60.旅立ちの朝
「えっと、食料はこれで三日分……」
朝から、リリィの家は慌ただしかった。
リビングには荷物が山積みになっている。
食料、水筒、予備の服、医療道具──。
「これも持ってく? あ、回復薬も追加で……」
リリィが荷物を整理しながら、せわしなく動き回っている。
「なぁ……」
俺が口を開いた。
リリィの手が止まる。
薬瓶を持ったまま、動きが止まった。
「お前、本当によかったのか?」
「ん? なに急に」
リリィが顔を上げた。大きな瞳が、こちらを見つめる。
「この旅、死ぬかもしれねぇんだぞ」
言葉が、空気の中に沈む。
リビングに差し込む朝日が、埃を照らしている。
沈黙。
リリィが荷物から手を離す。
薬瓶をテーブルに置いた。
「……まあ、死ぬかもね?」
あっけらかんとした声。
でも表情は、いつもより少しだけ固い。
「軽く言うなよ」
「軽く言ってないし!」
リリィが頬を膨らませる。
「だってさ?」
彼女が俺の胸を指でツンとつついた。
「あたし、剛くんが帰ってくるの一人で待ってる方が嫌だよ」
寂しそうな声。でも芯がある。
「は?」
「だから一緒に行くの」
リリィが笑う。
「怖いから行かないとか、性に合わないし!」
笑って言うけど、目はまっすぐだ。
いつもの明るさの奥に、何か強いものがある。
「それにさ」
少し間を置いて。
リリィが俺の目を見た。
「剛くんがいれば、怖いの半分くらい消えるんだよ」
声が、少し小さくなる。
窓の外から、鳥の鳴き声が聞こえた。
「……意味わかる?」
「半分?」
俺が眉をひそめる。
「……バカ言え」
リリィの表情が揺れた。
目が少し見開かれる。
俺は腕を組んだ。
「俺がいれば問題ねえ。そういうことだろ?」
リリィの唇が、わずかに震えた。
そして──。
間を置いて。
「そゆこと!」
リリィがパッと笑顔になった。
いつもの明るさが戻る。
「サクッと倒して帰ろーね!」
両手を握って、ぐっと前に突き出す。
「おう、任せとけ」
俺も笑った。
窓から差し込む朝日が、二人の影を床に伸ばしていた。
⸻
そして翌日。
北門。
石造りの巨大な門が、朝靄の中にそびえ立っている。
アーチ状の入口。分厚い木の扉。そこを抜ければ、王都の外だ。
既にレオンハルト一行とバルトロメオが到着していた。
陽光が石畳を照らし、門の影が長く伸びている。
皆、戦闘用であろう装備を身につけてる。
レオンハルトは銀の鎧に大きな剣と盾。
陽光を反射して、鎧が眩しく輝いている。
フィオラは軽鎧に剣。
赤い髪が風に揺れ、目の下の剣型の紋様が朝日に映える。
ジャックは軽装で、腰にナイフとポーチ。
さらにデカいリュックを背負ってる。中身がパンパンだ。
サラは白いローブに杖を携えている。
小柄な体に、少し大きめのローブ。緑の髪が肩で揺れている。
「おはようございます。調子はいかがですか?」
バルトロメオが穏やかに声をかけてきた。
「絶好調だ」
俺が答えると、バルトロメオが満足そうに頷いた。
「んで、なんだこの獣は?」
俺が指差した先には──。
マンモスのようなカバのような、何とも形容し難い大人しそうな獣が待機していた。
灰色の分厚い皮膚。丸い目。のっそりとした動き。
体高は三メートルほどか。背中には鞍のようなものが取り付けられている。
「護送獣のガルカです」
バルトロメオが説明する。
「S級パーティの皆は高速で移動するので、鬼塚さんとリリィさんにはこちらに乗っていただこうかと」
ガルカがのんびりと目を瞬かせた。
「こいつ、早いのか……」
見た目からは想像できない。
どう見ても鈍重そうだ。
「見た目によらず、健脚ですよ」
バルトロメオが笑った。
「よし、行こうぜ」
ガルカの背に手を置いた。
「ええ、参りましょう」
フィオラが静かに頷いた。
「魔人を討伐し、皆が無事に帰還すること」
バルトロメオの重みのある声だ。
「これが私の依頼です。どうか、ご武運を」
「その依頼、確かに引き受けました」
レオンハルトが胸に手を当てた。
「報酬が楽しみね」
サラがぼそりと呟く。
「よーし、出発っす!」
ジャックが元気よく拳を突き上げた。
俺とリリィはガルカの背に乗った。
「行くぞ」
レオンハルトが号令をかける。
ガルカがゆっくりと歩き出した。
そして──。
「では、バルトロメオ様。行ってまいります」
レオンハルトが一礼する。
四人が一斉に走り出した。
俺たちはバルトロメオに見送られ、北門を後にした。
⸻
──いや、ガルカ、そこそこ速いな。
馬並みか?
大人しそうな見た目とは想像できないスピード。
足音が規則的に地面を叩く。ドスン、ドスン
景色が後ろへ流れていく。
草原が広がり、風が吹き抜ける。
それに余裕で並走するこいつらも半端ねえな……。
レオンハルトたちは、息一つ乱さず走ってる。
「鬼塚さん、揺れは大丈夫ですか?」
レオンハルトがこちらを見て声をかけてきた。
余裕の表情。
「ああ、問題ねえ」
が、リリィの口数が少ない気がする。
横を見ると、リリィが獣の背に揺られている。
両手で鞍をぎゅっと掴んで、顔がこわばってる。
吐くなよ……。
「問題がなければ、明後日には瘴気を帯びたエリアに到着します。」
レオンハルトが前を向いたまま言った。
「それまでは、ゆっくり作戦会議でもしながら移動しましょうか」
(走ってるけどな。さすが最強パーティだぜ)
「大体決まってるんだろ? 聞かせてくれ」
「はい」
レオンハルトが頷く。
「道中のモンスターの類は、全て我々で処理します」
フィオラが淡々と告げる。
風を切る音。草を踏む音。
「剛くんは秘密兵器っすからね! ガチ温存っす!」
ジャックが親指を立てた。
笑顔で走ってる。
「ヒールも効かないなんて、どんなびっくり人間よ」
サラが少し不機嫌そうに言う。
「怪我したら許さないんだからね!」
「剛くん、サラちゃんは心配だから気をつけてねって言ってるっす!」
ジャックが通訳する。
「もー! ちがうってば!」
サラが杖でジャックの頭を叩いた。
「いて! 痛いっす!」
ジャックが頭を押さえる。
「おお、ありがとな」
俺が笑うと、サラが顔を逸らした。
「ただ、魔人に接近するにつれ」
レオンハルトの声が真剣になる。
「モンスターではない”何か”と接触する可能性もあります」
彼がこちらを見た。
「その時は、ご助力をお願いするかもしれません」
「わかった」
風が強くなった。
草原を吹き抜け、髪を乱す。
リリィが、また静かだ。
「おいリリィ無理すんなよ」
「だ、大丈夫だってば……」
リリィが強がる。
でも顔色は悪い。
(……あとで休憩挟まねぇとな)
俺は前を向いた。
草原が、どこまでも続いている。
遠くに森が見える。
空は青く、雲一つない。
風が心地いい。
──長い旅になりそうだ。
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