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35.王国騎士との闘い


エドガーが剣を構える。


 その構え──素人目にもわかる美しさだった。

 無駄がない。一切の隙がない。


 剣先がぴたりと俺の喉元を狙っている。

 足の位置、体重のかけ方、全てが完璧だ。


(さすがだな)


 アリーナを受けているにも関わらず、表情を変えず姿勢も崩さない。

 違和感を、不調を悟られないためだろう。


 さすが現役王国騎士団様だな。


「どうした、来いよ」


 俺は拳を構えた。

 エドガーの目が鋭くなる。


「いくぞ!」


 エドガーが踏み込んできた。


 シュッ!

 剣が、俺の顔面を狙う。


 速い。

 だが──切り込みが浅い。


 俺は首を引いて避けた。

 剣先が、鼻先をかすめる。


 エドガーが続けざまに剣を振るう。

 横薙ぎ、縦斬り、突き。


 正確な剣技が次々と繰り出される。

 だが全て、浅い。


(身体強化が消えて、力が落ちてるな)


 俺は回避しながら様子を見る。

 一歩下がり、横に動き、剣の軌道を見切る。


 エドガーの表情に、焦りが浮かんだ。


(なんだこの感覚は…)

(重力魔法…? いや、違う)

(私の魔法そのものが機能していない?)


 剣を振るうたびに、違和感が増していく。

 体が重い。いつもの速さが出ない。


「どうした? 眠くなっちまうぜ」


 俺が挑発する。


「黙れ!」


 エドガーが声を荒げた。

 熱くなったな。


 エドガーの連撃が加速する。

 速度こそ落ちているものの、完全に捌ききるのは不可能だった。


 シュッ、シュッ、シュッ!


 剣が俺の体を切り刻む。

 浅く、しかし着実に。


 腕に一筋。肩に一筋。脇腹に一筋。

 血が滲む。


(ってぇな……散々刻みやがって)


 だが──。


(完全に間合いを掴んだ)


 エドガーの動きが見えてきた。

 パターンが読めてきた。


 ブロードとの訓練が活きている。

 剣士の動き、その癖。全て、体が覚えている。


 次の一手が、予測できる。


「おらぁ!」


 俺は腕を思い切り振った。

 腕から血が飛び散る。


 エドガーの顔に、血が飛んだ。


「っ……!!」


 エドガーが一瞬、目を閉じる。


(わかるぜ、ブロードのおかげだな)


 この緊急事態を捌くとするなら──。


 エドガーは反射的に動いた。

 高速で回転し、横薙ぎを繰り出す。


 ブォン!!


 周囲を薙ぎ払う一撃。

 血を拭うと同時に距離を取る技。


 だが──。


(ここだろ!)


 俺は逆に踏み込んだ。

 一瞬で懐まで距離を詰める。


 エドガーの目が見開く。


 俺は、エドガーの剣を持つ右腕を両手でがっちりと掴んだ。


「!」


 エドガーの目が、わずかに見開く。

 剣が、止まった。


「決めるぜ」


 俺はそのまま、エドガーを引き寄せた。


 そして──頭突き。


 ゴツン!


「ぐっ……!」


 エドガーが怯む。鼻血を吹く。


 さらに、膝蹴り。

 腹に捩じ込む。


 ドスッ!


「うっ……!」


 エドガーの体が、くの字に曲がる。

 口から息が漏れた。


 その隙に、俺はエドガーの腕を自分の膝に叩きつけた。


 バキッ!


「がっ……!」


 骨に響く音。

 エドガーの手が痺れる。


 さらに、手首をひねり上げる。


 グキッ!


「ぐあっ……!」


 エドガーの顔が苦痛に歪む。

 関節が悲鳴を上げた。


 カラン。


 剣が、砂の上に落ちた。

 銀色の刀身が、朝日を反射して光る。


 俺は、そのまま顔面に拳を捩じ込んだ。


 バギィ!


