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38.拳と拳


 闘技場の空気が張り詰めていた。


 決勝戦。


 俺とダリウスが、向かい合う。


「いよいよか……」


 観客席のどこかで誰かが呟いた。


 ダリウスが一歩前に出る。

 筋肉の動き一つ一つが、長年の鍛錬を物語っていた。


 俺も構える。

 リーゼントが風に揺れる。


 観客席では、賭けをした商人たちが固唾を呑んでいた。


「ダリウスに賭けた俺の全財産……」

「鬼塚の方が配当でけぇんだよな……」


 ガルドは腕を組んで見つめている。

「どっちが勝つか……」


 リリィは祈るように手を組んでいた。



 挨拶代わりだ。


 一瞬で距離を詰め、跳び膝蹴りをぶちかます。


「オラァ!!」


 体が宙に浮く。

 膝がダリウスの顔面に迫る。


「ぐっ!」


 ダリウスが腕を交差させてガードする。


 ゴツン!


 硬い。

 だが勢いで後退させた。


 もう一発!


 間髪入れず追撃のドロップキックを放つ。


 両足がダリウスの胸に突き刺さる。


 ドガァン!


 ダリウスはガードを固めるも後方へ吹き飛ぶ。

 姿勢を崩すが――すぐに構え直す。


 俺も着地して立ち上がる。



 ダリウスが驚嘆していた。


「お前……勇者か」


 驚きが滲んでいる。


「あ? ちげえよ」


「……まぁいいだろう」


 ダリウスが構える。

 南方武術特有の半身の構え。

 重心が低く、いつでも動ける体勢。


「魔法などなくとも、俺の鍛え上げた肉体と精神と技術の全てをぶつけ、屠ってくれるわ!」


 闘志が、空気を震わせる。


(先手必勝だ)


 駄弁ってやがる間に詰めよう。



 踏み出そうとした瞬間――。


 ドスッ!


 俺の腹に、ダリウスの中段突きが刺さった。


「うっ……!」


 カウンターだ。


 踏み込みの瞬間を、完璧に読まれた。

 体重移動の僅かな予備動作、視線の動き、肩の角度。

 全てを見切られていた。


 今度は逆に距離を取られた。

 呼吸が一瞬止まる。


(読まれた……!?)



 一進一退の攻防に、観客が沸いた。


「うおおおお! すげえ!!」

「お互い一歩も譲らねえ!」

「拮抗してるのか!? 鬼塚とダリウスが!?」


 めちゃくちゃ熱狂している。


 ベテラン冒険者が身を乗り出していた。


「ダリウスの読みが冴えてるな」

「いや、鬼塚の踏み込みも尋常じゃねぇ」


(カウンターだと? 俺の前進を読んだのか?)


 もう一発――。


 リーチを活かし、右フックを仕掛ける。


 だが頭一つ分で交わされ、同時に前足にローキックをもらう。


 ドスッ!


「!!」


 膝が落ちる。


 続けざまに右ストレートを浴びた。


 踏み込みすぎていない。

 ダリウスは距離を支配している。


「ってーなコラ」


 鼻から血が流れる。

 鉄の味が口に広がった。


(やべえな)

(熱くなってきちまったぜ)



 吠えながら突っ込む。


「おおおらぁぁ!!!」


 左右の連打。

 本能のまま拳を振るう。


 だがダリウスの裏拳が、まるで鞭のようにしなった。


 南方武術特有の脱力から、瞬間的な剛への変化。

 俺の拳を、最小限の動きで弾く。


 次の瞬間には重心が沈み、蛇のような体捌き。

 水が流れるように、俺の二撃目が空を切る。


 その流れの中で、前蹴りが腹に突き刺さる。


 ドスッ!


 また距離を取られる。


 俺の攻めが全て空振る。

 息が荒くなる。


 ダリウスは一歩も乱れていない。

 呼吸も一定。構えも崩れない。


(くそ……!)



 一拍置いて、ダリウスが前に出てきた。


 一歩。


 その瞬間、俺は反射的に左手を挙げる。


 だが遅い。


 中段突きが急所を正確に射抜いた。


「がっ……!」


 また膝をついちまった。

 息ができない。肺が悲鳴を上げる。


 続いて右の上段回し蹴りが一閃。

 俺の顔面を捉え、崩れる体にもう一発――

 蹴りを鳩尾に沈める。


 ドスッ。


 鈍い音。


 俺は前方に崩れ落ちる。



 ダリウスは止まらない。


 間合いを詰めたまま、真下に拳を叩き込む。


 最後の一撃で、俺の顔面が地面にめり込む。


 ドガァン!


 砂が舞い上がる。



「おおおお!」

「やっぱダリウスか!? 一方的だぜ!」


 観客の声が妙に聞こえた。


 子供たちが泣きそうな顔をしている。


「鬼塚、負けちゃうの……?」

「立てよ、鬼塚!」


(あ? やっぱダリウスだと?)

(面白えのはこっからだ。見てろ)



 俺は少しよろめきながらも立ち上がる。

 視界が揺れる。


(昔こんなやついたな)


 前世の記憶が蘇る。


 高校二年の夏。

 相手は県大会準優勝の空手部主将。


 正統派の突きと蹴り。

 教科書通りの型。


 あの時も最初はボコボコにされた。

 顎が外れそうになり、肋骨にヒビが入った。


 それでも立ち上がった。


 相手の動きを見切って、最後の最後で――

 喧嘩殺法で沈めた。


(あの時と同じだ)


 顔面は既に血で染まっている。



「ほう、まだ立ち上がるか」


 ダリウスが構える。


「いいだろう。すぐ楽にしてやる!」


 ドッ。ゴンッ。ドスッ。バキッ。


 拳が鳩尾を穿ち、顎を打ち上げる。

 息を吐くたびに距離が詰まる。


 胸、肋、腹――打撃の雨が止まらない。


 俺は後退しながら腕で防ごうとするも、捌ききれない。


 ダリウスの目は揺れず、最後の膝で息を奪い切った。


 

 

 ――はずだった。


 

 

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