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30.優勝候補筆頭


 アナウンスが響く。


『第七試合!』


 アナウンサーの声が、一段と高まった。

 今までとは違う熱量が込められている。


『西の門より──“雷槌”オズワルド!』


 巨漢の男がリングに上がってくる。

 身長は二メートルを超える。


 筋肉の塊のような体。


 肩に担いでいるのは、人間の胴体ほどもある巨大な槌。


 そして──その槌の周りで、バチバチと雷が迸っていた。

 紫色の電光が、空気を震わせている。


『過去、Aランク冒険者として数々のモンスターを討伐!』

『その槌に雷を纏わせ、敵を粉砕する!』


 観客が沸く。


「おおっ!」

「オズワルドだ!」

「雷槌来たぞ!」


 明らかに、今までの選手とは扱いが違う。

 観客たちの熱量が一気に上がった。


 そして──。


『東の門より──』


 アナウンサーの声が、さらに高まる。

 一瞬の静寂。観客たちが息を呑む。


 そして──。


『──“武神”ダリウス・ジンガ!』


 観客席が爆発した。


「うおおおおおお!!」

「ダリウス! ダリウス! ダリウス!」

「武神だ! 武神が来たぞ!」


 地響きのような歓声。スタンディングオベーション。


 拳を振り上げる観客たち。


 明らかに、今までの誰とも違う。

 空気が、一変した。


「ダリウス……?」

「うん!」


 リリィが興奮した様子で俺の方を向いた。


「この大会の優勝候補筆頭だよ!」

「過去十年間ずっとアルヴィンさんとライバル関係だったんだ!」

「毎年、決勝で激突して優勝を交互に奪い合ってたの!」


「……へぇ」


 つまり、俺が倒したアルヴィンってのは、そこまでの男だったのか。


 リングに男が上がってきた。


 黒髪短髪。鋭い目つき。


 筋骨隆々とした体。

 傷だらけの肉体が、黒い道着の袖から覗いている。


 黒い帯。無精髭。

 年齢は三十代半ばか。


 歩くだけで、空気が変わる。


 ──ダリウス・ジンガ。


 観客たちが興奮気味に話している。


「ダリウス、今年もキレてるな」

「アルヴィンとの決勝見たかったのに……」

「まさか一回戦で負けるとはな、アルヴィン」

「でも、これはこれで面白い展開だ」

「今年は猛者揃いだ、何があるかわからんぜ」


 ダリウスは静かにリングの中央に立つ。

 ただ、拳を構える。


 それだけで圧倒的な存在感。


 周りの空気が、彼を中心に渦を巻いているような錯覚すら覚える。


 対するオズワルドが槌を構える。

 雷が激しく迸る。


 バチバチという音が闘技場に響く。


『試合──始め!』


 銅鑼が鳴った。


「うおおおお!」


 オズワルドが咆哮する。

 槌を両手で掴み、大きく振り上げた。


 雷が、さらに激しく迸る。

 紫色の光が槌全体を包み込む。


 そして──槌がダリウスに向かって振り下ろされる。


 空気が裂ける。雷鳴が轟く。


 必殺の一撃──。


 その瞬間。


 ダリウスが動いた。


 一歩、踏み込む。


 ただ、それだけ。


 でも速い。目で追うのがやっとだった。


 槌が空を切る。


 ダリウスの姿は、もうオズワルドの懐に入っていた。


 そして──拳が、オズワルドの腹にめり込んだ。


 バギィィィン!


 鈍い音と共に衝撃波が広がる。

 オズワルドの口から血混じりの息が吐き出された。


「がっ……!」


 オズワルドの巨体が、まるで人形のように宙に浮いた。

 二メートルを超える巨体が重力を無視したかのように舞い上がる。


 そして──リングの外へ吹っ飛ぶ。


 ドガァァァン!


 壁に激突。

 石造りの壁に大きな亀裂が走った。


 砂埃が舞い上がる。


 オズワルドはそのまま崩れ落ち、動かない。


 一撃だった。


 一撃で、Aランク冒険者が沈んだ。


 観客が一瞬静まり返る。

 誰もが何が起きたのか理解できない。


 そして──。


「うおおおおおお!!」


 歓声が爆発した。

 地響きのような怒涛の歓声。


 闘技場全体が揺れる。


『勝者──ダリウス・ジンガ!』


 ダリウスは何事もなかったかのようにリングを降りる。

 表情一つ変えない。


 淡々と、まるで散歩でもするかのように歩いていく。


「……」


 俺は、目を離せなかった。


 あの動き。あの拳。今まで見た誰とも違う。


 観客たちが興奮している。


「やっぱダリウスは別格だ!」

「一撃だぞ、一撃! オズワルドが一撃で沈むなんて!」

「アルヴィンがいなくても、ダリウスがいれば盛り上がる!」


「すごいでしょ?」

 リリィが言った。


「魔法と格闘を融合させた独自の流派『魔闘術』の開祖なんだ」

「拳に炎、蹴りに風を纏わせる」

「完全に近接特化だけど、その威力は規格外」


「……なるほどな」


 魔法を使う。

 でも、戦い方は俺と同じだ。殴り合い。


(あいつ魔法使うのか)

(俺のアリーナが発動したら、どうなる?)

(相当な熟練だ、ある程度速さと技術は残る)

(……面白ぇ)


「あの人、過去十年間ずっとアルヴィンさんと決勝で当たってたんだよ」

 リリィが続ける。


「五勝五敗の完全互角」

「でも今年は違う」

「剛くんがアルヴィンさんを倒したから」


「……」


 俺が倒したアルヴィンの重み。

 ようやく理解した。


 あの男は、このダリウスと互角に戦えるレベルだったのか。


「もし剛くんが勝ち上がったら……」

 リリィが俺を見た。


「決勝で、あの人と当たる可能性は高い」


「上等だ」


 拳を、強く握りしめる。

 関節が鳴る。


(あいつと……殴り合いてぇ)


 血が、騒いだ。

 久しぶりの感覚。


 前世で喧嘩してた頃の、あの高揚感。


 その後も試合は続いた。

 だが、俺の頭にはダリウスの姿しかなかった。


 あの一撃。

 あの速さ。

 あの圧倒的な存在感。


 やがて──。


『只今を持ちまして一回戦、全て終了いたしました!』

 アナウンスが響く。


『勝利を納め、二回戦に進出した選手はこちらです!』


 トーナメント表が、巨大なボードに映し出された。

 残った八人の名前。

 その中に、俺の名前もある。


『一時間のインターバルを挟みまして、二回戦より再開です!』

『お楽しみに!』


 観客がざわめきながら席を立ち始める。

 トイレに行く者、食事を取りに行く者。


 リリィが立ち上がった。


「このあと剛くんの二回戦だね」

「相手は……」


 リリィはトーナメント表を確認する。


「ああガルドだ」

 先に言う。


 ガルド。

 元パーティの戦士。


「大丈夫?」

 リリィが心配そうに聞く。


「何がだ」


 俺は立ち上がった。


「調子こいてるみてえだからな」

「身の程ってもんを叩き込んでやるよ」


 そして──ダリウス。


 決勝で、あいつと拳を交える。


「はっ楽しみだな」


 呟いた。


 リリィがにっこり笑った。


「うん、あたしも楽しみ」


 俺はしばらくして、入場門へ向かった。

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