 エドガーの体が宙に浮く。

 弧を描いて飛んでいく。


 ドサッ。


 地面に倒れた。砂埃が舞い上がる。

 動かない。


 審判が駆け寄り、エドガーの状態を確認する。


 そして旗を上げた。


「勝者──鬼塚剛!」


 審判の声が響く。



 そして──。


「うおおおおおお!!」


 観客席が爆発した。


「マジかよ! 鬼塚の勝ちだ!」

「王国騎士団の剣士が……あっさり……」

「完全に見切ってたぞ、あいつ!」


 興奮した声が、あちこちから聞こえてくる。


「いや、あの戦い方ヤバくね?」

「完全に喧嘩だろ、あれ」

「頭突き、膝蹴り、関節技……騎士相手にそれやるか普通」


 笑い声も混じる。


「でも勝ったんだよな」

「剣士を喧嘩殺法でぶっ倒した」

「すげえよ、マジで」


 別の観客が言った。


「アルヴィン瞬殺、ガルド惨殺、エドガー圧勝」

「これ、決勝どうなるんだ?」

「次はやはり武神があがってくるか?」

「武神 vs ダークホース……」

「チケット取っといてよかったわ」



 観客席の一角で、騎士団の制服を着た男たちが固まっていた。


「エドガー殿が……」

「あの鬼塚という男、一体……」

「エドガー殿らしくない戦いだったような……」


 別の騎士が渋い顔で言う。


「いや、エドガー殿も疲れていたのだろう」

「ああ、三戦目だからな」

「もしくは、なにか変わった魔法の使い手なのか?」


 騎士たちが深刻な顔で話し合っている。


 一方、観客席の別の場所では──。


「今年は新星が決勝に食い込んだ」

「歴史的な大会になるな、これ」

「決勝は絶対見逃せない」


 歓声がまだ鳴り止まない。


「鬼塚! 鬼塚! 鬼塚!」


 地響きのような声援。



 リングでは治癒師がエドガーに治療を施していた。

 エドガーは、ゆっくりと意識を取り戻す。


「……私の、負けか」


 呟いた。

 手首がズキズキと痛む。顔も腫れている。


(剣を、封じられた……)


 悔しさが込み上げる。


 だが──。


(三戦目、というのもあった)


 正直に認める。疲労が溜まっていた。

 身体強化も、なぜか発動しなかった。


(魔法が……効かなかった?)


 その可能性を考える。


(あの男、一体……)


 リングの外へ運ばれながら、エドガーは鬼塚の背中を見た。

 拳を掲げ、観客に応える姿。


(強い……)


 認めざるを得なかった。


(正々堂々とは言えない戦い方だが……)

(勝利を掴むという一点において、彼は完璧だった)


 エドガーは目を閉じる。


(次は……必ず勝つ)


 そう心に誓って、担架に身を任せた。



 俺はリングを降りた。


 歓声が、まだ響いている。


「鬼塚! 鬼塚!」


 観客たちが俺の名前を叫んでいる。


 準決勝、突破だ。


 次は──決勝。


(楽しみだな)



 入場口に向かうと、リリィが待っていた。


「剛くん! すごかったよ!」


 目を輝かせて駆け寄ってくる。


「おう」


「エドガーさん、めっちゃ強かったのに!」

「完全に見切ってたね!」


 リリィが興奮した様子で言う。


「ブロードとの訓練が活きたな」

「うん! でも、あの血を飛ばすのは予想外だった」


 リリィが少し呆れた顔をした。


「んなもん喧嘩の基本だろ」

「基本じゃないよ!」


 リリィが笑う。

 二人で控室へ向かった。



「次は決勝だね」

「ああ」


 間違いなく、武神ダリウスが上がってくるだろう。


 リリィの表情が、少し引き締まる。


「あの人、本当に強いよ」

「ああ、知ってる」


 あの一撃を、俺は忘れていない。


「剛くんなら勝てる」

 リリィが、真っ直ぐに俺を見た。


「信じてるから」

「おう」



 決勝。

 ダリウス・ジンガ。


 その拳と、俺の拳。


 どっちが上か──決めてやろうじゃねえか。

 

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