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65.剣民族の誇り


 翌朝。

空が白み始める頃、俺たちは出発した。


朝靄が草原を覆い、足元が霞んでいる。

ガルカの蹄が、露に濡れた草を踏む音が響く。


「今日も順調ですね」

レオンハルトが前を向いたまま言った。


「ええ」

フィオラが頷く。


「このペースなら、予定より早く魔人の領域に到達できるかもしれません」


静かな朝。

北へ向かって走り続けた。



陽が昇り、気温が上がってくる。

朝靄が晴れ、視界が開けた。


草原が、どこまでも続いている。


「少し、休憩しましょう」


レオンハルトが告げる。


俺たちは木陰に集まった。


「よっしゃ、飯の準備するっす!」


ジャックが張り切ってカバンを開ける。


リリィとサラは木陰で腰を下ろし、水筒を取り出していた。


俺も座ろうとした時──。


「団長」


フィオラが声をかけた。


「付き合ってもらえますか?」


剣を抜き、構える。

刃が陽光を反射して輝いた。


「ああ、もちろん」


レオンハルトが立ち上がる。

剣を抜き、盾を構えた。


(稽古か)


俺は座ったまま、二人を見ていた。



フィオラが踏み込む。

一閃。


レオンハルトが盾で受ける。


キィン!


金属音が響く。


フィオラが連続で斬撃を放つ。

シュッ、シュッ、シュッ!


速い。目で追うのがやっと。


レオンハルトは全て盾で受け止める。

一歩も引かない。


(すげぇな……)


休憩中の稽古とは思えない本気度。


フィオラが跳躍し、上段から斬りかかる。

レオンハルトが剣で弾き返す。


ガキィン!


衝撃で地面が揺れた。


数秒、数十秒──

二人の攻防が続く。


やがて──。


「そこまで」


レオンハルトが言った。


「相変わらず、鋭いですね」


「まだです」


フィオラが剣を収める。

息一つ乱れていない。


だが、その声には静かな焦燥が滲んでいた。


「まだ、足りません」


レオンハルトが少し目を細めた。


「……そうですか」


何かを察したように、静かに頷く。


「では、休憩しましょう」


レオンハルトが俺たちの元へ戻る。


フィオラは少し遅れて、ゆっくりと歩いてきた。



昼食を済ませ、俺たちは再び北へ向かった。


午後の陽光が、背中を照らす。

影が長く伸び、草原を駆けていく。


道中いくつかの魔物と遭遇したが、難なく処理した。


フィオラの剣が閃き、魔物が倒れる。

レオンハルトの盾が弾き、敵が吹き飛ぶ。


圧倒的な強さ。


そして──夕暮れ。


空が茜色に染まり始めた頃、俺たちは森の中で野営地を見つけた。


「今日はここにしましょう」


レオンハルトが告げる。


焚き火の準備が始まる。

ジャックが薪を集め、サラが結界を張る。

リリィは荷物の整理。


俺は少し離れた場所で、腕立て伏せをしていた。


体が上下する。

筋肉が熱を持ち、汗が地面に落ちる。


「トレーニングですか?」


声がして、顔を上げた。


フィオラが立っていた。

焚き火の明かりが、彼女の赤い髪を照らしている。


「ああ、身体がなまっちまいそうでな」


俺は体を起こし、膝に手を置いた。


「お前らの稽古を見て、触発されちまった」


フィオラが少し目を伏せた。


「見られていたのですね」


声が、わずかに沈む。


「見苦しいところをお見せしてしまいました」


「なんでだよ?」


俺は眉をひそめた。


「レオンハルトとタメ張ってたじゃねえか」


「いえ」


フィオラが静かに首を振る。


「私は、まだまだです」



沈黙が落ちた。


風が吹き、木々の葉が揺れる。

遠くで、焚き火がパチパチと爆ぜる音。


フィオラが、ゆっくりと口を開いた。


「私の一族は剣で生き、剣で死ぬ民族です」


焚き火の明かりが揺れ、目の下の剣型の紋様を照らした。


「誇りはあります。胸も張っています」


右手が、腰の剣の柄に触れた。


「剣は、我らにとって生き方そのものですから」


俺は黙って聞いていた。


「だから私はずっと、誰よりも剣を磨き続けてきました」


「強くあれ──それだけを信じて」


風が止んだ。

森が、静まり返る。


「……でも、変わったんです」


フィオラが俺を見た。

その目には、俺が初めて見る光があった。


「レオンハルト団長と出会ってから」



「団長の剣は、斬るためだけの剣ではありません」


フィオラの声が、静かに響く。


「仲間を守り、進む道を切り開くための剣です」


レオンハルトの戦い方を思い出す。

盾で受け、剣で道を拓く。

前に立ち、後ろを守る。


「あの背中を見たとき……」


フィオラが、一度目を閉じた。


「強さの意味が、私の中で変わりました」


再び目を開く。

琥珀色の瞳が、焚き火の光を映していた。


「誇りだけでは届かない場所がある」

「努力だけでは守れないものがある」

「それを教えてくれたのは……あの人です」



フィオラが、空を見上げた。

星が、瞬き始めている。


「だから、追いつきたい」

 

「あの背中の隣に立てるだけの剣士になりたい」


俺は何も言わなかった。

言葉が、必要ない気がした。


フィオラが俺を見た。

その視線に、初めて見る熱があった。


「あなたの拳には、私の知らない理があります」


「悔しいし、羨ましい」


フィオラが小さく笑った。

俺が初めて見る、柔らかい笑顔だった。


「でも……それもまた、私を前へ進ませてくれる」



風が吹いた。

フィオラの赤い髪が、揺れる。


「私はもっと強くなります」


声に、迷いはなかった。


「あの人の隣で、同じ景色を……」


彼女が、焚き火の方を見た。


レオンハルトが、仲間たちと話している。

穏やかな笑顔。


「これからもずっと、見ていたいのです」



俺は立ち上がった。

土を払い、フィオラを見る。


「お前なら、なれる」


「……え?」


「レオンハルトの隣に立てる剣士に」


フィオラが目を見開いた。

琥珀色の瞳が、わずかに揺れる。


「根拠はねぇけどな」

「そんだけ必死な奴に、届かねぇ場所なんてねぇよ」


フィオラが、しばらく黙っていた。


そして──。


「……ありがとうございます」


静かに、微笑んだ。

俺が見た中で、一番穏やかな顔だった。


「さ、戻ろうぜ」

「ええ」


二人で、焚き火の元へ歩き出した。


星が、空いっぱいに輝いていた。

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