31.芯までへし折る
鉄の扉の前に立つ。
冷たい金属の感触が、掌に伝わってくる。
ひんやりとした、無機質な冷たさ。
扉の向こうから、観客のざわめきが聞こえる。
声援、怒号、期待──全てが混ざり合った熱気が、扉を通して押し寄せてくる。
まるで生き物のような、うねる空気。
深く、息を吸う。
肺に空気を送り込む。
心臓が、ゆっくりと、しかし確実に鼓動を刻んでいる。
拳を、ゆっくりと握りしめた。
赤い拳帯が、きつく食い込む。
指の関節が鳴る。
ガルド。
元パーティの戦士。
昨日、あいつの試合を見た。
大斧を振るい、相手を叩き潰していた。
観客は沸いていた。
「さすが勇者パーティ!」と。
だが──俺には、どうでもよかった。
あいつが何を言おうと、どんな顔をしようと、関係ねぇ。
ただ一つ。
(叩きのめす)
それだけだ。
扉が、ゆっくりと開き始める。
ギギギ……と、重い音。
金属の軋む音が、背骨に響く。
光が差し込んでくる。
眩しい。
目を細める。
観客の歓声が、一気に押し寄せてきた。
「来たぞ!」
「鬼塚だ!」
「ダークホースがどこまでやれるか!」
俺は中央に向かって、ゆっくりと歩みを進めた。
砂の感触が、足裏に伝わる。
一歩、一歩。
視線は、対面の入場口に向けられている。
対面の扉が開く。
ガルドが現れた。
大斧を肩に担ぎ、ニヤニヤと笑いながらこちらに向かってくる。
中央で、俺たちは向き合った。
ガルドがニヤケ面で口を開く。
「よお、よく逃げずにここまで来たな」
声が、嘲りに満ちている。
「てっきりビビって逃げ出すんじゃねえかと思ってたぜ」
俺は無視して、拳帯をしっかりと巻き直した。
右手、左手。きつく、確実に。
「それにしてもラッキーだぜ」
ガルドが続ける。
「俺らのパーティの元お荷物が、二回戦の対戦相手だぜ!? 準決勝確定じゃねえか!」
周りの観客が、ざわめく。
「お荷物……?」
「マジかよ、あのダークホースが?」
剛はガルドを一瞥した。
(まぁペラペラと、ずいぶんと調子いいみたいじゃねえか)
(とことん舐めてんな)
拳を、ゆっくりと握る。
(こういうやつは半端に終わらせねえ)
(二度と歯向かえねえように、芯までへし折る)
アナウンスが響いた。
『皆様、長らくお待たせしました!』
観客が静まる。
『それでは武闘会トーナメント第二回戦!』
『西の門より──謎のダークホース、鬼塚剛!』
歓声が上がる。
『そして東の門より──勇者パーティ所属、戦士ガルド・ブロンソン!』
さらに大きな歓声。
やはり「勇者パーティ」というブランドは強い。
だがアナウンサーは、そこで一度間を置いた。
『実は先ほど、耳寄りな情報をキャッチいたしまして──』
観客がざわめく。
『なんと! 鬼塚選手も、元勇者パーティ所属とのことです!』
会場が、どよめいた。
『しかし! あまりに弱く、役立たずであったため追放されたという噂があります!』
『初戦を見る限りにわかには信じられませんが……ともかく!』
『元パーティ同士、因縁の対決ということです!』
観客席が騒然とする。
「そうだ、どこかで聞いたことあると思ったら、勇者パーティ追放された鬼塚だ!」
「どういうことだ!? アルヴィンを倒したんだぞ!?」
「全くわからない……だが、この試合ではっきりするだろう」
「目が離せないね」
俺は、ガルドを見据えた。
ガルドは、相変わらずニヤニヤ笑っている。
審判が、中央に立つ。
「両者、準備はいいか」
俺は頷く。
ガルドも頷く。
審判が、手を上げた。
「それでは──」
一瞬の静寂。
「試合、始め!」
ガァン!
銅鑼が鳴り響いた。
「死んでくれんなよ?」
ガルドが、大斧を振り上げた。
両手で掴み、頭上高く。
そして──振り下ろす。
ブン!
空気が裂ける音。
だが──。
(なんだ!? 重てえ!!)
ガルドの顔が歪んだ。
斧が、思ったより遅い。
振り下ろす軌道が、ブレている。
ズドン!
斧が地面にめり込んだ。
砂が舞い上がる。
俺は、難なく横に避けていた。
(身体強化が消えてやがる)
(アリーナ、発動してんな)
ガルドが、斧を引き抜こうとする。
だが重い。焦りが、顔に浮かぶ。
引き抜く間も待たず、俺は踏み込んだ。
一歩で、間合いを詰める。
そして──顔面に拳を捩じ込む。
バギィ!
