19話 解明
それから、一週間が過ぎた。
毎日、実験を繰り返した。
距離を変えても、私の魔法は消えない。
角度を変えても、消えない。
時間帯を変えても、結果は同じ。
でも──。
私が剛くんに魔法をかけようとすると、必ず発動しない。
その間、私たちは少しずつ打ち解けていった。
朝は一緒に朝食を取り、昼は実験。
夜は私が結果をまとめる。
そんな日々。
そして七日目──。
ついに、すべての謎が解けた。
――――
リリィの研究室。
机の上には、びっしりと書き込まれたノートが広げられている。
「わかったわ」
リリィが顔を上げた。目が輝いている。
「あなたの能力、完全に解明できた」
「……どういうことだ?」
剛が椅子に座ったまま聞いた。
「まず、確認するわね」
リリィがノートを見ながら言った。
「接触では消えない」
「距離も関係ない」
「威力も関係ない」
指で項目をなぞる。
「でも、あたしが剛くんに魔法をかけようとすると発動しない」
「ああ」
「さらに──」
リリィがページをめくった。
「あなたが気配を察知した瞬間、背後からの攻撃魔法も無効化された」
昨日の実験を思い出す。
「あなた自身は気づいてなかったわよね?魔法が消えたこと」
「ああ」
剛が頷く。
「俺に魔法飛ばしてたんだよな?なんか背中がゾクッとした」
「そう」
「あなたの本能が、無意識に攻撃の気配を察知して能力が発動したのよ」
剛は黙って頷いた。
「ここまでで能力の仕組みはわかった」
リリィが言った。
「でも、まだ確証が欲しいの」
「……確証?」
「ええ」
リリィが剛を見た。真剣な目。
「あなたの過去の戦闘と照らし合わせたい」
「そうすれば完全に証明できる」
「……過去の戦闘か」
剛が少し考える。顔が曇る。
「最初に戦ったのは?」
リリィがペンを構えた。
「……ゴブリンだ」
剛が答えた。
「冒険者登録して最初の依頼。何体か群れてたやつ」
「どうだった?」
「全然倒せなかった」
剛が苦い顔をした。
「全力で殴っても蹴っても、すぐに起き上がる」
「結局、逃げられた」
「ゴブリンは身体強化を使うわ」
リリィが言った。
「でも、あなたが戦ったらその強化は消えてたはず」
「……え?」
「なのに倒せなかった」
リリィがペンでノートに図を描く。
簡単な人型と、その周りに数値。
「それはね、魔物は素の身体能力が人間より高いの」
「特に群れで動くゴブリンは、新米冒険者には厳しい相手よ」
「身体強化が消えても、素の力だけでタフだったのよ」
剛は自分の手のひらを見た。
(そういうことか……)
あの時の記憶が蘇る。
確かに、ゴブリンはシンプルに強かった。
「その後は?」
リリィが続けた。
「……パーティに誘われた」
剛が答えた。
「勇者のパーティだ」
「勇者!?」
リリィが目を見開いた。身を乗り出す。
「それで、パーティでの戦闘は?」
「……俺だけボロボロになって」
剛が渋い顔で答えた。
「他の奴らはピンピンしてた」
「依頼は成功するんだけど、俺は毎回怪我だらけ」
回復薬漬けの日々を思い出す。
「!!」
リリィが机を叩いた。バン、と大きな音。
「それよ!」
「……は?」
「あなたが敵を引きつけてる間──」
リリィが興奮した様子で言った。
「敵の魔法が消えてたのよ!」
「だから仲間は楽に戦えた」
ペンを振り回しながら説明する。
「でも、誰も気づかなかった」
リリィが少し落ち着いた口調で続けた。
「敵が魔法を使わないのは“怯んでるから”だと思ってたのよ」
「それに、あなたが“敵”として認識したのは目の前の魔物だけ」
「仲間は敵じゃないから、仲間の魔法は普通に使えた」
「だから誰も不思議に思わなかった」
「でも実際は、あなただけが魔物の素の力を相手にしてたの」
