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43.~神崎ハルト~【4章】


 画面の光だけが、薄暗い部屋を照らしていた。


 カーテンは閉めっぱなし。もう何日も開けていない。


 時計を見る。午後二時。


 僕は、ベッドに寝転がったままスマホを眺めていた。


 

『神崎くん、今日も学校来られなかったね、体調大丈夫?』

『すこしずつでいいから教室に顔出してみない?』


 スマホの画面に、担任からのメッセージが表示される。


 優しい。

 優しすぎる。


 そうやって気を使われるほど、僕は“できないやつ”ってことか。

 どうせもう期待されてないんだ。


 “少しずつでいい”って、つまり“どうせ無理だろ”って意味だろ。


 ……バカにしてる。

 みんな、僕のことをそう見てる。

 先生も、クラスのやつらも。


 何も分かってない。

 僕がどれだけ考えてたかも知らずに。


 そもそも、あの学校のレベルが低すぎるんだ。

 授業もぬるい。

 僕が本気出したら、すぐ追いつけないくせに。


 優しさなんかいらない。

 僕に必要なのは、僕を正しく評価してくれる場所。

 きっと、どこかにあるはずだ。


 ネットとか、海外もいい。

 日本のこの狭い学校じゃなくて、もっと自由な場所。

 本気出せる環境があれば、僕は――。


(…今はまだ、準備期間だ)

(いつか見返してやる)

 

 既読をつけたくない。

 でも、無視したら後で面倒になる。


 既読。


 返信は、しない。


 スマホを放り投げた。

 画面が暗くなり、部屋は再び静寂に包まれる。


 天井を見上げる。白くて、何もない。


 連絡が来るたびに、くだらない記憶が蘇る。



 グループ発表の日。


 教室の空気が、いつもより少しだけピリついていた。


「三班、準備できてる?」


 担任の声が響く。

 班の女子がうなずいて、前に出る。


 僕も立ち上がった。

 プリントを手に、黒板の前に並ぶ。


(昨日の夜、結構まとめたんだ。ちゃんとやれば悪くないはず)


 女子が原稿を読み上げ始めた。

 声は落ち着いていて、聞き取りやすい。


 でも、途中で言葉が詰まった。

 少し間ができる。


(ここで補足した方がスムーズだな)


 そう思って、口を開いた。


「えっと、補足だけど――」


「神崎くんいいから」


 女子がかぶせ気味に言った。


 笑顔。

 でも、目は笑ってなかった。


 一瞬、空気が止まった。

 僕の声だけが、教室に残響みたいに浮いていた。


(……え?)


 何人かが下を向いた。

 誰も何も言わない。

 先生はプリントを見ている。


 教室が、僕を無視した。


「……ごめん」


 そう言った声が、自分でも情けなかった。


 発表が終わり、席に戻る。

 隣の生徒がノートをめくる音が、やけに耳に刺さる。


 背中が焼けるように熱い。


(別に間違ってなかった。助けただけだろ)

(僕がいなかったら、止まってたじゃないか)

(……なんだよ、あの空気)


 頭の中で、何度も同じ言葉を繰り返した。


 否定の声と、言い訳の声が混ざっていく。


 放課後、誰とも話さなかった。

 帰り道、すれ違うクラスメイトが目をそらした気がした。


 たぶん気のせいだ。

 でも、気のせいじゃない気もした。


 その日の夜、布団の中で、何度もあの瞬間を思い出した。


『神崎くんいいから』


 あの声のトーン。

 あの間。

 あの視線。


 胸が苦しくて、眠れなかった。



 中間テストの結果発表。


 画面をスクロールする。


 国語:65点

 数学:35点

 英語:38点

 ……

 クラス順位:37位/40人中


 階段を上がる音が聞こえた。

 母親が部屋の前で止まる。


 ノックの音。


「ハルト、テストの結果……先生から連絡あったけど」


 返事をしない。


「お母さん、心配で……」


「心配しなくていいよ」


 短く答えた。


「でも、このままだと……」


「大丈夫だって!!」


 足音が遠ざかる。


(わかってない)


 結果に驚きはしない。

 勉強してないから。

 当然の結果だ。


(勉強してれば、もっと取れた)


 これは本気じゃない。


 大体、数学とか英語とかいつ使うんだよ?


 僕は地頭がいいから、こんなテストで頑張るなんて要領の悪いことはしない。


 その証拠に国語の点数はいい。

 本気出してたら、もっと上に行ってただろう。



 体育の授業。バスケットボール。


「じゃあ5対5でチーム分けするぞー」


 教師が笛を吹く。

 生徒たちが自然と集まっていく。

 仲の良いグループごとに固まる。


 僕は、端で立っていた。


「こっちのチーム入って」


 言われた通りに入る。


 試合が始まる。


 ボールが、僕に回ってこない。

 みんな、僕を避けてパスを回している。


(いないのと同じだ)


 シュートを外す機会があった。


「あー……」という空気。


 誰も責めない。

 でも空気が重い。


 (きっと俺が下手なのをわざと見逃してる。)

(可哀想なやつ扱いだ)


 次の体育、仮病で休んだ。

 その次も。


 体育のある日は学校を休むようになった。

 それから、グループワークも。


 気づけば週の半分は休んでいた。


 久しぶりに教室に入ると、視線が痛かった。

 次の日、僕は学校に行かなかった。


 それから、一度も。



 それから、半年が経った。


 日付の感覚がなくなっていた。

 朝も夜も、全部同じ灰色。


 僕は、一度も学校に行っていない。


 母親は、もう何も言わなくなった。


 朝になると、部屋の前にトレイが置かれる。

 ノックはない。

 声もかけない。


 夕方になると、トレイが回収される。


(これでいい)

(誰にも邪魔されない)


 パソコンを開いた。

 いつものゲームにログインする。

 

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