3話
ギルドの扉を開けると、想像以上の活気が俺を出迎えた。
高い天井に、磨き上げられた大理石の床。壁には無数の依頼書が貼られた巨大な掲示板。
奥には冒険者たちが酒を酌み交わすテーブル席が並んでいる。
煙に酒、それに獣の血の匂いが混じり合った、独特の空気。
(へぇ、悪くねぇ雰囲気じゃねぇか)
カウンターには、長い栗色の髪を結い上げた受付の女が立っていた。
エメラルドグリーンの制服が、窓から差し込む光に映えてる。
「いらっしゃいませ。冒険者ギルドへようこそ。本日はどのようなご用件でしょうか?」
柔らかな微笑み。だが、その瞳には冒険者を値踏みする冷静さが宿っていた。
「おう。冒険者ってのになりてぇんだが」
「かしこまりました。それでは、まず魔力測定をさせていただきます」
受付嬢が奥の扉を開ける。
「こちらへどうぞ」
案内された部屋は薄暗かった。
中央に水晶玉が置かれ、ぼんやりと青白い光を放っている。
壁には複雑な魔法陣。空気そのものが、何か特別な力を帯びているようだ。
「この水晶に手を当ててください。あなたの魔力値を測定いたします」
「……こうか?」
水晶は冷たかった。
触れた瞬間、光が一瞬強まり——そして、消えた。
受付嬢が水晶の台座に刻まれた文字を確認する。
その顔が、みるみる青ざめていく。
「これは……まさか……」
震える指で、何度も数値を確認している。
「魔力値……ゼロですね……」
「ん? それがどうした」
受付嬢の目が、信じられないものを見るように俺を見上げた。
「失礼ですが……落ち込まれないのですか?」
「なんで落ち込む必要があんだよ」
俺は鼻で笑った。
「魔法とかいらねえだろ。あれだろ? なんかボソボソ喋って火とか出すやつ」
「俺には」
拳を握りしめ、受付嬢の前で軽く振ってみせる。
「こいつがありゃ充分だ」
受付嬢の口が、小さく開いたまま固まった。
数秒の沈黙の後、はっと我に返る。
「そ、そうですか……前衛職志望ということですね」
「前衛? ああ、最前線で殴り合う係ってことか」
「はい。ただ……」
受付嬢の表情が曇る。
「魔力ゼロということは、身体強化魔法も使えません。冒険者はほぼ全員が身体強化を前提に戦闘を行います。正直なところ、かなり不利になるかと……」
「身体強化?」
「魔力を肉体に循環させ、筋力や反射速度を数倍に引き上げる基礎魔法です。これなしで魔物と戦うのは……」
言葉を濁す受付嬢。その目には、明らかな憐憫の色が浮かんでいた。
「へぇ、そんなもんがあんのか」
だが俺は肩をすくめただけだ。
「まあ、なんとかなるだろ。で、登録はどうすりゃいい?」
受付嬢は複雑そうな顔をしながらも、手続きを進めてくれた。
「……こちらに、お名前をご記入ください」
羊皮紙に名前を書く。
鬼塚剛。
異世界でも、この名前は変わらねぇ。
「はい、ありがとうございます。これがあなたのギルドカードです」
金属製の小さなプレートを渡される。
『冒険者ギルドカード』
名前:鬼塚剛
ランク:F
「Fランクからのスタートとなります。依頼をこなすことでランクが上昇し、より高難度の依頼を受けられるようになります」
「ランクねぇ……一番下ってことか」
「はい。ランクはF、E、D、C、B、A、そして最高位のSまであります」
受付嬢が掲示板を指差した。
「現在、Fランクの方が受けられる依頼はこちらになります」
掲示板の一番下。薄汚れた紙がいくつか貼られている。
『畑を荒らす野生動物の駆除——報酬:銅貨20枚』
『荷物運搬の手伝い——報酬:銅貨15枚』
『森のゴブリン討伐——報酬:銀貨3枚』
「初めての依頼ですので荷物運搬の手伝いから始めてみるのはいかがでしょうか。野生動物の駆除もオススメですが――」
「これだ」
俺は『ゴブリン討伐』の紙を剥がした。
「ちょ、ちょっと待ってください!」
受付嬢が慌てた声を上げる。
「ゴブリンは確かに一個体は弱いですが、基本的に群れで行動します。魔法を使えない方が複数を相手にするのは自殺行為です!」
「ふーん、いいじゃねぇか」
依頼書をカウンターに叩きつける。
「こいつを受ける」
「で、ですが——」
「殴れば死ぬんだろ?」
「理論上はそうですが、せめてパーティを……」
「なら問題ねぇ」
受付嬢は困り果てた顔で俺を見つめた。
だが俺の目を見て何かを察したのか、小さくため息をつく。
「……わかりました。依頼を受理いたします。ゴブリンの巣は街の西の森、さらに奥へ進んだところにあります。討伐証明として、最低5つゴブリンの耳をお持ちください」
「耳ね、了解」
「それと……これを」
受付嬢が小さな赤い瓶を差し出した。
「低級回復薬です。致命傷でなければ、ある程度の傷は塞げます。初回サービスということで」
「悪ぃな」
瓶をポケットに突っ込む。
「本当に、無理はなさらないでください。命あっての物種ですから」
「ああ、心配すんな」
俺はニヤリと笑ってみせる。
「喧嘩なら、負けたことねぇんでな」
ギルドを出て、大通りを西へ向かう。
剣に杖、立派な装備を身につけた冒険者たちが行き交う。
(派手なもん持ってやがるな)
「魔法か‥」
正直ピンとこねぇ。
まぁ、俺には拳がある。
こいつで十分だろ。
――
街を抜け、鬱蒼とした森へ。
獣の糞と腐った肉の匂いが漂う。
(近いな)
茂みをかき分けると、小さな空き地。骨が散乱し、洞窟が口を開けている。
「ギャッ! ギャギャッ!」
緑色の小鬼どもが姿を現した。
身長は俺の腰ほど。黄色い目が、ギラギラと俺を見据えている。
錆びた短剣、粗末な棍棒。
一体、二体、三体——。
気づけば、五体のゴブリンに囲まれていた。
(……喧嘩じゃねぇな。殺し合いだ)
ここで手加減したら、死ぬのは俺だ。
「……うっし」
俺は首を鳴らし拳を構えた。
「いいぜ。全員まとめてかかってこいや!」