「……そういえば」
剛がつぶやいた。
「パーティの僧侶が、毎回俺に回復とか強化かけてくれてたな」
「でも全然効いてる感じがしなかった」
「うん、それはね」
リリィが頷いた。
「あなたは味方の魔法も受け付けないの」
「この一週間、あたしがあなたに魔法をかけようとしても全部消えたでしょ?」
剛は息をのむ。
(そういうことか……)
全部、繋がる。
神崎たちが無傷だった理由。
俺だけが怪我してた理由。
「それで──」
リリィが真剣な顔で聞いた。
「追放されるきっかけになったのは?」
「……ダンジョンだ」
剛が重い口を開いた。
「Aランクダンジョンで、オーガと戦った」
「オーガ……!」
リリィの顔色が変わる。
「最初、勇者が魔法飛ばしたんだ」
あの時の光景が蘇る。
「でも、ノーダメージだった」
「オーガの魔法障壁ってやつ? あれが硬すぎて弾かれてた」
「それで、俺が囮として前に出た」
胸の奥に、当時の熱が蘇る。
「ボディに一発入れたら、オーガが怯んだ」
「勇者の剣が効くようになって、みんなで圧倒した」
「でも──」
剛が顔を曇らせた。
「オーガが俺を狙ってきた」
「金棒で薙ぎ払われて気絶した」
あの衝撃を思い出す。全身が痛む。
「気がついたら、ベッドの上だった」
「パーティは敗退して、みんなボロボロだった」
「で、全部俺のせいにされた」
リリィが息を呑んだ。
「あなたが気絶した瞬間──」
リリィが静かに言った。
「能力が解除されたのよ」
「……!」
「気絶すれば、敵を認識することもできない」
「だから能力が途切れて、オーガが本気を出せた」
リリィが剛を見つめる。
「あなたがいなかったから、負けたの」
剛は両手を膝に置いたまま、深く息を吐いた。
(俺が……いなかったから……?)
「全部、繋がったわ」
リリィが立ち上がった。椅子が音を立てる。
「あなたの能力、名付けて──【アリーナ】よ!」
両手を広げる。
「発動条件は、あなたが相手を“敵”として認識すること」
「または攻撃の気配を感じた瞬間、本能的に発動するの」
「だから、あなた自身が気づいてなくても効果はある」
指を折りながら続ける。
「効果は、敵と認識した相手全員の魔法を完全に無効化」
「でも、意識を失えば認識そのものが途切れる」
「だから解除される」
「距離制限なし、人数制限なし」
「代償として、味方からの魔法も受けられない」
リリィが剛の前に立った。
「つまり──」
リリィが微笑む。
「完全なフィジカル勝負を強制する能力」
「闘技場って意味でアリーナ! いいネーミングでしょ?」
剛の肩に手を置く。
「勇者パーティが成功してたのも」
「オーガ戦で善戦したのも」
「全部、あなたの能力があったから」
リリィの目が優しい。
「あなたは、足手まといなんかじゃない」
リリィが強く言った。
「あなたこそが──」
「【最強の盾】だったのよ」
剛は静かにうつむいた。
初めて、自分のことを理解した。
「……でも」
剛が呟く。
「負けたのは事実だ」
「気絶した。それで終わった」
拳を、ゆっくりと握りしめる。
「負けは、負けだ」
リリィが、優しく微笑んだ。
「だから、次は勝ちましょう」
剛は、ゆっくりと顔を上げた。
俺がいたから、勝てた。
俺が倒れたから、負けた。
「……そうか」
呟く。
「そうだったのか」
リリィがにっこり笑った。
「そうよ」
身体に、熱が宿る感覚がした。
「……ありがとよ」
剛が、リリィを見た。
「お前が教えてくれなかったら」
「俺はずっと分からないままだった」
「でも、まだ分かんねぇな」
「この先、どうすりゃいいのか」
リリィが、にっこり笑った。
「とりあえずさ、明日能力のテストにいってみない?」
剛は頷いた。
「やってみるか」