「ぐぁっ!!」
ガルドの顔が弾けた。
鼻から血が噴き出す。
体が浮き、尻餅をつく。
ドサッ。
ガルドが地面に倒れた。
斧が、カランと転がる。
「立てよ」
俺は、低い声で言った。
ガルドが、血まみれの顔を上げる。
目が、怒りに燃えている。
「てめぇ……!」
立ち上がる。
斧を掴む。
「舐めてんじゃねえぞ!」
再び、斧を振り上げた。
隙だらけだ。
俺は、ガルドのボディに拳を捩じ込む。
ドスッ!
「うぅっ!」
ガルドの体が、くの字に曲がる。
口から、呻き声が漏れた。
もう一度。
今度は渾身の力を込めて。
ボディに拳をねじ込んだ。
ドゴォ!
「ぐおぉ……オオェッ!!」
ガルドが、うずくまった。
斧を手放し、腹を抱える。
そして──口からゲロを吐いた。
胃液と食べたものが、砂の上に撒き散らされる。
観客がどよめく。
「うわ……」
「吐いた……」
俺は、うずくまるガルドの横腹に蹴りを入れた。
ドスッ!
「がっ……!」
ガルドの体が横に転がる。
砂にまみれる。
俺は腹を抱えてうずくまるガルドを真上から見下ろした。
しばらく、黙って見ている。
ガルドの荒い息遣い。
苦しそうな呻き声。
そして──。
「オイ!!!!」
俺の怒号が会場に鳴り響いた。
観客がビクッと震える。
「こんなもんか? 立て」
ガルドを睨みつける。
俺は少し距離を取った。
立ち上がるのを待つ。
観客たちが、ざわめく。
「お、鬼塚こええええええ」
「勇者パーティの因縁って本当だろこれ」
「何があったんだよ……」
ガルドは、なんとか立ち上がった。
膝が笑っている。
顔は血まみれ。
口から、まだ胃液が垂れている。
「はぁ、はぁ……カスの分際で……調子に……」
まともに喋れていない。
だが──。
(聞こえたぜ)
俺はガルドの真正面に立った。
その距離わずか数センチ。
もはやガルドは斧も持てていない。
「おおおおぉ!!」
ガルドが、必死に拳を振るう。
右、左、右、左。
ひたすら殴ってくる。
俺は、あえて受けた。
顔面に右。顔面に左。
全く効かねえ。
(こんなもんか)
俺はガルドの胸ぐらを掴んだ。
そして──顔面に頭突きをぶちかます。
ガンッ!
「ぐはぁっ!」
もう一度。
ゴッ!
もう一度。
グチャッ!
何度も、何度も、何度も。
ガルドの顔が、どんどん崩れていく。
鼻が曲がる。
歯が折れる。
血が飛び散る。
顔面から激しく流血している。
もう一度ボディをねじ込んだ。
バキッ!
肋骨がへし折れる手応えがあった。
「がっ……!」
ガルドが倒れた。
もはや立つ力もない。
尋常じゃない汗をかいている。
顔は蒼白。
呼吸が浅い。
俺は倒れたガルドを再び真上から見下ろす。
「気絶なんかさせねえぞ?」
低い声で言った。
「てめぇの口から降参するまで終わらねえ」
「立て」
会場は、あまりの光景に騒然としている。
誰も声を出せない。
ただ、息を呑んで見ている。
(こいつ、あの時と……違う……)
ガルドの頭に、過去の光景がよぎる。
パーティにいた頃の、弱々しかった剛。
(嘘だろ……こんな……)
ガルドが、立ち上がろうとする。
だが無理だ。膝が笑っている。
姿勢も、明らかに腹を庇っている。
顔面はガラ空きだ。
だが──気絶させちまったら、終わりだ。
俺はガルドの膝下に蹴りをぶちかました。
ドスッ!
「っ……!」
ガルドが派手に転んだ。
砂にまみれる。
俺はガルドに馬乗りになった。
そして──拳を振り下ろす。
ドスッ。ドスッ。ドスッ。
ひたすら、顔に拳を叩きつけた。
右、左、右、左。
ガルドの顔が、どんどん腫れ上がっていく。
もはや、原型を留めていない。
「降参……」
ガルドが、震える声で言った。
手を出して、懇願している。
「降参だ……俺の、負けだ……」
涙と血が、混ざり合っている。
俺は拳を止めた。
ゆっくりと、立ち上がる。
審判が唖然としている。
「……しょ、勝者──鬼塚剛!」
震える声で宣言した。
少しの間、会場は騒然としていた。
誰もが何が起きたのか理解できない。
そして──一気に沸いた。
「うおおおお! 鬼塚すげえええ!!」
「いや、どういうことだよ! 強すぎだろ!!」
どっと歓声が沸いた。
地響きのような歓声。
さらに、色んな観客の噂話も飛び交う。
「なんで、あんな強いやつ追放されたんだ?」
「なんか最近、勇者パーティ全然依頼達成できてないらしいぞ?」
「鬼塚追放したせいだろ、笑」
「勇者パーティ、終わったな」
俺は血まみれのガルドを背に退場した。
(これで二度と、調子こくこたねえだろ)
拳帯を解きながら入場口へ向かう。
扉をくぐる。
後ろから、まだ歓声が聞こえていた。




