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66.穏やかな日々


 数日間──

俺たちは、穏やかな時間を過ごした。



出発して五日目の昼。


「腹減ったっすね……」

ジャックが空を仰いだ。

朝から移動続きで、まともな食事を取っていない。


「そういえば、さっき川があったな」

レオンハルトが振り返る。


「魚でも釣りますか?」

フィオラが提案した。


「よっしゃ、釣り勝負っす!」

ジャックが目を輝かせた。


「勝負?」

俺が眉を上げる。


「一番多く釣った人が優勝っす!」


ジャックが木に手をかざす。

枝が伸び、形を変えていく。

数秒で、六本の釣り竿が完成した。


「おお、すげぇ」


「さすがジャック!」

リリィが拍手する。


「へへ、こういうのは得意っすから」

ジャックが照れくさそうに笑った。



川辺に到着した。

水が澄んでいて、魚影が見える。


「よし、始めるぞ」

レオンハルトが竿を構えた。


全員が、川沿いに並ぶ。

糸を垂らし、静かに待つ。


……。

…………。


「……釣れねぇな」

俺が呟いた。


「忍耐っすよ、忍耐」

ジャックが言う。


その時──。


シュパッ!


何かが水面を切り裂いた。

見ると、フィオラが剣を振るっていた。

刃の先に、魚が串刺しになっている。


「一匹」

フィオラが淡々と言った。


「おい! 竿でやるんじゃねぇのかよ!」

俺が叫ぶ。


「効率の問題です」


フィオラがまた剣を振る。

シュパッ。


「二匹」


「姐さんずりぃっす!」

ジャックが竿を放り投げた。

そして呪文を唱え始める。


「こうなったら──ショートーボルト!」


バリバリバリッ!

雷撃が川面を走った。

白い泡が立ち上り、数秒後──

プカプカと、魚が浮いてきた。


「よっしゃ!」


ジャックが川に飛び込む。

浮いた魚を次々と拾い上げていく。


「てめぇ!」

俺も竿を捨てた。


「こうなりゃ素手だ!」


ザブン!

川に飛び込む。

冷たい水が全身を包んだ。


魚を追いかけ、手を伸ばす。


「待ちやがれ!」


ヌルッと滑る。


「くそっ、捕まえ──」


バシャッ!

横から水飛沫が飛んできた。


「おりゃー!」


リリィだった。


「うわっ、なにすんだこのやろ!」


「えへへ、楽しそうだったから!」

リリィが笑いながら水を掛けてくる。


「やったなこの──」


俺も水を掛け返した。


「きゃー!」


「私も入るわよ!」

サラが飛び込んできた。

白いローブが水を吸って重そうだ。


「サラちゃんまで!」


ジャックが叫ぶ。


「うるさい!」

サラがジャックに水を浴びせた。


「ぶはっ!」


「ふふっ」

フィオラまで川に入ってきた。

剣を鞘に収め、両手で水を掬う。


「姐さん!?」


「たまには、いいでしょう」

静かに微笑む。

そして──レオンハルトに水を掛けた。


「おっと」


レオンハルトが避けようとして、足を滑らせた。


ドボン!

盛大に転んだ。


「……やりましたね、フィオラ」


「ええ」

フィオラが珍しく笑っている。


「団長、顔に藻ついてるっすよ!」


「なんだと?」


レオンハルトが頭に手をやる。

緑色の藻がべったりとついていた。


「ぶはっ!」

ジャックが吹き出した。


「あはははは!」

リリィが腹を抱えて笑う。


「だ、団長……」

サラも肩を震わせていた。


レオンハルトが苦笑する。


「……まあ、たまにはいいか」


そう言って、ジャックに水を掛けた。


「うわっ!」


「仕返しだ」


笑い声が、川辺に響いた。

空が青い。

水飛沫が、陽光を受けてキラキラと輝いていた。



その夜。

焚き火を囲んで、俺たちは輪になって座っていた。


魚は結局、みんなで協力して大量に獲れた。

ジャックが焼いてくれて、腹いっぱい食った。


「ねぇねぇ、怖い話しましょうよ!」

ジャックが目を輝かせた。


「怖い話?」

リリィが身を乗り出す。


「面白そう、やろやろ!」


「順番に一人ずつ話すっす!」

ジャックが指を立てた。


「一番怖かった人が優勝ってことで!」


「いいわね」

フィオラが頷く。


「では、私から」



フィオラの話は、剣民族に伝わる怨霊の伝説だった。

戦で死んだ剣士の魂が、夜な夜な仲間を探して彷徨うという。


「……その剣士は、今も森を歩いていると言われています」


フィオラが締めくくった。


「おお、なかなかっすね」

ジャックが拍手する。


「次、俺な」

俺が手を挙げた。



「昔、俺の地元にトイレの花子さんって都市伝説があってな──」


話し終えると、全員がポカンとしていた。


「……え、それで終わり?」

サラが首を傾げる。


「おう」


「全然怖くないんだけど」


「だよねー」

リリィも苦笑していた。


「異世界の怪談は、イマイチっすね……」

ジャックが肩を落とす。


「うるせぇ!」

俺の話は不評だった。



ジャックの話。

サラの話。

リリィの話。


それぞれ怖さに差はあったが、それなりに盛り上がった。


そして──最後。


「では、私が」

レオンハルトが口を開いた。



「これは、実際にあった話です」


レオンハルトの声が、低くなる。

焚き火の炎が揺れた。


「ある依頼で、廃墟の城を調査したことがあります」


「城には、かつて王族が住んでいました」


「しかしある夜、全員が姿を消した」


「残されたのは、血痕だけ」


レオンハルトが一度、言葉を切る。

全員が息を呑んで聞いていた。


「城の奥で、私は日記を見つけました」


「最後のページには、こう書かれていた」


レオンハルトが、全員の顔を見回した。


「『うしろに いる』」


沈黙。

風が吹き、焚き火の炎が大きく揺れた。


「その瞬間──」

レオンハルトの声が、囁くように小さくなる。


「背後から、冷たい息を感じたのです」


全員の顔が、青ざめていた。

サラが、いつの間にか俺の腕にしがみついている。

リリィも、小刻みに震えていた。

ジャックは完全に固まっている。

フィオラでさえ、表情が強張っていた。


静寂。

誰も、何も言えない。


その時──。


「わっ!!!」


俺が大声を上げた。


「ひゃあああ!!!」

「きゃー!!」

「うおっ!?」


全員が悲鳴を上げた。


ジャックが椅子代わりの丸太からひっくり返る。

背中から地面に落ち、足をバタバタさせていた。


「び、びっくりしたぁ……」

リリィが胸を押さえる。


「ちょっと! 何すんのよ!」

サラが俺を睨んだ。

でも、まだ腕を掴んでいる。


「悪ぃ悪ぃ」

俺は笑った。


「剛くん、心臓止まるかと思ったっす……」

ジャックが起き上がりながら言う。


「ふふっ」

フィオラが小さく笑った。


「……やられましたね」

レオンハルトも苦笑している。


緊張が解け、笑い声が夜の森に響いた。


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