ろな目。

人型だが、人ではない。

得体の知れない存在。


だが、俺が出る間もなかった。


ジャックの魔法が閃き、魔物が凍りつく。

フィオラの剣が一閃し、首が飛ぶ。


瞬時に処理されていく。

俺の出番はなかった。



そうして、出発してから七日目の夜。


「今夜、流星群が見られるらしいっすよ!」

ジャックが嬉しそうに言った。


「本当?」

リリィが目を輝かせる。


「ええ、十年に一度の大流星群です」

フィオラが頷いた。


「それは見逃せませんね」

レオンハルトが微笑む。


「じゃあ、みんなで見よう!」

サラが手を叩いた。



俺たちは焚き火から少し離れた、開けた場所に移動した。

草原に寝転がり、空を見上げる。


満天の星。

夜風が、草を揺らしていた。


そして──。


「あ、流れた!」

リリィが叫ぶ。


一筋の光が、夜空を駆けた。


「おお……」

俺も思わず声が出る。


次々と、流れ星が現れる。

一つ、また一つ。

空が、光の線で埋め尽くされていく。


「すごい……」

サラが息を呑む。


「綺麗ですね」

フィオラが静かに言った。


「ああ」

レオンハルトが頷く。


誰も、言葉を発さなかった。

ただ、空を見ていた。

光の雨が、降り注いでいた。


「流れ星に、願い事したっすか?」

ジャックが聞いた。


「え、願い事?」

リリィが首を傾げる。


「流れ星に願うと、叶うって言うじゃないっすか」


「ああ、聞いたことあるな」

俺が頷く。


「じゃあ、みんなで願い事しましょ!」

サラが提案した。


「何を願うんだ?」


「それは秘密よ」

サラがウインクする。



また、流れ星が走る。

全員が、目を閉じた。

それぞれの願いを、心の中で唱える。


俺も目を閉じた。

瞼の裏に、光の残像が揺れている。


(……何を願う?)


考える。


強くなりたい?

魔人を倒したい?


どれも、違う気がした。


頭に浮かんだのは──。


川での水の掛け合い。

怖い話で盛り上がった夜。

猫を助けた時のサラの笑顔。

腕相撲で悔しがるジャック。

フィオラの珍しい笑い声。

レオンハルトの穏やかな表情。

リリィの明るい声。


──みんなが、笑っている。


(……これが、続けばいいな)


それが、俺の願いだった。



目を開ける。

流れ星は、まだ降り続けていた。


「こんな時間が……」

サラが呟いた。


「ずっと続けばいいのに」


その声は、とても小さかった。


誰も、何も言わなかった。

ただ、星を見つめていた。


風が吹いた。

草が揺れ、星の光が瞬く。


この夜を、俺は忘れない。

きっと、みんなも。



空が白み始める頃まで、俺たちはそこにいた。

流れ星は、いつの間にか止んでいた。


「……そろそろ、戻りましょうか」

レオンハルトが静かに言った。


「うん……」

リリィが小さく頷く。


「名残惜しいっすね」

ジャックが空を見上げた。


「10年後、また見にこようね」

サラが言った。


「そうね」

フィオラが微笑む。


俺たちは立ち上がり、野営地へ戻った。

東の空が、薄紅色に染まり始めていた。

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