42.厄災の影
バルトロメオの問いに、部屋の空気が一段と重くなる。
リリィがカップを持つ手を止めている。
俺は腕を組んだまま、バルトロメオを見据えた。
「勇者が現れるということは、厄災の兆候です」
バルトロメオが静かに告げる。
「魔王、大災害、世界の危機──」
彼は深く息を吸った。
「そういった時、女神様は転生者を送り込まれる」
バルトロメオの目がまっすぐ俺を射抜く。
「しかし──実はこの街には、すでにもう一人の転生者がいます」
「神崎か」
俺は即答した。
バルトロメオが少し目を見開く。
「やはり、ご存知でしたか」
「彼のパーティに所属していた記録は、確認しております」
「ああ」
(あいつ、勇者だの女神の加護だの、散々ペラペラ喋ってたからな)
「はい、正しく神崎ハルトです」
「彼もまた転生者です」
「同時期に二人の転生者が現れるというのは──記録上、初めてです」
「……初めて?」
「はい」
バルトロメオが頷く。
「過去数百年の記録を見ても、転生者は常に一人でした」
「それが今回、二人」
「しかも──」
彼は俺をまっすぐ見据えた。
「お二方の能力は、あまりにも対照的です」
静寂。
ティーカップの中で波紋が広がる音がやけに響く。
「一体、何が起ころうとしているのか」
バルトロメオが低く呟く。
「どれほどの厄災が迫っているということなのか──」
「知らねぇよ」
俺は肩をすくめた。
「いい加減な女神だったからな」
あの女神の顔を思い出す。
軽いノリで俺を転生させやがった。
目的なんて、ろくに説明もなかった。
リリィも固唾を呑んで聞いている。
バルトロメオが小さく眉をひそめた。
「女神様は、なぜ二人を──」
「知るか」
俺が遮る。
「俺は俺のやりたいようにやる」
「女神の都合なんて、知ったこっちゃねぇ」
俺は俺の意志で動く。
誰かの都合で動かされるのはまっぴらだ。
しばらく沈黙。
そしてバルトロメオがふっと笑った。
「ふふ、なるほど……あなたらしい」
表情を引き締め、まっすぐこちらを見た。
「では──提案です」
空気が変わる。
「ギルドとして、あなたを支援したい」
「実は、すでに厄災らしき動きを察知しています」
「魔人です」
「魔人?」
初めて聞く単語だ。
「はい」
バルトロメオが静かにうなずいた。
「人間と魔物の中間に位置する、極めて危険な存在」
「その力は強大で、通常のSランクパーティでも討伐は困難」
「本来であれば──勇者の役目です」
彼は少し言葉を選んだ。
「しかし、神崎ハルトの現在の実力ではとても対処できる相手ではない」
「Aランクの依頼も失敗続きだと聞いています」
リリィが驚いたように息を呑む。
俺は無言のまま、続きを促した。
「そこで、ギルドのSランクパーティに対応を依頼しました」
「そして──彼らが、あなたとの同行を希望しているのです」
「俺が?」
「はい」
バルトロメオが頷く。
「闘技場であなたの戦いを見ていました」
「魔法無効化。その力があれば、魔人の魔法も封じられる可能性があると」
「彼らにとって、あなたは切り札なのです」
バルトロメオが深く頭を下げた。
「お願いできませんか?」
「報酬は──金貨千枚」
「そして、この任務を成功させれば──」
「あなたは真の英雄として認められるでしょう」
静寂。
俺はしばらく考えた。
魔人。厄災。Sランクパーティとの同行。
まあ──。
「面白そうじゃねぇか」
口角が上がる。
「食いぶちも稼がねぇといけねぇしな」
「やってやるよ」
「ありがとうございます!」
バルトロメオが安堵の表情を浮かべる。肩の力が抜けたようだった。
「では、近日中に正式な打ち合わせを」
「Sランクパーティとの顔合わせもあります」
「またご連絡いたします」
バルトロメオが立ち上がり、護衛たちもそれに続く。
「本日は、お時間をいただきありがとうございました」
「おう」
俺も立ち上がり、扉まで見送る。
深く頭を下げて、去っていった。
扉が閉まる。
静寂。
リリィが恐る恐る口を開く。
「剛くん……」
「ああ」
俺はソファに座り込み、天井を見上げた。
「面倒なことになってきたな」
(てか神崎の野郎、何やってんだよ)
(チート持ちの勇者様なんだろ?)
あいつがちゃんと仕事してりゃ、俺に話が来ることもなかっただろうに。
「大丈夫かな……」
リリィが心配そうに呟く。
「魔人って、過去の記録でも勇者しか倒せなかった厄災なんだよ」
「それを、剛くんが……」
「大丈夫だろ」
俺は拳を握る。
「俺には、お前がいるしな」
「え……」
リリィが顔を赤くする。
「あたしがいるから……?」
「ああ、回復薬と魔法理論の解説。お前がいなきゃ困る」
「……そっちか」
リリィが頬を膨らませる。
「でも、ありがと」
少し照れくさそうに笑った。
「あたし、剛くんの力になれるよう頑張る」
「おう」
Sランクパーティ。魔人。厄災。
何が待ってるかわからねぇが──。
(まあ、なんとかなるだろ)
やってやるさ。
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