18話
夜。
リリィは自分の部屋でベッドに横になっていた。
窓から月明かりが差し込んでくる。
天井を見つめる。
眠れない。
「おかしい……」
頭の中で今日の出来事が渦巻く。
机に向かう。引き出しからノートを取り出す。
状況を整理し始める。
『■ 路地での出来事』
『チンピラが剛くんに向けて魔法を放とうとした → 発動せず』
『身体強化も消えていた可能性あり』
『■ デコピンでの出来事』
『私が私自身に魔法をかけた → 消えなかった』
ペンを置く。二つの出来事を見比べる。
私の身体強化は普通に機能した。固くて、剛くんの方がむしろ痛がってた。
「違いは何……?」
考え込む。顎に手を当てる。
剛くんが遠慮してた?
デコピンの時は本気じゃなかった。
意識の問題?
それとも──。
「剛くんに魔法を打ったらどうなるんだろ?」
呟く。声が静かな部屋に響く。
「あたしの魔法なら当たるのかな?」
可能性が次々と浮かぶ。
頭の中で仮説が組み立てられていく。
「明日、実験しなきゃ!」
リリィはノートを閉じた。立ち上がる。
ベッドに戻る。
布団に潜り込む。
興奮でなかなか眠れなかった。
──翌朝。
階段を降りると、剛が既に起きていた。
ソファに座って窓の外を眺めている。朝日が横顔を照らしていた。
「おっはよ〜!」
リリィが明るく声をかける。
「ってかめっちゃ早起きじゃん!」
「おう」
剛が振り向いた。
いつもの無愛想な顔。
でも昨日初めて会った時より、少しだけ目に活気がある気がする。
「ちゃんと寝れた?」
「まあな」
「よかった! ご飯作るから待っててね〜!」
リリィが台所に向かう。
鍋を火にかけ、パンを温める。
包丁でハムを切る。トントンという小気味いい音。
しばらくして朝食が整う。
テーブルに皿を並べる。温かいスープ、焼きたてのパン、目玉焼き。
「さぁ食べよ食べよ!」
「いただきます」
剛がスプーンを手に取り、黙々と食べ始めた。
その食べっぷりを見て、リリィは満足そうに笑う。
リリィも向かいに座る。
パンをちぎりながら口を開いた。
「昨日考えたんだけど」
「ん?」
剛が顔を上げる。口にパンを頬張っている。
「あなたの能力、まず三つの可能性を考えてみたの!」
リリィが指を三本立てる。目が輝いている。
「A:触れたら魔法が消える【接触型】」
人差し指を折る。
「これは結構ありそうな線だったんだけど……」
シチューを一口飲む。
「でも、昨日のデコピンでこの線は薄くなってる……」
「B:近くにいると魔法が弱まる【距離型】」
中指を折る。
「範囲魔法無効化。これもデコピンで微妙かな……」
「C:あなたに向けた魔法だけが消える【対象指定型】」
薬指を折る。
「これが現状、試してみる価値は一番高いと思うの」
身を乗り出す。
「つまり、剛くんを敵として認識した魔法だけが無効化される」
「……よくわかんねぇ」
剛が首を傾げた。スプーンを置く。
「だから実験するのよ!」
リリィが拳を握る。
「まずは接触と距離を確認して、対象指定を証明する!」
「へぇ」
剛がスープを飲む。パンを口に運ぶ。
「まぁ難しいことはわかんねぇし、任せるわ」
「よーし!」
リリィが立ち上がった。椅子が音を立てる。
「ご飯食べたら早速実験始めるんだからね!」
興奮が抑えられない様子だ。
剛は黙々と食べ続ける。
でもその口元は、少しだけ緩んでいた。
──食後。
庭に出た。
朝日が差し込む庭。芝生が朝露で濡れている。
キラキラと光を反射していた。
木が何本か植えられていて、葉が風に揺れている。
サラサラという音。鳥のさえずりが聞こえる。
庭の隅にはベンチ。
その近くに実験用の器具が置いてあった。
ガラス瓶、試験管、魔法陣が描かれた布。
散らかっちゃいるが、庭付きとはいい家だな。
さすが学者。
「んでどうすんだ?」
剛が腕を組む。
「まずは実験その一! 接触テスト!」
リリィが芝生の上に立つ。
朝日を背に受けて構える。
「私が身体強化するから触ってみて」
リリィが目を閉じた。
淡い光がリリィを包む。身体強化の魔法。
「こうか?」
剛がリリィに近づき、頭に手を置く。
「……」
リリィが目を閉じて集中する。
自分の体内を流れる魔力を感じる。
血管の中を流れる魔力。筋肉に浸透する魔力。
──身体強化は消えてない。
剛の手が頭に触れている。温かい。
でも魔力に影響はない。
「触っただけじゃ消えないみたい……威力が関係してるのかな?」
リリィが呟く。
「でも、魔法の対象も違うのよね……」
考え込む表情。
「どっちを先に試すべきか……」
顎に手を当てる。
「よし!」
顔を上げた。
「とりあえず威力から試してみよう!」
拳を握る。
「思いついた順にやっちゃえ!」
リリィが目を開け、剛を見上げた。
「やっぱりちょっと思いっきりやってもらおうかな!」
「なにを?」
「パンチ!」
リリィが拳を前に突き出す。ファイティングポーズ。
「おいおいマジかよ……」
剛が眉をひそめる。腕を組む。
「昨日のチンピラ見たろ。ガチで怪我するぞ?」
心配そうな顔。
「大丈夫!」
リリィがニコッと笑う。
「いい回復薬、いっぱいあるから!」
親指を立てる。
(マジかこいつ、体張る気かよ)
剛は少し驚いた。
学者って聞いてたから、もっと臆病なタイプかと思ってた。
でも違う。この女は本気だ。
「……」
リリィの目を見る。真剣な眼差し。
(いい根性してるぜ)
「わかった」
剛が拳を握った。関節が鳴る。
「万が一の時はどうしたらいい?」
「回復薬飲ませて!」
リリィが家の方を指差す。
「台所のテーブルの上に青い瓶があるから!」
真剣な顔で続ける。
「それでもダメなら……治癒院に担ぎ込んじゃって!」
「わかった、任せとけ」
剛が構える。
(すげえじゃねえか、こいつ)
リリィの気合いに当てられた。
この感覚、久しぶりだ。胸が熱くなる。
「来い!」
リリィが両腕をあげ、ガードを構えた。
「よし、いくぞ」
剛が一歩、踏み込む。
拳を引いた瞬間──。
ドガァン!!
鈍い衝撃音が、庭に響き渡る。
「きゃっ!」
リリィの体が宙に浮いた。
五メートルほど後方へ吹っ飛び、芝生の上を転がる。
「おい! 大丈夫か!?」
剛が慌てて駆け寄る。
「……っ」
リリィが呻き、体を起こそうとする。
「わぁ……」
少し震える声。
「大丈夫、驚いちゃっただけ」
ゆっくりと立ち上がると、服についた芝を払い落とす。
息を整え、目を閉じる。
「身体強化は切れてないわ」
自分の体を確かめる。
魔力の流れは正常。
「うーん、威力じゃないみたいね」
首を傾げる。
剛は自分の拳を見た。
(かってぇ……)
さっきの感触を思い出す。
まるで鉄の塊を殴ったようだった。
(魔法って、すげぇな……)
あれだけ吹っ飛ばしたのに、リリィは無傷だった。




