44.勇者転生
ゲームの中では、僕は強かった。
画面に表示されるステータス画面。
レベル60の冒険者。装備欄には上級の武器と防具が並んでいる。
マルチプレイのボス討伐に参加すれば、たまにチャットで褒められる。
『神崎さんすごい!』
『火力高いですね』
『助かりました!』
文字だけの称賛。
でも、それで十分だった。
モンスターを倒すたびに経験値バーが伸びる。
レベルアップの効果音が鳴る。
数値が上がる。
それだけで満たされた。
(やろうと思えばできるんだ、僕は)
クラスの連中に見せてやりたい。
お前らが馬鹿にしてた僕は、こんなに強いんだって。
画面をスクロールしてランキングを眺める。
上位にはレベル100のプレイヤーがずらりと並んでいた。
(あんなの廃人じゃないか)
鼻で笑う。
無限に時間がある暇人か、金をつぎ込む廃課金。
どっちにしろ哀れな連中だ。
⸻
ある日、部屋の扉が開いた。
ノックなし。
母親じゃない。
重い足音。
父親だった。
「ハルト」
低く、押し殺したような声。
「もう限界だ」
僕はパソコンから目を離さなかった。
画面の中では、まだクエストが進行している。
「いい加減にしなさい!」
父親が一歩踏み込んでくる。
床がわずかに軋んだ。
「いつまでこんなことを続けるつもりだ」
「……」
「学校にも行かない。バイトもしない」
声が震えている。
怒りなのか、それとも――。
「お前、将来どうするつもりなんだ」
僕は何も答えなかった。
答えられなかった。
喉の奥で言葉が引っかかって、出てこない。
「このままじゃ、お前……」
父親の言葉が途中で止まる。
長い沈黙。
そして――ため息。
深く、重く、諦めたような息を吐く音。
「……好きにしろ」
扉が閉まる。
足音が遠ざかる。階段を降りる音。一階に消えていく。
部屋に、再び静寂が戻った。
画面の中では、クエストが完了していた。
経験値が入る。
でも、さっきまでの高揚感はもうない。
ただ、空虚な数字が増えただけだった。
⸻
それから数ヶ月。
僕は、ベッドとパソコンの往復だけをしていた。
朝はない。昼もない。
時間の感覚が曖昧になっていく。
部屋のカーテンは閉めっぱなし。
外の光を遮断している。
時折、小説投稿サイトを開く。
『異世界転生で俺TUEEE!』
『俺だけレベルアップで無双ライフ!』
『最強スキルで世界征服!』
タイトルをクリックする。
主人公が強くなっていく。
チート能力で。
モンスターを一撃で倒す。
仲間が増える。美少女ばかり。
街の人々が主人公を称賛する。
「すごい!」「さすがです!」「あなたこそ真の勇者だ!」
(いいな)
妄想が膨らむ。
もし僕が異世界に転生したら。
最強の能力を手に入れたら。
みんなが僕を認める。
尊敬する。
ヒロインたちが僕の周りに集まる。
勇者として崇められる。
(読みやすいし、面白いな)
そう思いながら、また次の小説を開く。
似たようなタイトル。
似たような展開。
だがどうしてだろう、不思議と引き込まれた。
⸻
ある日の深夜。
空腹に耐えかねて、コンビニに向かった。
目的はカップ麺とエナジードリンク。最近の定番。
真夜中の住宅街は静まり返っている。
街灯だけが道を照らしていた。
横断歩道の前で信号待ち。
赤。
誰も歩いていない。車も通らない。
でも、渡らなかった。
ルールだから。
青になった。
歩き始める。
その時――。
キィィィィッ!
ブレーキ音が夜の静寂を引き裂いた。
視界が回転する。
空が見える。地面が見える。街灯の光が流れる。
痛みはなかった。
ただ、アスファルトが顔に近づいてくる感覚だけがあった。
(……あ)
こんな風に、終わるんだ。
意識が途切れた。
⸻
目を開けると、そこは真っ白な空間だった。
床も壁も天井もない。
ただ、どこまでも続く白い光だけがある。
「ようこそ、神崎ハルト」
声が響いた。
どこから聞こえているのかわからない。
空間全体が震えるような、不思議な声。
振り向くと――女神がいた。
銀色の長い髪が重力を無視してふわりと浮いている。
純白の衣。
神々しいオーラが全身から溢れていた。
まるでゲームのCGみたいに美しい。
「あなたは命を落としました」
女神が穏やかに微笑む。
「そして――私があなたを選びました」
「……選んだ?」
自分の声が妙に小さく聞こえた。
「はい」
女神が手を差し出す。
その手は透けるように白い。
「異世界への転生です」
「異世界では厄災が迫っております」
女神の表情が少し曇る。
「あなたには、特別な力を授けます」
青い光が女神の手のひらに集まった。
「レベルアップシステム」
「スキル習得システム」
光が二つに分かれて、僕の胸に吸い込まれていく。
温かい。
心臓の奥が熱くなる。
「この力で強くなり、いずれくる脅威をどうか退けてください」
その瞬間――。
僕の心臓が激しく高鳴った。
鼓動が耳に響く。
(……きた)
(ついに、きた!)
(やっぱり僕が選ばれたんだ!)
震える声を必死に押さえ込む。
しかも、僕が一番得意なゲームのシステムじゃないか!
レベルアップ。スキル習得。
何百回、何千回とやってきたあのシステム。
誰もわかってくれなかった”僕の凄さ”を、ようやく世界が認めた。
今度こそ。
今度こそ、やれる。
(前世は環境が悪かっただけだ)
(学校が悪い。クラスメイトが悪い。先生が悪い)
(今度は違う)
(今度こそ、僕は――)
「あ、あと!」
勢い込んで声を出した。
女神が少し驚いたように目を丸くする。
「かっこよくしてくれたら嬉しいかな、なんて……」
我ながら図々しいと思ったが、言わずにはいられなかった。
女神がクスリと笑う。
「さあ、行きなさい」
「あなたの、新しい人生が始まります」
光に包まれる。
体が浮く。重力がなくなる。
(……やってやる)
(絶対に、無双して英雄になるんだ)
(見返してやる。全員を)
意識が遠のく。
白い光が眩しさを増していく。
そして――。
異世界へ。
⸻
次の瞬間、僕は草原に立っていた。
青い空。白い雲。風が頬を撫でる。
体が軽い。
呼吸がしやすい。
視界がクリア。
そして――。
『レベルアップシステム起動』
目の前に半透明の青い画面が表示される。
まるでゲームのUIそのものだ。
『現在レベル:1』
『HP:100/100』
『MP:50/50』
『STR:10 DEX:10 INT:10』
『スキル習得システム起動』
『習得可能スキル:基礎剣術 初級魔法 身体強化』
手を伸ばすと、画面に触れることができた。
本物だ。
これは、本物のチートだ。
心臓が高鳴る。
頬が熱い。
ここからだ。
ここからが僕の本当の人生の始まりだ!
前世の失敗も、屈辱も、全部塗り替えてやる。
この世界で、僕は英雄になる。
草原を見渡す。遠くに街らしき建物が見えた。
画面を閉じて、歩き出す。
新しい一歩を、踏み出した。
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