25.武闘会前日~リリィ~
彼が外で汗を流している間、私は夜遅くまで資料をめくっていた。
机の上には、古びた戦闘技術書が山積みになっている。
ページの端は黄ばみ、インクの匂いが鼻をつく。
蝋燭の炎が、文字を揺らめかせる。
(剣士相手に勝つには……)
寝不足の目をこすりながら、強化魔法抜きでの立ち回りを研究していた。
剣の間合い、踏み込みの速度、刃の軌道──。
全てを頭に叩き込む。
そして、剛くんならどう動くか。
シミュレーションを繰り返す。
窓の外では、剣を振る音が響いていた。
ブロードの指導を受けながら、剛くんは黙々と身体を動かしている。
その姿を、窓越しに見つめる。
(あの人は、本当に強い)
(でも……)
ページをめくる手が止まる。
(私も、できることをしよう)
剛くんは身体を鍛えている。
ブロードは技術を教えている。
じゃあ、私は──。
(やっぱり情報よね)
もう一度、資料に目を落とす。
蝋燭の炎が、小さく揺れた。
──大会前日。
朝日が部屋に差し込んでくる。
私は階段を降りた。
「おっはよー!」
明るく声をかける。
「おう」
剛くんがダイニングテーブルで朝食を食べていた。
パンを齧りながら、窓の外を眺めている。
「相変わらず早起きね」
笑いながら隣に座る。
「どう? 剣士相手の攻略はばっちし?」
「まぁな」
剛くんが頷く。
「この短期間で、ここまで仕上がるとは思わなかった」
その声には、自信が混じっていた。
「そう、よかった!」
ホッとした。
本当に、よかった。
「お前の助言も役に立ったんだぜ」
剛くんが、私を見た。
「ありがとな」
その言葉に、胸が熱くなる。
照れくさくて、顔が熱い。
「ま、まぁ、賞金もかかってるからね!」
慌てて誤魔化す。
「それに、剛くんが優勝したら、あたしの名声も上がっちゃうかも!」
わざとらしく笑う。
「はは、お前らしいな」
剛くんが笑った。
「ま、全員サクッとぶっ飛ばしてやるから見てろよ」
その言葉には、迷いがなかった。
(本当にそうなるんだろうなって思えるから、ほんと不思議……)
心の中で呟く。
この人なら、きっとやってくれる。
根拠のない確信が、胸の奥にあった。
「そいえば」
私は立ち上がった。
「拳の帯、ちゃんとしたの作ってみたの」
部屋の奥から、小さな布の包みを取り出す。
丁寧に折りたたまれた、真っ赤な拳帯。
剛くんの前に差し出した。
「剛くんには赤が似合うかなと思って」
「どうかな?」
ドキドキする。
気に入ってくれるだろうか。
「お、さんきゅー!」
剛くんが受け取り、早速巻いてくれた。
手慣れた動作で、左手、右手。
布が拳に馴染んでいく。
「いいじゃねえか!」
拳を握りしめる。
「バッチリ拳に馴染むぜ!」
その笑顔を見て、ホッとした。
頑張った甲斐があった。
何度も縫い直された跡が残る拳帯。
夜通しかけて、丁寧に仕上げたもの。
そして──布の端には、小さく文字が縫い込まれている。
『ド根性』
その横に、さらに小さく『L』。
剛くんはそれを見て、黙って笑った。
何も言わなかったけど、きっと気づいてくれた。
また、むず痒くなっちゃった。
「よーし」
剛くんが立ち上がる。
「賞金貰ったら、なんか美味いもんでも食いにいくか?」
「いいね! いこいこー!」
私も立ち上がった。
「なんか、すごいドラゴンのお肉とか食べてみたい」
笑いながら言う。
「なんだそりゃ」
剛くんも笑った。
「面白そうだな、じゃあすっげえやつ食うか!」
「うん!」
二人で笑い合う。
なんだか、温かい気持ちになった。
──夜。
窓の外、月が闘技場の屋根を照らしていた。
私は研究机の前に座っている。
机の上には、針箱。
その蓋を、ゆっくりと閉じた。
昼間まで手にしていた拳帯は、もう彼の手の中にある。
指先に残る布の感触が、まだ温かかった。
「ド根性、か……」
ぽつりと呟く。
ちゃっかり、私の名前まで入れちゃった。
『L』──リリィの頭文字。
あの文字に、どれだけの想いを詰め込めたのだろう。
けれど、面と向かっては言えないから。
糸に託した。
小さく、目立たないように。
でも、確かにそこにある。
窓の外で風が鳴り、街灯の光が揺れる。
月明かりが、机の上の針箱を照らした。
「……勝ってね、剛くん」
その声は夜の風に溶け、遠い闘技場の方向へと流れていった。
私は窓を閉め、蝋燭の火を消す。
部屋が暗闇に包まれる。
でも、胸の中には温かいものが残っていた。
ベッドに横になり、目を閉じる。
明日、彼は闘技場に立つ。
そして、きっと勝つ。
その確信を抱きながら、私は眠りについた。
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