4話
「飛べやおらぁ!!」
最初に飛びかかってきたゴブリンの顔面に、渾身の右ストレート。
ガキン、と硬い手応え。
まるで岩でも殴ったみてぇだ。
ゴブリンの体が吹っ飛ぶ。地面を二、三回転がって、木の根元に激突した。
「よっしゃ!」
前世なら、これで完全にKO。二度と起き上がれねぇはず。
だが――。
「ギャッ!?」
吹っ飛んだゴブリンが、ケロッとした顔で起き上がった。
鼻血を垂らしながらも、黄色い目をギラつかせて俺を睨んでやがる。
「……マジかよ」
俺の拳にジンジンと痛みが残る。
人間相手なら顎が砕けるほどの一撃だったはずなのに。
(前は殺さねぇように殴ってたが、ここじゃ逆だな……)
「ギャギャギャ!!」
怒り狂ったゴブリンが、仲間と一緒に襲いかかってくる。
さっきより動きが激しい。完全にキレてやがる。
「上等だコラァ!!」
俺も負けじと拳を構える。
一体が棍棒を振り下ろしてきた。
横に跳んで避け、がら空きの顎に膝をねじ込む。
ゴキッという嫌な音。
確実に顎に入った。
だが――。
「ギギッ!」
怯むどころか、そのまま爪で引っ掻いてきやがった。
「っ…!」
左腕に三本の赤い線。シャツの袖が裂け、血が滲む。
(痛ぇ……!)
背後で風を切る音。
振り向きざまに拳を叩き込むが、同時に肩に棍棒が直撃する。
「ぐっ……!」
骨まで響く重い一撃。
左肩が痺れる。
(クソが……思ったよりタフだな、こいつら)
いや、タフってレベルじゃねぇ。
殴っても蹴っても、すぐに起き上がってきやがる。
「チッ……!」
痛む肩を無視して、突進してきたゴブリンの腕を掴む。
そのまま背負い投げ。地面に叩きつけ、倒れた顔面に踵落とし。
グシャッ。鼻が潰れる感触。
だが、それでもピクピク動いてやがる。
(なんだよこいつら……ゾンビかよ)
別のゴブリンが横から飛びかかる。
棍棒を避け、爪をかわし、カウンターの拳を叩き込む。
だが、数が多すぎる。
一体を相手にしている間に、別の奴が死角から攻撃してきやがる。
「くそが……!」
気づけば全身傷だらけ。息も上がる。
服はボロボロ、あちこちから血が滲む。
右手の拳も皮が剥けて真っ赤に腫れていた。
それでも――止まれねぇ。
「おらぁ!!」
残った力を振り絞り、目の前のゴブリンに渾身の右ストレート。
拳が顔面にめり込み、骨が砕ける感触。
ドサッ。
ゴブリンが倒れ、今度こそ動かなくなった。
「はぁ……はぁ……」
肩で息をしながら周りを見る。
地面には四体のゴブリンが転がっている。全員気絶状態。
残りは――一体。
そいつも満身創痍。片目が腫れ、足を引きずってる。
緑の肌には俺の拳の跡がいくつも残ってた。
俺も似たようなもんだ。
全身ズタボロ、立ってるのがやっと。拳は激痛で震えている。
ゴブリンと俺、互いに睨み合う。
どっちも一歩も動けねぇ。
「……来いよ」
挑発してやる。
だが――。
「ギ、ギギ……」
ゴブリンが後ずさりし始め、そのまま踵を返して逃げやがった。
「おい待て! 逃げんのかよ!」
追いかけようとしても足が動かねぇ。膝が笑ってる。
その時――。
「ギャ……ギャギ……」
倒れてたはずのゴブリンたちが、ムクリと起き上がった。
気絶から覚めてやがる。
俺を見るなり、慌てて逃げ出していく。
あっという間に森の奥へ消えた。
「待てコラ……! クソが……!」
追う力なんて残ってねぇ。
その場にドサッと座り込む。
静かな森。
鳥の鳴き声だけが響く。
周りを見渡す。
血の跡と、折れた棍棒の破片。
それ以外、何も残ってねぇ。
「……何も、残ってねぇじゃねぇか」
討伐の証拠になる耳も、取り損ねた。
最低五体討伐。
俺が倒せたのは……ゼロだ。
気絶させただけ。
殺せてねぇ。
「くそ……くそっ……!」
拳を地面に叩きつける。
ヒビの入った骨に激痛が走る。
「くそおおおおお!!」
悔しさと怒りのままに叫ぶ。
森中に、俺の声だけが虚しく響いた。
どれくらい、そこに座ってたか。
日が傾き始めた頃、ようやく立ち上がる。
全身が軋むように痛む。
重い足を引きずりながら、街へ向かう。
服はボロボロ、体中血まみれ。
すれ違う旅人が、ギョッとした顔で俺を避けていく。
(……魔物、強ぇな)
正直、舐めてた。
前世で散々チンピラと殴り合った俺なら、ゴブリンなんて楽勝だと思ってた。
でも、違った。
ゴブリン一体一体が、人間とは比べ物にならねぇ化物だった。
(魔法、か……)
受付嬢の心配そうな顔が浮かぶ。
『身体強化なしでは自殺行為』
『魔力が0だと、かなり不利』
「……『かなり』どころじゃねぇだろ」
苦い笑いが漏れる。
この世界で、魔法が使えない俺は――ただの雑魚なのか?
「……チッ」
舌打ちしながら、重い足を進める。
夕日に照らされた石畳が、血で汚れていく。
それでも、歩き続けるしかなかった。




