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27.大魔導士アルヴィン


 アナウンスが響き渡る。


 『選手入場!』


 鉄の扉が重々しく開いた。


 光が差し込む。

 眩しい。


 一歩、踏み出す。


 砂を踏みしめる感触が、足裏に伝わってくる。

 ザクッ、ザクッ──。


 足音が砂に吸い込まれていく。


 闘技場の中央へ、まっすぐ歩く。

 周囲の歓声が、耳に響く。


 「うおおおおおお!!」


 観客席は満員だった。


 何千という視線が、俺に注がれている。


 圧倒される。

 いや──違う。


 高揚する。


 胸が熱い。

 血が沸騰しそうだ。


 空は青く晴れ渡っている。

 雲一つない快晴。


 風が吹き、砂を巻き上げた。

 細かい粒子が顔に当たる。


 ザラザラとした感触。


 闘技場の中央に立つ。


 向かい側から相手が歩いてくる。


 三十代半ばといったところか。

 銀の長髪を後ろで束ねている。


 細身の体格。

 だが、その身のこなしには無駄がない。


 青い瞳──鋭い眼光が、こちらを捉えている。


 黒いローブ。

 胸元には魔法学園のものと思われる紋章が刻まれていた。


 歩くたびに足元が凍っては砕ける。

 パキパキと、氷が音を立てる。


 すげえ迫力だ。


 それでいて、その佇まいに一切の驕りを感じない。

 ただ静かに、前を見据えている。


 観客席から声援が聞こえてくる。


「先生! 頑張ってくださーい!」

 「アルヴィン先生ー!」


 若い声。

 学生たちだろう。


 (そっか、学校の先生だもんな)

 沢山の教え子たちが応援に駆け付けてるみたいだ。


 (いい先生なんだろうな)


 アナウンスが場内に響く。


 『西の門、鬼塚剛選手!』

 『突如現れた新星、素性は不明ですが──』

 『屈強な試験官をわずか数十秒で認めさせた実力者!』


 観客がざわつく。


 「誰だ?」

 「知らねぇな」


 『続いて、東門より現る──』


 アナウンサーの声が一段と高まる。


 『氷結せし雷鳴!』

 『魔法学園が誇る最強の教授!』

 『元S級冒険者にして、この闘技場を何度も制した覇者──』

 『天才大魔導士、アルヴィン・グランツ!!』


 観客席が爆発した。


 「うおおおおおお!!」

 「アルヴィン! アルヴィン!」


 地響きのような歓声。


 観客同士が興奮気味に話している。


 「アルヴィン、いつも以上に気合い入ってるんじゃないか?」

 「確か、ダリウスとの戦績は五勝五敗」

 「この三百回記念の大舞台で決着をつけるつもりじゃないか?」


 別の観客が俺を見て言った。


 「それにしても、鬼塚剛」

 「いいガタイしてる。武闘家か?」

 「見た目も派手だな」

 「どこまで食らいつけるか、楽しみだ」


 アナウンサーの声が、再び響く。


 『皆様、お待たせいたしました!』

 『第三百回記念、王都武闘会──まもなく開幕です!』


 観客席が一斉に沸く。


 『本大会はトーナメント形式!』

 『勝ち残った者のみが、栄光を掴む!』

 『ルールは明快!』

 『降参、気絶、もしくは審判が戦闘不能と判断した時点で勝負あり!』

 『武器の使用、魔法の使用──全て自由!』

 『決着は、このアリーナの上でのみつけられる!』


 歓声がさらに大きくなった。

 地面が揺れている。


 『さあ、勇敢なる戦士たちよ!』

 『己の力を存分に示せ!』


 俺はアルヴィンを見た。


 (さて、覚悟を決めて土俵に立った男同士……)

 (ほどほどにね、か……)


 リリィの言葉が頭をよぎる。


 (そりゃ無粋だろ? アルヴィンさんよ)


 拳を握りしめる。

 赤い拳帯がきつく食い込む。


 「おう、歯ぁ食いしばれや」


 アルヴィンが目を細めた。

 そして──静かに答える。


 「……全力で来なさい」


 (だよな)

 俺は笑った。


 審判が旗を上げる。


「それでは──」


 一瞬の静寂。


 


 「試合、始め!!!」


 旗が振り下ろされた。

 


 開始、わずか数秒の出来事だった。


 

 アルヴィンの体は宙を舞っていた。


 

 

 …………ドサッ!


 


 地面に叩きつけられる。

 砂埃が舞い上がる。


 アルヴィンは、気絶していた。

 白目を剥いている。

 口から血が流れている。


 (やべえ、舌噛んじまってる)

 (出血が多い)


 「おい、治癒かけてやってくれ!!」


 俺は審判に叫んだ。


 会場は、唖然としていた。


 誰も声を出さない。

 静まり返っている。


 数秒の沈黙──。


 そして、どよめきに変わる。


 「え……?」

 「今、何が……?」


 審判が、震える声で言った。


 「しょ、勝者……」


 旗を上げる。


 「鬼塚剛!」


 

 瞬間──。


 観客席が爆発した。


 「うおおおおおお!!!」

 「ええええええぇぇ!?!?」


 歓声と驚嘆の声が入り混じる。


 「マジかよ!!」

 「アルヴィンが……一瞬で!?」

「何が起きたんだ!?」


 そりゃそうだよな。


 無名の俺が、即KO。


 開始直後、瞬間的に距離を詰めた。

 アルヴィンが詠唱してたが構わず懐に潜り込む。


 そして──顎にアッパーカット。


 アルヴィンの驚いた顔が、俺の拳に突き上げられる。


 天を仰ぎ、ノックアウト。


 詠唱してたから、舌噛んじまったんだろうな。

 ちぎれてはないっぽい。


 よかった。


 観客のざわめきが止まらない。


 「どういう事だ……」

 「アルヴィンの氷壁は発動してたのか?」

 「身体強化も、氷壁すらも突き破ったってのか!?」

 「すげえ……三百回記念、すげえ!!!」


 めちゃくちゃ沸いてやがる。


 治癒師が駆け寄り、アルヴィンに治癒魔法をかける。

 傷が癒えていく。


 アルヴィンが生徒に見守られながら担架で運ばれていく。


 学生たちが心配そうに声をかけている。


 「先生!」

 「大丈夫ですか!」


 アナウンスが響く。


 『なんという事でしょう……』


 アナウンサーの声も興奮で震えていた。


 『多くの輝かしい結果を残してきた、アルヴィン選手が──』

 『一回戦で脱落!』

 『わたくしも、何が起きたかわかりません……』

 『わかりませんが──』

 『三百回記念、とんでもない大会になる事は、もはや間違いないでしょう!』


 観客席がまた沸いた。


 俺は退場門へ向かう。


 歓声が背中を押す。


 退場門を抜けると──。


 「初戦突破おめでとー!」


 リリィが満面の笑みで迎えてくれた。


 「おう」


 「優しいね」


 リリィがクスクス笑う。


 「なにがだ?」


 「一瞬で終わらせてあげたんでしょ?」


 「まぁ、そうだな」


 俺は肩をすくめる。


 「舌噛んじまってたのは焦ったぜ」


 「うーん、アンチ魔法恐るべし」


 リリィが笑う。


 「次の試合も見とこ?」

 「勝った方が、剛くんの次の対戦相手だよ!」


 「そうだな」


 観客席への階段を上る。

 歓声がまた聞こえてきた。

 

 次の試合が始まろうとしている。

 

 

 

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