32.観戦~神崎ハルト~
――神崎ハルト――
観客席の中段。
僕──神崎ハルトは、石造りの座席に腰を下ろしていた。
周りは興奮した観客たちの歓声で溢れている。
だが僕の耳には、何も入ってこなかった。
視線はただ一点。
リングの中央に立つ、あの男に注がれている。
鬼塚剛。
金髪のリーゼント。
かつて僕のパーティにいた、へなちょこ肉壁荷物持ち。
あまりに足を引っ張るので、僕が追放した。
「勇者様、本当に来ちゃいましたね」
隣でルナが、不安そうに言った。
「ああ……」
短く答えた。
――――
数時間前。
僕は街の酒場で昼食を取っていた。
ルナと二人きり。最近はこれが当たり前になっていた。
そこに、ガルドが意気揚々と駆け込んできた。
「神崎ぃ! よかった、ここにいたのか!」
ガルドの声が妙に弾んでいた。
「何だよ急に」
「いいから聞けって!」
ガルドが席に着く。
「武闘会、見に来いよ!」
「武闘会?」
「そうだよ! 俺が出てんだ!」
「お前に、いいもん見せてやる!」
何かと思えば──。
「あの役立たず、覚えてるだろ?」
「鬼塚って奴」
ああ、そんな奴いたっけな。
「なんと、武闘会に出てやがる!」
「しかも初戦でアルヴィンと戦ったらしい!」
(アルヴィン…?)
「街で噂になってんだよ」
「鬼塚が、アルヴィンを一撃で倒したとか何とか」
(はぁ? 一撃で?)
「まあ、デマだろうけどな」
ガルドが笑う。
「あの役立たずが、あのアルヴィンに勝てるわけねえ」
「きっとアルヴィンが体調不良だったとか」
「審判が間違えたとか」
「そういうオチだろ」
ガルドは楽しそうに続けた。
「で、俺が午後の二回戦で当たるんだ!」
「真実を見せてやるよ!」
「リングでぶっ潰してやる!」
「見に来いよ、神崎! スカッとするぜ、絶対!」
「今から来ても間に合うぞ!」
僕はしばらく黙っていた。
(あの役立たずがアルヴィンを?)
ありえないだろ。
ガルドの言う通り、まぐれとしか考えられない。
ガルドが叩き潰して終わりでしょ。
まぁでも──。
最近の僕たちの苦境も、元はといえばあいつのせいだし。
気晴らしに見に行ってやるか。
「ルナ」
僕は立ち上がった。
「武闘会、見に行くよ」
「え…本当ですか?」
ルナが驚いた顔をした。
「ああ」
僕たちは酒場を出て、闘技場に向かった。
――――
そして今。
リングの中。
鬼塚がガルドを見下ろしている。
ガルドは血まみれで倒れていた。
「そんな、まさか‥」
呟いた。
喉が渇いていた。
周囲の観客たちが、興奮気味に話し始める。
「すげえ……ガルドが……」
「一方的だったな」
「つーか、鬼塚強すぎだろ」
「なあ、さっきアナウンスで言ってたよな」
「鬼塚って、元勇者パーティだって」
その言葉に、僕の体が硬直した。
「そうそう、追放されたらしいぞ」
「役立たずだったって」
「嘘だろ? あんな強いのに?」
「どう見ても役立たずじゃねえだろ」
「つーか、あのガルドって勇者パーティの現役メンバーだろ?」
「現役がボコボコにされて、追放された方が圧勝って……」
「勇者パーティ、大丈夫か?」
笑い声が聞こえてくる。
「しかもアルヴィンまで倒してんだろ?」
「鬼塚、普通にSランク級じゃねえか?」
「勇者、見る目なさすぎだろ」
「最近、依頼失敗してるって噂、聞いたぞ」
「マジで?」
「ああ、Aランク依頼ですら惨敗したらしい」
ざわめきが広がっていく。
「鬼塚追放したせいじゃね?」
「だよなあ」
「いや、絶対そうだろ」
笑い声。
「勇者パーティ、終わったな」
「勇者無能説」
僕は拳を握りしめた。
爪が掌に食い込む。痛い。
でもそれ以上に──。
(違う)
(そんなはずはない)
心臓が早鐘を打っている。
「勇者様……」
ルナが心配そうに僕を見ている。
だが僕は、何も言えなかった。
リングの中。
鬼塚が退場していく。
観客が歓声を上げる。
「鬼塚! 鬼塚!」
その名前が、何度も何度も叫ばれる。
(最悪な気分だ)
僕は立ち上がった。
「勇者様、どこへ……」
「帰る」
短く答えた。
観客席を降りる。
背後から、まだ歓声が聞こえていた。
街に出る。
(ガルドの野郎、僕の顔に泥塗りやがって)
(どれだけ無能なんだよ!)
(どうやったら荷物持ちのゴミに負けれるんだよ!!)
ダンジョンでは役立たずだった。
いつもボロボロになって足を引っ張っていた。
だから追放した。
(どいつもこいつも足引っ張りやがって、クソクソクソクソ!!!)
街の人々が、武闘会の話をしている。
「鬼塚剛って奴、知ってるか?」
「ああ、すごかったらしいな」
「勇者パーティ追放されたのに、今や大人気だ」
その言葉が耳に刺さる。
僕は足を速めた。
逃げるように。
(僕は女神に選ばれた勇者なんだぞ、なんでこんな仕打ち受けなきゃならないんだよ無能どもめ!)
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