63.守るべきもの
晩は少し進んだ場所で野営をした。
木々が風に揺れ、葉擦れの音が響く。
火が焚かれ、炎がパチパチと音を立てている。
鍋からは、香ばしい匂いが立ち上っていた。
「フレイムドラゴンどうっすか? なかなかいけるでしょ!」
ジャックが得意げに笑う。
鍋の中には、赤い肉が煮込まれている。
湯気が立ち上り、脂が溶けて表面が輝いていた。
「う、うめぇ……」
俺が肉を噛み締める。
柔らかい。それでいて、歯ごたえがある。
噛むたび、肉汁が溢れ出す。
口の中に、濃厚な旨味が広がった。
「すごーい! 口の中でとろける〜」
リリィが目を輝かせる。
「でしょ! 美味い部位厳選してもぎ取ってきたっす!」
ジャックが胸を張った。
「前はよく色んなモンスターを食べて研究したわよね」
サラがぼそりと言う。
「フィオラの姐さんはよくゲロってたっす」
ジャックがニヤニヤしながら言った。
「みんな戻してたわ」
フィオラが冷静に訂正する。
でも、少し頬が赤い。
⸻
「さっきは、その…ありがと」
サラが俺を端目でみて呟いた
「いいってお互い様だろ?モンスターから守ってくれてありがとな」
俺が答えるとサラは顔を背けた
「それにしても、リリィ嬢よく魔物に気づいたっすね」
ジャックが感心したように言った。
「自分も魔力探知かけてたんすけど……」
「あたし、オリジナルの魔力探知よ!」
リリィが胸を張る。
「お荷物にはならないんだから!」
「結局、あれは何だったんだ?」
俺が問う。
「ヤバい奴なのか?」
リリィの表情が曇る。
炎の明かりが、彼女の顔に影を落とした。
「魔人の瘴気から生まれた魔物で間違いないと思う」
リリィが真剣な顔で言った。
「魔力自体は小さかったけど……得体が知れないわ」
沈黙。
「そうですね」
レオンハルトが静かに言った。
「明日からさらに気を引き締めていきましょう」
「だな」
俺が頷く。
「しょんべん行ってくるわ」
「では、私も」
レオンハルトが立ち上がった。
⸻
用を済ませ、戻ってきた。
焚き火から少し離れた場所。
俺が荷物を整理していると──。
「鬼塚さん」
レオンハルトが近づいてきた。
「サラを守ってくださり、本当にありがとうございました」
「なに言ってんだよ、仲間だろ」
俺が軽く答えると、レオンハルトは静かに笑った。
だが、その笑みには何か重いものがある。
彼が月を見上げた。
「私は今でこそ最強などと謳われていますが、昔は何人もの仲間を失ってきました」
⸻
「若い頃、私はただの剣士でした。強くなれば守れるものが増えると、それだけを信じていた」
「師がいました。剣の型はもちろん、冒険者としての在り方まで教えてくださった。叱られて、励まされて。あの方がいたから、私は剣を続けてこられたのです」
声が少し震える。
俺は黙って聞いていた。
「同期もいました。切磋琢磨し、背を預け合える仲間でした。互いに遅れまいと必死で、時には無茶もしましたね」
少し笑う。
だがすぐに表情が曇った。
「でも、喪失はいつも突然でした」
⸻
「ある討伐で、師が倒れました。私よりずっと強かったのに、ほんの一瞬の判断ミスで」
目を閉じる。
「別の依頼では、同期のひとりが私を庇って斃れました。勝利はしたはずなのに、胸は冷たかった」
月明かりが、彼の頬に古い傷跡を照らしている。
「同期も一人また一人と減っていき、気づけば私の周りから仲間が消えていった」
「新しい仲間を迎えても、また誰かが消えた。」
「同じ痛みを何度も繰り返した」
⸻
「その頃からです、剣だけでは足りないと思ったのは」
俺を見た。
金色の瞳が真っ直ぐこちらを見つめる。
「敵を倒すだけでは守れない。誰かを守るには、前に立ち受け止める力がいると」
盾に手を添える。
月光が銀の盾を照らした。
「気づけば私は、剣と盾を握っていました。どちらかを捨てたわけではありません。守るために、ただ必要だったのです」
「失うのは、もう十分でした」
⸻
「フィオラは──」
レオンハルトが少し表情を緩める。
「私が一番苦しかった時に、声をかけてくれました」
「何も言わず、ただ隣にいてくれた」
「あの時から、彼女は私の剣であり、支えです」
視線が焚き火の向こうで剣を磨いているフィオラに向く。
「ジャックは、いつも場を明るくしてくれる」
レオンハルトが小さく笑った。
「どんな時でも前向きで、仲間を励ます」
「彼がいるだけで、パーティの空気が変わるんです」
「そして──サラ」
声が柔らかくなる。
「まだ若いのに、懸命に皆を支えている」
「不安を隠して、強がって」
「でも本当は、誰よりも優しい子なんです」
レオンハルトが拳を握る。
「この三人を──絶対に失いたくない」
「だから私は誓ったんです。今度こそ全員を守り抜くと。誰一人、死なせないと」
⸻
「さっきサラを守ってくれた時、本当に感謝しました」
「心臓が止まるかと思いました」
「サラが狙われた瞬間、私は動けなかった」
「また、目の前で仲間を失うのかと」
「でも、あなたが守ってくれた」
そして──深く頭を下げた。
金髪が垂れ、顔が見えなくなる。
「本当に、本当にありがとうございます」
俺はしばらく黙っていた。
そして──。
「レオンハルト」
俺が口を開く。
彼が顔を上げた。
「俺も、守る」
短く言った。
「お前も、フィオラも、ジャックも、サラも」
拳を握る。
「リリィも」
真っ直ぐレオンハルトを見る。
「全員、守る」
風が吹いた。
「だから──」
俺が拳を突き出す。
「一緒に、生きて帰ろうぜ」
⸻
レオンハルトが、目を見開いた。
金色の瞳が、わずかに揺れる。
そして──静かに微笑んだ。
今までで一番、柔らかい笑顔だった。
「……はい」
「必ず、全員で」
レオンハルトが拳を握る。
そして、俺の拳に合わせた。
コツンと小さな音。
月光が、二人の拳を静かに照らしていた。
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